もっとましな嘘をついてくれ ータイ歌謡の日々ー

タイ歌謡について書いたり、うそをついたり、関係ないことを言ったりします。

竜胆とモツ煮

2024年07月20日 11時31分33秒 | タイ歌謡
 なんかもう、巨匠の作品みたいな完璧なフォルムの尻ってのがあって、それはもちろん御婦人の尻に決まってる。いっぱんに成長と共に30歳前後を境にフォーヴィズムからキュビズムへと進化するのだが、あの変化には万有引力か何かが関与しているのだろうか。かつては尻に対して人並みほどの興味しかなかったんだが、とてつもない美しさの尻に、たちまち感動した。21歳のときだったかな。完璧だったんだよ。尻の形が。
 尻の持ち主はひとつ歳上のひとで、概ね美人の範疇に入るけれども今一つなのは口が大きいからで、口の形がもう少し違っていたら文句のない美人だったかもしれない。とはいえ、そんなことはまったく問題にならない尻の美しさで、当時は名前を憶えていたがアタマでは「お尻のひと」としか認識していなかった。仲も良く、話も合った。楽しい友達で、一緒に買い物に行ったこともあるし、二人での食事や飲酒はなん度もした。今思うとデートみたいだったが、おれは(すっげーカッコいい尻の友人)としか思ってなかった。
 落ちこぼればかり集めた学習塾でアルバイトの講師をしたときに知り合ったのだった。なにせ落ちこぼれだから、英語でのBe動詞と一般動詞の使い分けがわかってなく、そこを説明したら「……なんだ。そんなことだったのか……」と、きゅうに英語が面白くなったらしく英語のテストの点がいきなり2倍になったと喜んでいた。元がダメだから2倍になれただけで、正味5分かそこらの説明で目から鱗が落ちただけだ。それでも塾では評判になって(一体どんな教え方を……)と他の講師も端で見ていたが、もうポイントの正味5分は終わっているので、「ん。じゃこの問題をカッコ良く答えて」とか「じゃ次は楽しそうに」などと、おれはふざけているし、生徒はケラケラ笑っていて、(こ、こんなんで成績が良くなったぁ?)と不思議がっていたそうだ。お尻のひとは、そんなのを見て一緒にケラケラ笑ってて、ついでに一緒に遊ぶようになった。最初のうちはスカートだったので、お尻が美しいとは見抜けなかった。黒いコーデュロイの今風に言えばスキニーなパンツで現れたとき、思わず見とれて「え。……かっこいい……」と言ってしまった記憶がある。
 そういえば、やけにポップで派手な林檎の模様のハンカチを買ってくれたことがあった。なん年も経って、別の女と結婚してすぐに「なにこのハンカチ。誰かからもらったでしょ」と言われ、いや自分で買ったよと答えたが捨てられてしまった。すげぇな。

 もうすっかり、お尻のひとの名前は忘れてしまった。下の名前をちゃん付けで呼んでいたのだが。
 あるとき一緒に並んで飲んでいて、訊いたことがある。「ねえ。お尻さわっていい?」
 え……。とお尻の人は言葉に詰まり、時間が停まった。
 しまった。不用意にとんでもないことを申し出てしまった。「あ。ごめん。あんまりお尻が綺麗なもので、つい……」
 お尻のひとの大きな唇が、むにゅ、と波打った。おれと同じ前方を見つめたまま、こくり、と頷いた。ひとが向かい合わずに同じ方向を向いて座るのを、内田百閒先生は「氣違ひの養生」と呼んでいたが、そう大きく間違っていない。い、ぃぃゎょ。お尻のひとは、小声で答えて目を伏せた。
 え? いいの? 
 うっそ。やった。
 それでは失礼しますと言うのもヘンだと思ったので、黙って尻を撫でた。何てことのない居酒屋だったが、壁際の席だったから尻を撫でているのは他の客からは見えなかったと思う。見えてなかったよね。
 なんかもう、夢みたいに美しい丸さのお尻で、柔らかさというのか弾力が申し分ない。上等な尻に必要な要素の数値の曲線が幾つも交差するポイントのピークを捉えた見事な尻だったと思う。30秒ほど触っていた。揉むなんてできない。それはもう美しい作品なんだから。しあわせ、って、こういうことなのかな、と思った。今になって「それはちがうぞ」と言えるが、当時のおれは愛とかしあわせというものを文字でしか知らなかった不憫な青年だったのだ。でも礼儀正しかったので丁寧に礼は述べた。「ありがとうございました」
 お尻のひとの頬が紅潮していた。

