8月1-3日まで仙台から車で、南三陸町・気仙沼・陸前高田を訪れました。3年半経ってこの目で東日本大震災の実際の被害とその後の復興の具合を少しでも確認したかった。陸前高田には友人の実家があり、お一人が行方不明となられた。初日は仙台空港からレンタカーで塩釜を通過して南三陸町まで。ここは三陸海岸で唯一の温泉がある。南三陸ホテル観洋でこの地域で地元被災者と医療関係者・ボランテァ等、約千人のより所となった場所。地元の語り部バスで南三陸町の被災地・防災対策庁舎・仮設住宅などを見学。3年以上経っても殆んど町は平地のままで、一部の家が高台に建設されている程度。海岸部のインフラから整備しようとしているが、まだまだ時間がかかる模様。
この辺りは、漁業が生活の基盤でカキなどの養殖や漁船の新造、観光船の復活など一部明るい兆しも見えている。被災地の復興を支えるため、国や自治体の努力ともっと応援観光して地元経済を支えていく必要がある。
気仙沼の町はまだまだだが、やはり漁業日本有数の所だけあって沢山の大型漁船が見られた。港のおさかな市場での海鮮どんぶりは最高!
陸前高田は大きな町が壊滅的に流され奇跡の一本松のみが残されたという感じ。ダンプカーがはしりまくり、また山から大がかりな土砂の搬送設備で至る所 町全体を盛土しようとしている。奇跡の一本松のあった所は江戸時代から植林してきた美しい松原があったところ。各地から見学者が訪れていた。復興にはまだまだほんとに時間がかかる。
津波で引き倒された海岸の防潮堤を見ていると、仙台からきたご夫婦と会い、その方の姉さんの家がそのそばにあったが完全に無くなっているが、幸い避難できて助かったとのこと。うちの友人の親戚の方は一度避難所に行ったが、そこに津波がきて亡くなられたらしい。生死を分けるのはほんとに紙一重でした。
一方、孫の空手の全国大会は8月2-3日に仙台で行われ、2日に小学校の部で団体総合優勝したとの報を受け、陸前高田から三陸リアス鉄道で釜石辺りまで行く予定を急きょ変更。一の関IC経由で仙台に急ぎ、孫達と全国優勝の祝勝会。旨い牛タンで祝杯。翌日の個人戦は、残念ながら団体戦での負傷で勝ち残れず。
南三陸・志津川湾の夜明け
南三陸ホテル観洋 三陸 いち押しの天然温泉ホテル
人懐っこいウミネコ達
志津川湾観光船クルーズ
最終日は美しい仙台青葉城と七夕を準備する街を訪問して、忙しい東北の旅は終わった。