ビタミンP

苦心惨憺して書いている作品を少しでも褒めてもらうと、急に元気づく。それをトーマス・マンはビタミンPと呼んだ。

気管支喘息薬「シクレソニド」に、新型コロナ肺炎治癒の可能性

2020年03月03日 18時22分31秒 | Weblog

以下、足柄上病院が発表した症例報告の抜粋です。

■COVID-19 肺炎初期~中期にシクレソニド吸入を使用し改善した 3 例 (地方独立行政法人 神奈川県立病院機構 神奈川県立足柄上病院総合診療科 ICD/岩渕 敬介 吉江浩一郎 倉上 優一 高橋 幸大 加藤 佳央 森島 恒雄)

 

 当院は第二種感染症指定医療機関として、2020 年 2月5日より新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)確 定患者の受け入れを行っており、2 月 28 日までに 8 名が入院した(入院治療を行う感染症病棟は、一般診 療と交叉しない独立陰圧換気環境である)。高齢者が 多く重症化率が高い中で、2 月 19 日に行われた「新 型コロナウイルス感染症への対応に関する緊急拡大 対策会議」においてその有効性が紹介されたシクレソ ニド(商品名:オルベスコ)の吸入を、2 月 20 日よ り酸素化不良・CT 有所見の患者 3 名に使用開始し、 良好な経過を得ているので報告する。症例報告に当た っては全例患者本人に説明し同意を得た。 

●症例 1:73 歳,女性. 2020年1月20日にダイヤモンドプリンセス号乗船、
 1 月 25 日に香港に上陸した。2 月 4 日より咽頭痛、 倦怠感、食欲不振を認め、2 月 7 日より 38°Cの発熱 が出現。2 月 8 日に検体提出され、2 月 10 日に咽頭 ぬぐい PCR 検査にて SARS-CoV-2 陽性の判定とな り、2 月 11 日下船し当院に搬送された。

 <初診時現症>
意識清明、血圧 105/65, 脈拍 103/分、呼吸回数 11/ 分、体温 36.7°C、SpO2 94%/RA 身体所見:咽頭発赤なし、リンパ節腫脹なし、呼吸音 両背側下肺野にて吸気時終末に fine crackle を聴取。 既往歴:膠原病の指摘を受けたことがあるが特に治 療はされておらず経過観察中 入院時の採血で抗核抗体(ディスクリート型)1,280 倍で、手指の色調不良もあり強皮症疑い。

<入院後経過>
入院時より SpO2 95%以上に保つために O2 1L/分 

 nasal にて開始、倦怠感つよくほとんど臥床状態であ り食事もほとんど摂取できない状態であった。疎通不 良と見当識障害を認め、後日聴取したところでは入院 前後の記憶がないとのことである。維持輸液及び CTRX, AZM 開始としていたが、酸素化は徐々に悪化 し、38°C以上の発熱と、経口摂取不良も継続。2/14に は SpO2 95%以上を保つために O2 4L/min を要し、 Lopinavir/Ritonavir(LPV/r)4 錠(800/200mg)開始 した。LPV/r 開始後、解熱傾向となり、酸素化も改善 したが、SpO2 95 以上を保つためには O2 1-2L nasal が必要であり、体動にて容易に SpO2 80 台への低下 を認めた。 

 食欲も改善せず、倦怠感も著明であった。2/19 CT にてGGOの陰影が増強し、領域の拡大も認めていた (Fig3)。さらに下痢と肝酵素上昇が出現したため、 食思不振と合わせて LPV/r の有害事象と考え 2/19 に LPV/r を中止した。2/20 よりシクレソニド吸入 (200μg、1 日 2 回)を開始。経口摂取不良が1週間 に至ったため経鼻経管栄養を開始した。 

 シクレソニド開始後2日程度で、37.5°C以上の発熱 は認めなくなり、酸素化も改善し room air で SpO2 95%以上を維持できるようになり、体動時の低酸素血 症も改善した。食欲は著明に回復し、2/22 には 1,200kcal 程度経口摂取できたため経管栄養を中止 した。全身倦怠感も改善し室内独歩可能となった。症 状改善と判断し、鼻腔ぬぐい液 PCR にて 2/25, 2/26 日に SARS-CoV-2 陰性を確認し 2/28 退院となった。 退院前の CT (2/27)にて著明に肺炎像は改善している (Fig4)。現在 400μg 1 日 2 回の吸入をキット終了まで 継続し、外来フォローアップ予定である。 

 

現在までの知見および考察 

(1)シクレソニドについての知見 本ウイルスに対し既存の気管支喘息治療用吸入薬シ クレソニド(商品名オルベスコ)が、強い抗ウイルス 活性を有することが国立感染症研究所村山庁舎のコ ロナウイルス研究室から紹介された。 

 シクレソニドは吸入用ステロイドとして未熟児・新生 児から高齢者まで広く用いられる安全な薬剤であり、 気道の慢性炎症の抑制に効果があるとされる。 COVID-19 の肺傷害の病理はいまだ明らかになって いないが、MERS や SARS から推定されるところで は、ウイルスが肺胞上皮細胞で増殖し、肺障害を引き 起こしながら、同時に肺胞マクロファージ等に感染し 局所の炎症を惹起すると考えられ、シクレソニドの持 つ抗ウイルス作用と抗炎症作用が重症化しつつある 肺傷害の治療に有効であることが期待されている。シ クレソニド以外の吸入ステロイドには、COVID-19 の 抗ウイルス作用は現時点では認められない。 COVID-19 に対するステロイド治療はウイルス血症 を遷延させる可能性や糖尿病等の合併症があり推奨 されないと報告されている 1)が、そこで検討されてい るのはヒドロコルチゾン、メチルプレドニゾロン、デ キサメタゾン、プレドニゾロンによる全身ステロイド 投与である。シクレソニドはプロドラッグの吸入薬で 肺の表面にとどまり、血中濃度増加はごく微量である。 投与時期は重症化する前の、感染早期~中期あるいは 肺炎初期が望ましく、ウイルスの早期陰性化や重症肺 炎への進展防止効果が期待される。 