 あ。やばい。これは付き合えちゃうやつだ。その頃、お尻のひとにも、そしておれにも恋人がいないのは、お互いに知っていた。(これ、いけちゃうやつだ)というのもわかる。ような気がする。少なくともそう思って「お付き合いよろしくお願いします」と言って断られたのは、今の奥さんのいち度だけだ。「……わたし、婚約者がいるのですが……」と一旦断られた。でも、おれの左心房近くにある「これいけちゃうやつだセンサー」は承認パスワードを突破している様子だったので、「オーケー。じゃ今日からはトモダチだ。もうちょっとしたら付き合おう」と答えて、それで拒否されなかったので、翌日も普通にデートに誘ったら着飾って待ち合わせ場所に現れた。右心室近くの「これやっぱりいけちゃうやつじゃんセンサー」も新たに「OK」をクリックできるようになっていた。
 まあ、そっちの話じゃない。お尻のひとだ。
 さっき歳は一つ上だったと書いたけど、歳についてなんて考えたこともなかった。ちょっと気になったのは人口数十万人の地方都市にある卸売市場の会長のお嬢さんで、(おれとは世界の違うひとだな)と少し思ったが、まあどうせ親に会うこともあるまいと気にしなかった。そんなことよりお尻のひとは、さっきも書いたように尻の副賞みたいにまあまあ美人だったし、性格もよく、話も合ったし、大好きだったけど、恋人になりたいとは思わない人だった。このひとと一緒に暮らそうと思えないし、このひとが、おれとの子を孕むなんて、もっと考えられなかった。けっこう好きなのにね。恋人になるかどうかの違いって、あるよね。その境界線みたいなものは上手く説明できないけど。
 そんなわけで、お尻をさわらせていただいてから数日経って連絡があった。「遊びに行っていい? 鶏モツの煮物、作っていくね」と言った。
 お尻のひとは約束の日にタッパーウェアに入った鶏モツ煮を手に現れ、一泊していった。初めておれの部屋に来たんだが、酒を飲んで「ぼくはあなたが大好きだけども、恋人にはなれないと思う」みたいなことを謝罪混じりに言って与太話だけで帰ってもらった。それっきり連絡は途絶え、(やっぱそうだよな)と思ったが、残念な気持ちにはならなかった。ときどき思い出して(元気にしてるかな)とか(しあわせな結婚でもしたのだろうな)などと思うことはある。
 だって鶏モツ煮だよ。良い奥さんになってると思うんだ。

