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僕とわたしの歩く道

日々のいろんなことを。。。

視覚支援ことはじめ(4)

2007-06-15 09:00:15 | 視覚支援ことはじめ
新しい環境に進むにあたって・・・

ここに書かれている「思い込み」で子どもをみている。
子どもは苦手なのに、そのことがわかってもらえず、仕方がないから、親に合わせて暮らす。

これはまさしく私のことだ!と、とりあえず、ここに書かれている始めの一歩から始めてみようと思ったのです。

巻物カレンダーを真似て作ったカレンダーに予定を書き込み
A4の紙を縦半分に折り、1日やお出かけのスケジュールを書いて
本人のものは実物を見せて2択から選ばせて
おひさまのスペースとして、部屋を片付けて
おひさまの要求してきたことは可能な限り聞き入れて・・・

書き込んだのはすべて、私のヘタな絵やマークとひらがな。
描いて見せて、「キャンプ○日に行こうね。」とか「帰ってきたらSATY行こうね」と伝えました。

おひさまは私のヘタな絵を真似て、テントやお友だちなんかをカレンダーに描いて「キャンプここで行きたいね~。」とか「Kちゃんと会いたいな~」とか言ってくるようになりました。
嬉しかったですよ~アンパンマンのキャラクターしか描かない子だったから。

でもね・・・とりあえず、はじめてみたけれど、今までだって、家では困っていなかったから、特に始めたから生活が激変して楽になったとかいうこともなくて・・・


そして・・・やっと焼きそばの話・・・

ある日、お昼ごはんで焼きそばを作っていると、お料理好きのおひさまは私の横にきて、私が肉とキャベツを切っているときから、フライパンに麺とソースを入れようとして

私「もうキャベツと豚肉炒めてからよ」
おひさま「ソース、入れるの!!」
私「だから!後で!」
おひさま「入れるの!!!」

後でっていってるでしょう(怒)!!!となるところを、ふと、その場にあった紙に書いてみたのです。

①豚肉②キャベツ③塩こしょう④麺⑤ソース できあがり

とひらがなと超簡単なフライパンや材料の絵をそして、「おひさま①豚肉②キャベツ③塩こしょう④麺⑤ソース ソースは⑤だよ。」と。

すると、それまで、「ソース入れるの!!!」とムキになっていたおひさまが切ったお肉をフライパンに入れて炒めだしたのです。そして私と一緒に順番に入れて、最後に「⑤ソースだね」とソースを入れて。

感動でした。
私の言うことはわかってるって思ってたけど、わかっていなかったんだ。
ムキになってるのでも、自分の思い通りにしようとしてるわけでもなくて、わかっていなかったんだ。
こうして、書いて見せて伝えればわかるんだ。
わかるとできるんだ~って。

ああ、おひさまの具体的な支援の方法はこれなんだと強く感じたのでした。

それからは、歯医者でも通園施設の運動会でも、引越しでも、いつでもカレンダーとスケジュールを準備。見せられたって、わかるからこそ嫌なこともあるし、いつも驚くほどうまくいくのではないけれど、おひさまは確実にわかって自分で行動できるようになっていきました。
通園施設のお迎えの時間が違っても泣かなくなりました。
祖母とのお留守番のときも泣かなくなりました。

そして、今。

まだ始めて1年だけど、具体的な方法を小学校にも伝えていけたことが、おひさまの小学校生活を確実に楽にしています。
困ったことを伝えられると、電話口でいつも泣いていた3年前とは違う私がいます。
不安がいっぱいでじっとしていられなかった3年前とは違うおひさまがいます。






視覚支援ことはじめ(3)

2007-06-14 21:54:02 | 視覚支援ことはじめ
通園施設に入園して、おひさまは毎日楽しく通っていて、私もおひさまよりもよくしゃべる明るい自閉症児たちに出会い、その行動のおかしさなんかを笑い飛ばして話せるお母さんたちと出会って、おひさまが自閉症だということは受容できてきたんだけど・・・

「どうして私の言うことは通じるのに、他の人の言うことは聞けないのだろう」
「他の人でも人によっては、答えられるのに、人によっては全く耳が聞こえないかのようになるのだろう」
「家でできることと、他の場所で出来ることの差が激しいのはなぜだろう」

