万葉集をわかりやすく解説~三輪山と別れる~
作者:額田王 (巻1・18番歌)
三輪山を しかも隠すか 雲だにも 心あらなも 隠さふべしや
(訳:なつかしい大和の国の三輪山をそのように隠すのか。せめて雲にだけでも思いやりがあってほしい、振り返り振り返り見たい山なのに、そのように雲が隠してよいものか。)
・・・解説・・・
この歌は、近江遷都にあたって、額田王が詠んだ長歌に添えられた反歌なのです。
額田王はおそらく、当時皇太子だった中大兄皇子(後の天智天皇)に従って飛鳥から山城をへて近江へと下ったのだろうと思われます。
額田王にとっては朝夕見慣れたなつかしい三輪山との別れであったのです。
しかも、三輪山はただの山ではなく、山自体が大神神社のご神体となっているのです。
三輪の神、大物主(おおものぬし)は蛇体で、厚く信仰されると同時に、しばしば祟りを及ぼすので畏れられてもいたのです。
都を遷すには、三輪山をはじめ大和の神々の心を鎮めなければならなかったのです。
この歌の前の長歌には、大和を離れ、道の曲がり角ごとに、何度も振り返っては三輪山を見て別れを惜しむさまが詠(うた)われており、これは国境を越える際の礼儀とも言われます。
そうだとしたら、額田王が大和の神々をなだめるよう仰せつかって中大兄皇子の代わりに詠(よ)んだとも考えられるのです。
また、この歌を、大海人皇子と別れ、中大兄皇子に従う額田王の切ない気持ちの表れとする見方もあるのです。