 40歳過ぎてから肉屋で売られていた鶏モツを見つけて、ひも(卵管)・キンカン(卵巣)・ハツ(心臓)・レバー・砂肝のフルセットを自分で作ってみたが、下茹でのときに思い遣りの欠片もない凄まじいアクと呼ぶには醜悪すぎる細かいカスが、たんまりブクブクと浮き出ることに衝撃を受けた。よく洗ったらアクは少ないって話じゃなかったのかよ。こんなものを粗い目の笊で漉したら、ぜったいに流しの配水管が詰まるんじゃないかという代物で、細かい目の笊で漉して、そのカスは袋詰めにして捨てた。気になったので、もういち度下茹でを試みたが、下茹でを終えたあとに洗えば二度目の茹では要らないようだ。お尻のひとの持ってきたモツ煮は汁も綺麗だった筈で、下拵えがこんなに大変だったのかと驚いた。自分で作った鶏モツ煮は旨くできていたけれど、何だか作っただけで(もういいや)という気になった。料理の殆どはタイ人の奥さんが食べて「これ美味しいなぁ」と喜んでいたが、キンカンのまだ成熟していない卵を見て(こんなに手間のかかる料理だったのか……。あのときは済まなかった)と時空を超えてお尻のひとに心の中で詫びた。もうちょっとオトナだったら、遊びに行きたいと打診されたときに断っていたんだろう。いや。そのまえに、そもそも尻など触っていなかったよね。オトナなら。
 昔から言われることで「若いって、残酷よね」みたいなのって、こういうことだったのか、と思い至った。ボンヤリしてるということは他人に迷惑をかけてしまうことがあって、ボンヤリしたままで本人が気付かなければ、残酷は成立しないのか。ちょっとは成立してるかな。どうせボンヤリなら、あとになって気付いたりせずにボンヤリの責任を全うしなくてはいけないのかな。全力で、マジメにボンヤリに取り組む。それはただしい生き方なのか。
 お尻のひとが何事もなく帰る朝、駅まで送ろうかと申し出ると、微笑みながら首を横に振ったのだった。じゃあね、とおれの部屋を出ていく後ろ姿のお尻を見て(もう会うこともないのかな)という予感はあった。しばらく経って冷蔵庫の上に髪を留めていたピンクのゴム紐が置いてあったのに気が付いて、切ない気持ちになった。
 わすれもの。
 その日はそう思っていたけれど数日経つうちに、あれはおれが連絡しやすくするためのきっかけとして残していった物なのかな、それともマーキングみたいなものかな、という考えが湧いて染み込んでいった。今でもわからない。ああいうものは、すぐに捨てられるものでもなく、かといって大事に取っておくものでもない。たぶん捨てたんだろうが、まるで記憶がない。
 恋人でもないのにヘンに憶えているひとで、今さらだが若い人にアドヴァイスするなら「愛してないなら尻なんか触るんじゃない」ってことか。これ、あたりまえのことだな。わざわざ言う程のことじゃない。でも若くてばかで、目の前に完璧な尻があると、言ってしまうものだ。「ねえ。お尻さわっていい?」と。

 そういえば20世紀も数ヶ月で終わり、という頃におれの奥さんの友人が「もう臨月なのよ」と訪ねてきたことがあって、談笑するうち「そうだ。あなた、お腹触らせてもらいなさいな」と言い出した。(え……。いや。いやいや。人妻だぞ……)と躊躇していたら、その妊婦の友人も「เอ! ใช่! จับมันด้วย(あ! そうね! 触ってちょうだい)」と腹を突き出す。うーん。タイって、こうなのかな……と思いながら撫でると思ったよりも硬くて驚いた。「แข็งกว่าช้าง(象よりも硬い)」と言うのも失礼なのかと思って、あとでヨメと二人になったときにそう言うと、「失礼ということもないけれど、ヘンなことを言う人だと思われたかも。象。何で?」と不思議がっていた。わかり合えてない。昔、象に餌を買って与えるときには、いつも額を撫でていたのだ。思ったよりも硬く、でも生きものの柔らかさだった。だが、妊婦の腹ほどには張り詰めてはいない。

