実にひどいもんだ。この国もクソくらえさ。だけどナ、消防士ってのは、ほんもののなにかをやってるんだ。火事を消し、赤ん坊をかかえてとびだす。死にかけたやつには、口うつしの生きかえり方法をほどこす。それが実際に目にみえるんだ。いいかげんじゃ済まない。ほんもの相手だからな。おれには、そういうのが夢なんだ。
一度銀行で働いたこともあるけど、いいかね、ありゃ、ただの紙きれで、ほんものじゃない。九時から五時までなんてタマラないよ。数字ばかりにらんでさ。こっちはにらみかえして、こう言えるんだ。『おれは火事を消したんだ。人を救うのに手をかしたんだ』ってね。おれのやったことが、この地上にはっきりとのこるんだぞ、って」
スタッズ・ターケルが全米の115の職業にたずさわる133人を直接インタビューして書き留めた『仕事』(晶文社)の中に出てくるブルックリンの消防士のことばだ。仕事にも人生にもプライドをなくしてしまったような現代の世相だが、ニュースが伝えるのは実はほんの一部であり、多くの人がこのように、その仕事の中に個人的な価値を自覚して懸命に生きているのだということを思い知らされた一冊であった。
仕事というのは、夢なのだと思い、働いてきたつもりだけれど、立ち止まってみると、ほんとうに夢だったのだろうかと考えてしまう。夢だと思った瞬間もあったが、そうでない時間もたくさんあった。我慢して時間をただ浪費してしまったような気もする。それでも、自分の仕事にはどんなときもプライドは持っていたつもりだ。それだけは自慢してもいい。仕事として、厚生年金の標準月額や加入期間の改ざんに手を染めていた社会保険庁の職員というのは、一体全体何を誇りに、何を夢に仕事をしていたのか!? と、聞けるものなら聞いてみたいものである。
著者ターケルは3年間を費やしてこの本を仕上げた。
「ふつうの人のふつう以上の夢にショックを受けた」と書いている。「時代がどんなにひどく、公けのことがどんなにバラバラでも、われわれが「ふつう」と呼んでいる人たちは、その仕事のなかに、それぞれ個人的な価値を自覚している」と。総ページ数705ページの大著に向かいながら、やっぱり仕事は夢なのだと思った。