新型ワクチン投与量10分の1以下 米新興、日本で治験へ
(2021/05/01 日本経済新聞WEB)
新型コロナウイルス向けに、投与すると体内で自ら増える新しいタイプのワクチンの臨床試験(治験)が今夏にも国内で始まる。投与量は既存の米ファイザー製ワクチンなどの10分の1以下ですむ計算で、供給不足が起きにくい。今後登場する変異ウイルスへの対応も速められると期待を集めており、欧米でも開発が進んでいる。
新型ワクチンは、メッセンジャーRNA(mRNA)と呼ばれる物質を利用する。日本でも接種が始まったファイザーと独ビオンテックのワクチンはこの物質を使っており、今回のコロナ禍ではほかのタイプのワクチンに先駆けて実用化された。
米新興ワクチンメーカー、VLPセラピューティクス(メリーランド州、赤畑渉最高経営責任者=CEO)の日本法人が、大分大学医学部付属病院で数十人を対象に、臨床試験の第1段階に当たる第1相治験を実施する方向。6月までに国の審査機関に申請し、今夏の治験開始をめざす。
同社の試算によると、1人の接種に必要なワクチンの量は1~10マイクロ(マイクロは100万分の1)グラムで、既存のmRNAワクチンの10~100分の1ですむ。日本の全人口に必要な量は、理論上130~1300グラムですむ。
体内に投与するとmRNAを基に、コロナウイルスのたんぱく質の一部が作られる。そのたんぱく質に対する免疫反応でウイルスを攻撃する。ただ、mRNAは体内で分解されやすく、たんぱく質が作られる時間は短い。従来型でしっかり免疫を働かせるには、一定量のmRNAの投与がいる。
新たなワクチンでは、mRNAに増殖する機能を加える。たんぱく質の設計図となる遺伝情報に、自動複製に必要な情報を加える。mRNAが体内の細胞に入ると、たんぱく質を作る一定の間、増え続ける。微量の投与でも十分な量のたんぱく質が作られ、効果を発揮すると考えられている。
VLPは米国立衛生研究所(NIH)ワクチン研究センターの研究者だった赤畑氏が2013年に創業。双日やみやこキャピタル(京都市)などが出資する。20年度から日本医療研究開発機構(AMED)の支援を受け、自己増殖型mRNAの新型ワクチンの開発を進めている。
年内にも第2相試験に進み、22年には最終段階の大規模な第3相試験の実施をめざす。治験が順調に進めば、富士フイルムがワクチンを製造する。
ワクチンが効きにくいと懸念される南アフリカ型、ブラジル型の変異ウイルスにも効果があることを動物実験で確認したという。同社は変異ウイルスにさらに効きやすいワクチンの開発も進める考えだ。
ワクチン開発に協力する国立病院機構名古屋医療センターの岩谷靖雅感染・免疫研究部長は「動物実験の結果などを踏まえると非常に有望だ」と話す。VLPの赤畑CEOは「安全で効果の高いワクチンを国内で製造できるようにしておけば、仮に厄介な変異ウイルスが日本で発生しても対応しやすい」とみる。
VLPと類似のタイプのワクチンは米国や英国の大学、企業も治験を進めている。米アークトゥルス・セラピューティクス(カリフォルニア州)などは1万人以上を対象とした第3相の治験を6月までに開始する方針だ。
米国とシンガポールで実施した500人規模の第2相や第1相の治験では有望な結果を得られたという。そのほかにも、英インペリアル・カレッジ・ロンドンが第2相の治験を始めている。
治験の結果などから、各国当局の承認が得られれば実用化段階に進むが、課題もある。「mRNAの自己増殖が過度に続くと、思わぬ副作用を招くリスクもある」(RNAに詳しい東京医科歯科大学の位高啓史教授)ためだ。実用化されたことがないタイプのワクチンのため、治験では安全性や有効性の慎重な検証が求められる。