(2)臨床応用についての検討
 保険収載の成人容量は 400μg/日(400μg、1 日 1 回)、 極量で 800μg/日(400μg、1 日 2 回)であるが、森島 教授の見解では

1ウイルスの増幅時間(6-8hr)から 頻回投与かつ肺胞に充分量を到達させるため高用量 投与を推奨する。

2残存ウイルスの再活性化および耐 性ウイルスの出現を避けるため、開始後は 14 日程度 以上継続するのが望ましい。

3ウイルスは肺胞上皮細 胞で増殖しているため、吸入はできるだけ深く行うこ とが効果を高めると考えられる。

 以上の知見より、剤型も考慮すると、現時点では下記 の投与量を標準とすることを提案する。 

 例(6.0%)、臨床検査値異常が 12 例(2.0%)であった。 主な自他覚的副作用は、呼吸困難 5 例(0.9%)、嗄声 5 例(0.9%)、発疹 3 例(0.5%)等であった。副作用とし ての臨床検査値の異常は、尿中蛋白 4 例(0.7%)、 AST(GOT)の増加 3 例(0.5%)、ALT(GPT)の増加 3 例 (0.5%)等であった(添付文書より引用)。まだ数日で はあるが、当院でのシクレソニド 1,200μg/日吸入で 現時点では有害事象の出現はみられていない。 

(4)当院の状況
 当院はクルーズ船からの陽性者 8 名を受け入れ、そ のすべてが 65 歳以上であった。2 名は入院時無症候 でその後も症状なく陰性化し退院、6 名に酸素化不良 と胸部 CT にてすりガラス影を呈する肺炎像を認め た。4名は入院時に肺炎が存在、2 名は入院後発症と 考えられた。また 6 名中 3 名は重症化を来し高次医 療機関へ転院搬送となり、うち 2 名(入院後発症1 名)が人工呼吸器管理となっている。 

 受け入れ直後は、肺炎発症者はほぼ重症化するような 状況で、多くの報告で言及されているとおり初期の症 状が軽症でも発症後 7-10 日で急速に悪化する印象で あった。当院は当時感染症病棟での人工呼吸器管理を 行える体制が取れず、重症化リスクのある肺炎患者を 抱える危機感が大きく、2 月 19 日のシクレソニドの 情報提供を受けて直ちに投与を開始した。

 特に症例1 は、入院時から肺炎を呈し、LPV/r開始し炎症の急性 期を脱したものの酸素化不良が継続、食思不振が長期 化したが LPV/r 中止に踏み切れず、体力低下著明で 急性増悪が危惧され、CT 所見も増悪傾向を示したた め転院を検討も他に重症患者がおり搬送順位を下げ ざるを得ず、転院先選定にも難渋する中、情報を得て 投与開始したところ急速に快方に向かった印象的な 症例である。 

(5)効果に関する考察
 6 例の肺炎患者中シクレソニド導入前の 3 例中 2 例 が人工呼吸器管理を要し、導入後の 3 例は軽快して いるが、当然ながら疾患背景が異なっておりこの症例 数のみで効果を論ずることはできない。

(3)副作用 

 副作用は同薬承認時までの安全性評価対象 588 例中 45 例(7.7%)にみられ、内訳は、自他覚的副作用が 35 例についても経過をまとめ追加で報告する予定であ る。
 現在のところ、重症化が危惧される COVID-19 症例 に関しては LPV/r 投与が広く行われているが、下痢, 嘔気,嘔吐,腹痛等の副作用があり、高齢者における 薬物動態については十分な検討がなされていない(添 付文書より引用)。in vitro ではシクレソニドはロピ ナビルと同等あるいはそれ以上のウイルス増殖防止 効果を示しており、さらに同研究では同一濃度で効果 を比較しているが、シクレソニドのエアロゾルが肺胞 に到達した場合の組織濃度はその数十倍と考えられ ている。 

 COVID-19 において重症化しているのは主に 高齢者であり、肺炎のため虚弱を呈した症例1のよう な高齢の症例に関しては、安全性が確立されており簡 便かつ安価(2,169 円/キット。LPV/r 1,289.6 円/日) なシクレソニドの早期投与は、効果が確立されるなら ば大きなメリットがあるものと考えられる。今後の使 用症例の蓄積と検討が望まれる。 

(6)症例蓄積について、ご協力のお願い

  現在、森島教授はじめとする諸先生方のご協力を得て、 シクレソニド使用に関する症例を集積する為の多施 設共同研究のプロトコールを作成しています。危険性 の低さと汎用性の高さ、緊急性から、無作為化比較試 験ではなく観察研究とし、一定数の症例蓄積をもって 再度発表する方向です。  

 現状、オルベスコの添付文書上は「有効な抗菌剤の存 在しない感染症、深在性真菌症の患者」に関しては禁 忌に該当するため、各医療機関のご判断で、倫理委員 会に諮ったうえでご使用いただくこととなります。使 用される際は有効性評価のため多施設共同研究への ご協力をお願いいたします。 

(2020 年 3 月 2 日公開) 

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