 ところで、竜胆だ。りんどう、と読む。秋頃に咲く紫の花だ。
 初めて竜胆の鉢植えを買ったのも21歳のときで、通り掛かりの商店街の花屋に目を奪われ、衝動買いした。北海道にもないことはないが、おれが北海道で見て知っていた竜胆は白い花だった。(あー。これが濃紫……)という気持ちで手に取り、深い考えもなく店の人に「これください」と言った。どこかに行くつもりだった筈だが、竜胆なんかをぶら下げて歩くのはイヤだったので、そのまま部屋に帰ったのだった。はっきりとは憶えてないが300円くらいだったのか。若い男の一人暮らしで植木を買う者は少ないように思う。毎朝水をくれてやって見ていると少しだけ楽しいのが新鮮で、それが毎日というのも面白かったが、ある日とつぜん思いついて衝動的に旅に出て戻ったら枯れていた。
 そうだった。竜胆の鉢植えを買ったのは、お尻のひとが帰って数日後だった。
 うん。連絡はしなくていいな。枯れた竜胆を捨てるとき、そう思った。
 だから、個人的ではあるが竜胆と尻は微妙にセットだ。
りんどう峠 島倉千代子 1957年1月
 島倉千代子ちゃんだ。当時、少年院に収容された院生(ていうのかな)たちに好きな女性の人気投票をしたらブッチギリでトップを取ったという記録があったらしい。ソースは憶えてない。
 島倉千代子ちゃんはグレイトだよ。昭和歌謡の金字塔のひとつ「愛のさざなみ」も歌ってる。なかにし礼(作詞) 浜口庫之助(作曲)のコンビだ。

แต่ปางก่อน (เพลงประกอบละคร แต่ปางก่อน) - COCKTAIL Feat.ปิ่น พรชนก【OFFICIAL MV】
 แต่ปางก่อน(テパンコン)というタイトルだが、古い同タイトルの時代小説をドラマ化したものの主題歌だ。ドラマは今までに3度作られている。「ナンナーク」や「クーカム」ほどではないがリメイクされては大ヒット間違いなしという鉄板ストーリー。タイトルの意味は「前世から」。ปาง(パン)は大きく古代みたいな意味だけど、前世って意味もあって、このストーリーがタイ人が大好きな前世がらみの物語だ。
 ラマ6世の時代、才色兼備・多言語通暁で性格も良いマンケオ王女というのがいて、こういう登場人物の常として、婚約が決まると毒殺されてしまう。時が経ち、ラチャワディーという娘に生まれ変わり、彼女は同じ宮殿に戻ってくる。そして恋に落ち、またしても希代の毒婦というのまで現れて、ラチャワディーは恋人と離ればなれになってしまい、毒殺の危機ありで、あわや前世と同じ末路か? という所で一発逆転の大団円というね。もうタイ人の涙を搾り取った名作だもの。おまけに今回のテーマソングは前回と同じものを、当代の人気者COCKTAIL とปิ่น พรชนก(ピン・ポーンチャノック)のデュオで、どーん! というわけだ。上手いよね。COCKTAILはまえに紹介したような気がするが、まだだとしたら簡単に説明しておく。人気者だ。歌も巧い。
 女性歌手のピンは、昨今多い勝ち抜きオーディション番組出身。4歳からオーディションを荒らしていたが、14歳の時に家族が事業で失敗してこさえた500万バーツ超えの借金を歌の賞金だけで完済してしまった。獲得したトロフィーは500個以上と言うから凄い。まあ14歳では浪費癖もなかっただろうが、それにしても。
 曲は聴けばおわかりのように、良い曲だ。古き良きタイ歌謡。コード進行自体は|E♭ B♭/D | Cm B♭|A♭ B♭| E♭|みたいに、ちょっとヘンに感じるかもしれないが、古いタイ歌謡では珍しくない。それよりも和音じたいは何てことのない素直な和音なのに、でも実際に演奏されるとタイ歌謡独特のヘンなテンション・ノートが付帯して、一気にタイっぽくなる。昨今のタイ歌謡では聴くことのできない、この妙なテンション・ノートはタイ語の声調だけでは説明がつかなく、昔ながらの7平均律との衝突でできたメロディーラインなんじゃないかと最近は疑ってる。今世紀になってからのタイ歌謡では絶滅危惧種なんだが、この当時の「ゆらぎ」を今風のアレンジに装う編曲が、タイ人は上手い。
 ぜひ後世に残していただきたい文化遺産だと、真剣に思う。
 では歌詞だ。