その頃、通園施設ではインリアル研究会のモデル児として、ビデオで先生とのやりとりの様子を撮っていて、それを見せてもらった。
そこに映っていたおひさまは私とよりもはるかに口数が少なかったんだけど・・・
「こんなに話せるのね~と私楽しかったのよ。」と先生。

聞けば、入園して半年くらい、ほとんど話さなかったらしい。
入園して1年たった頃でも、先生によってよく話したり話さなかったりで、「職員によっておひさまくんの評価は全然違うのよ」ということだった。

インリアル研究会に参加させてもらって、大阪府立大学の里美恵子教授に

「おひさまは私とはコミュニケーションがとれるし、身辺自立の出来ているから、家では特に困ったことはない。
でも、幼稚園のときは2学期以降、立ち歩きや他害がでて通園施設に転園した。
会話は成立しにくいが、パニックになることはない。」

というようなことをお話させていただいたら、

「おひさまくんのようなタイプはパニックになることはないお子さんね。でもね、とても不安を感じやすいの。その不安はどんどんどんどんたまっていく。そして、その何もかもが嫌になってしまうのね。幼稚園はその状態だったのだと思うのよ。
パニックにならないからといって見逃してしまいがちだけど、不安を感じやすいということを周囲はわかっていってあげないと」

と言われた。

ああそうなんだ。おひさまはとっても不安だったんだ。辛かったんだ。
記憶力のいいおひさまに、もう辛い記憶は必要ない。
不安を軽減するためにどうすればいいんだろう・・・

そんなことを思いながらいた、年中の、終わり頃・・・

児童相談所で受けた発達検査の心理士さんは私に
「お母さんは頑張っていらっしゃるし、そのままでいいですよ」
と言ったのだけど、そんな慰めはもう私には必要なかった。

私は何もしていない。
小学校まであと1年。
今は恵まれた環境にいるけれど、おひさまは小学生になる。
小学校は幼稚園の二の舞にはしたくない。

具体的な方法がほしい。
おひさまの不安が少なくなるように。

そんなとき読んだのが、ハルヤンネさんの

新しい環境に進むにあたってだった。

・・・続く・・・





視覚支援ことはじめ(2)

2007-06-11 08:59:49 | 視覚支援ことはじめ
当時のこと(私立幼稚園 年少)の頃で忘れられない出来事がある。

1学期の頃は席に座ってお話を聞けていた(ように見えていた・・ホントは聞いちゃいなかったんだろうけど・・・)おひさまがどんどん立ち歩きや、教室からの脱走が増えていると言われたある日、給食がカレーライスの日があった。

カレー大好きのおひさま♪「お昼ごはんカレーだよと伝えてもらったら、座ってられるかもしれません。」とお伝えした。

すると、「おひさまくんがまた脱走しようとしたので、おひさまくんのスプーン(カレーのスプーンは家から持っていく)をとりあげて、「うろうろするならカレー食べられませんよ。」って伝えたら、とっても悲しい顔をしましたけど、席にちゃんと座っていられましたよ~」と、先生から報告があった。

倒れそうだった・・・そんなことお願いしたわけじゃないつもりだったのに・・・「席に座ってお話が終わったら、お昼ご飯はカレーだよ。席に座ろうね♪」ということを期待していたんだけど・・・

でも当時の私は、そう言わないと聞かないおひさまだったのかな~と、違うんだけど・・・思いながら先生に何も言わなかったから、きっとこういう声かけ、いっぱいされていたんだろうなあと思う。荒れていくのもわかるよ(自閉症が辛かった頃)、ごめんねおひさま。

未入園児のクラスや1学期は座っていられたのに、どんどん座っていられなくなったのは、おひさまが 「わからないことがわかってきた」 からじゃないかと思う。受動型だし、わからなくてもとりあえず座っていたのが、ええ~わかんないよ~つまんないよ~って気づいたんだろうね。

だから「早期の療育できちんと座れるようになる」なんていうのがあるけど、わかんないで座っていると、おひさまのように前座れていたのにどんどん座れなくなって、でも、私も前はできていたのにと「おひさま(怒)!!」となるし、本当にかわいそうなことをしたものだ。

そして、「1人1人にわかるように教えてあげることは何も特別なことじゃないの」という園長先生にここしかない!と、年中さんから知的障害児の通園施設へ入園。
そこで、おひさまははじめて、