男)とても長い間 あなたを待っていて 私の魂をとても苦しめる
 心の中で悩んでいる 私はあなただけが欲しい
女)ああ たとえ私たちが遠く離れていても いいえ 私の心は振り返らない
 愛してるきっと 本当に ひとつの愛を 永遠に
男)たとえ障害物や棘があっても
女)お互いに離れない 私と共にいて
男)どの国だろうと どこにいようと 私たちは互いに距離を置かない
女)私の魂はつながっている 私の愛はあなただけ
 そして 私たちの守護の痕跡 カルマ(業)の痕跡 輪廻転生の痕跡も 常に存在する
 会いに来て あなたと私は会って 私たちが待っていた幸せを分かち合う
男)たとえ障害物や棘があっても
女)お互いに離れず 私と共にいて
男)どの国だろうと どこにいようと 私たちは互いに距離を置かない
女)私の魂はつながっている 私の愛はあなただけ
 そして 私たちの守護の痕跡 カルマ(業)の痕跡 輪廻転生の痕跡も 常に存在する
 会いに来て あなたと私は会って 私たちが待っていた幸せを分かち合う

 いいね。おれの好きなタイ歌謡だ。こないだも書いたけど、タイ人ってひととして正しくあろうとする人が多い。テラワーダ仏教の良いところだ。

 ところでドナルド・トランプの狙撃とその強運からの生還劇には驚いたね。狙撃犯はスコープなしであれだから大したもんだと思うけど、被弾直前でトランプは首を動かして難を逃れた。安倍晋三の声が聞こえて振り向いたに違いないと言うアメリカンも多くて、ばかみたいだ。
 やっぱトランプが大統領になるとイヤだなって勢力はいるわけで、トランプが大統領になると戦争はさせない方向になっちゃんだろうし、一連の医療ワクチンの構造にも懐疑的だもんね。まあトランプの言うディープステートが放った鉄砲玉(ほんとに鉄砲玉だったね)か? って思った人は多いだろう。でも陰謀論の人だと思われちゃいけないんで、思っても誰も言わない。ちょっとアタマのアレな陰謀論者はディープステート(DS)をユダヤがらみの世界統一組織だと思ってて、トランプもそれをうまく利用してるフシがあるけど、実際のDSは軍事産業と製薬産業の複合集団でしょ。数年まえに亡くなったラムズフェルドなんか有名になっちゃったけど、ああいうおじさん達。もう石油関連の勢力は無力化に向かってる印象だよね。
 という妄想を膨らませていたら、X(旧Twitter)のツイートで「トランプ狙撃の前日に$DJT(トランプ関連銘柄)株が1社だけからでも1200万株ショート(空売り)されたと公表されていて、それは前日に売られたのではなく、前日に報告された6月末日までの投資ということで、計画的なトランプ銘柄の空売りの疑念が拭えない。狙撃されるの知ってたな、って勘ぐってしまうよね。証拠なんかないけど。あんまりまえからの投資だと空売りの決済日が来てしまって儲けられないから、空売りってのは短期間の勝負だ。だからショートって言うのかどうかは知らない。Austin Private Wealth LLCという会社がプットオプションで空売りを仕掛けたんだが、取材には「申告ミス」だと答えている。間違って売っちゃいました、てへ。みたいな。
 間違ったんじゃしょうがない。
 消されないとは思うけど、一応画像も載せておくか。
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 まあ、裏が取れる類いの話でもないし、事実だったら報道して命に何かあっても困るから、こういうのは報道しないよね。ここで井戸端会議の噂程度で終わっちゃう話だ。
 と思ってたら派手だったのが「世界同時多発ブルースクリーンまつり」で、KADOKAWAを端で見ていて「ばかだなー。うちはCrowdStrike Falcon入れてるから大丈夫だもんね」というカネに困ってない会社が餌食で、でもハッキングとかじゃなくて、ただの不具合だ。CrowdStrike Falconはサイバー攻撃を防ぐセキュリティー・ソリューションだったんだけど、不具合といってもWindowsのマシンが使えないだけで、見事にサイバー攻撃を阻止していてエラいと思った。もう対処法もわかってWindows起動できるようになったから大丈夫だね。
 週末で良かったという人もいて、ちょっと笑った。

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