●1日の流れは写真のスケジュール
●自分の席、自分のタオルかけ、自分のロッカー、自分の靴箱にはひらがなと自分の写真
●園行事やお当番さん、お休みはカレンダー

という、視覚支援、スケジュール、カレンダーに出会ったのだ。

でもね・・・相変わらず家では何もしてなかったのよ。私。
だって家では言ったらわかってたし(と勝手に思ってたし)、療育センターの心理士さんも「言えばわかるにこしたことはない」って言ってたし・・・(言い訳言い訳・・)

なかなか焼きそばまで話しがいかない・・・

・・・ということでまたまた続く・・・

おひさま、昨日のお料理教室では意欲的にやきそばづくりに取り組んだらしい。お料理教室もレシピはばっちり視覚支援だものね♪

視覚支援ことはじめ(1)

2007-06-10 11:15:32 | 視覚支援ことはじめ
今日はおひさまはお料理教室♪メニューはオム焼きそばとオレンジ寒天です。

焼きそばには思い出がある。おひさまに視覚支援、スケジュールが必要なんだ!!って私がほんとに気づいたのが焼きそばだったから・・・

ということで、視覚支援やスケジュールがおひさまには必要なんだって感じた思い出話をちょっと書いてみようと思う。


私立幼稚園に行っていたころ、おひさまは毎日のかばんの準備なんかはすぐ出来るようになった。幼稚園の一日は毎日変わらないことも多いし、身辺自立は年齢相応の子だったので、特に混乱することもなかった。

でも、行事などでお外遊びができないとき、おひさまだけ靴箱の前でずっと待っている。仕方なく、おひさまだけ少し遊んだり先生と出たりしてる。って話があった。

雨が降ってるときは雨だから出れない、これはわかるけど、晴れてるし、お外遊びのときと同じ音楽がなったのに「きょうは、○○のため園庭では遊びません。みなさん教室で遊びましょう。」と放送があっても、音楽がなるとすぐ外に飛び出そうとして、いくら言っても聞いてくれない・・ってことだった。

今の私だったらね。
遊べるときと遊べないときと音楽を変えてください。
今日、園ですることを写真で示してください。
今日の遊びは教室が○園庭は×と見せて説明してください。

お手数ですが、そうしていただけるとわかります。と、家で教室と園庭の写真を撮ってつくって持ち込んで見せて伝えてもらってできたのだけど・・・

あの頃の私はそんなことも言えなくて、先生から困った報告を受けると一緒に泣いてしまっていたので、そりゃ先生もこまっただろうなあと思う。

でも、ダダ父通信で、「どうやら見せたほうがいいらしい」ってことは知っていたから、「見せたら伝わると思います。」とかを先生には言って、先生も「見せられるものがあるときは見せてるんですけど・・・」と粘土遊びのときは「おひさまくん、粘土だしてね」と実物粘土を見せたり、「かばん準備だよ」とかばんを見せたりはしてくださっていた。そうしたらスッと行動できてびっくりしましたってことは聞いていた。

家ではというと・・・私の言うことはとってもわかっている様子だったし、今考えると言われるがまま、という感じの子で、でも当時はなんて言うこと聞くおりこうな良い子なんだろうって思っていて、困ることなんて何もなかったから、何にもしていなかったのだ。

3歳児検診で言葉の遅れから、自閉症の疑いと診断されて、色々なHPを見て、道順にこだわるだとか外出に困るだとか、そんなときに視覚支援してやると、楽になったような話が書いてあったけど、そんなこと1つもなくて、パニックになるのかな~と、いつも行くスーパーまでの道順をわざと変えて歩いてみても、いつもと違う公園に行っても、「公園行くよ」と行ってたのに、やっぱりスーパーに行ってみても、いつもニコニコついてきて、自閉症ってやっぱり間違いなんじゃないか!と、当時に私はまだ思っていたから・・・

言葉以外に問題なんて感じなかった。
今でこそわかる、何ができないから自閉症なんじゃなくて、何ができても、コミュニケーションに問題がある・・そのことを自閉症って呼ぶンだってことを当時の私は納得できないで、オムツもとれてるし、パニックなんかおこさないし、こだわりも別に感じないし、と、その症状と合わせてみて、何にも当てはまらないジャンと、視覚支援なんて特に必要とも感じていなかった。

・・・続く