(3) バリュエーション
投資家にとって重要なのは投資している証券が割高なのかそれとも割安なのかという点で、通常
の企業への投資と同様投資判断の基準が何であるかという点だ。PERやPBRが有効であるのかという
点だが、個人的な見解を言えば、恐らくあまり役に立たないだろう。生命保険業で既に上場してい
る会社としてはT&Dホールディングスやソニーフィナンシャルホールディングスなどがある。また
業態は違うが損害保険会社もビジネスモデルが似ていることから参考になるだろう。
損害保険会社は東証に大昔から上場していることから株価バリュエーションの参考になるだろう。
因みに損害保険会社のバリュエーションとして国内外の機関投資家がよく使うのは修正純資産倍率
だ。修正純資産倍率の算出には大昔から投資している有価証券の含み益だけでなく、異常危険準備金
など海外では積み立てられていない準備金を繰り戻して計算するケースが多い。但し、異常危険準
備金が株主のものであるかという点に関しては議論の余地が大きいだろう。何故、異常危険準備金
を繰り戻すのかという点に関しては、もともと通常の大数の法則によってカバーできない、異常災害
による損失をカバーするために事前に積み立てるのがもともとの意義であるが、日本の損保会社は
任意で積み立てている部分がある。任意でというのは税法上認められている限度額を超えて有税で
積み立てている部分があり、これが外国人投資家にとっては株主に帰属すると考えているふしがあ
る。
一方で生命保険会社の場合は損保と異なり超長期の保険契約が主体であることから損保で用いら
れているそのまま修正資産倍率が利用できるかは若干の考慮が必要だ。T&Dホールディングスの
上場によって積極的に利用されているのがMCEVだ。MCEVとはMarket Consistent embedded Value
の略で市場整合的エンベッデドバリューと訳されている。欧州で広がったものであるから単にEEVと呼ぶ
ことが多い。ひところはやったEVに似ているが従来の定義によるEVはTEV(Traditional embeded
Value)と呼ばれており、それに対してMCEV は対象事業のリスク全体について十分な考慮をした上で、
対象事業に割り当てられた資産から発生する現在および将来における株主への分配可能利益を現在価
値評価したものである。MCEV は、金融市場で取引される金融商品の価格と整合的に評価したEV と言
われている。
生保会社におけるEVの定義は上記の通りであり、修正純資産の計算額に既存契約、新規契約の割引
現在価値を足しあげて企業全体の「修正純資産」を計算するものだ。そういう意味においては損害保険
会社のバリュエーションの仕方と同じだ。結局、何のことはない株主に帰属する価値を計算するという
ことだが、個人的にはいつも「純資産議論」には若干の違和感を覚える。それは「解散しない会社」
の株主帰属分を計算しても、解散しないから結局帰属しないんじゃないかという素朴な疑問だ。ただ
し、この議論はある意味不毛な議論で最終帰属しないのなら配当という形になってしまい、議論が
50年くらい前に戻ってしまう。ここではいまはそれを封印してMCEVについてもう少し見てみよう。
まず従来のEV(TEV=Traditional embedded Value)とMCEVの違いを見てみよう。
MCEVはTEVと比較して定義の変更はあるものの考え方は変わらない。最終的に株主に帰属すると考え
られる経済的な価値を計測するのが目的た。EVは簡単に言えば修正純資産に保険契約の経済価値を加え
たものだ。修正純資産は資産時価より法定責任準備金(危険準備金を除く)とその他負債を差し引いた
株主に帰属すると考えられる額を指す。TEVとの差はそれほどなく、建物の含み損益を加えたことでよ
り実質的な価値を計測するのが目的だ。最も大きく変化したのは保険契約の現在価値の計算方法が大き
く変わったことだ。保険契約の割引現在価値を計測するには当然のことながら割引率を求めなくてはな
らないが、この割引率というのは正直にいって正解がない。要するに未来の市場金利を予測するような
ものでそれが出来るのなら絶対損しないわけだから、そんなことは不可能だ。
割引率の設定には大まかにいって2つの方法があり、トップダウンアプローチとボトムアップアップ
アプローチだ。トップダウンアプローチでは株式市場の株価動向などからベータ値を算出し、それに
加重平均資本コストを計算してリスク・マージンを一定にして割引率を算出する。一方、ボトムアップ
アプローチでは商品毎、国ごとにリスク特性を勘案して割引率を出すことでより精緻に経済価値を計測
しようという試みだ。MCEVではボトムアップアプローチを採用している。
TEVとMECVとの比較においては相違があるわけだが、MCEVに優位性があるとされているのは以下の点
だ。
・資産配分比前提と割引率調整がMECVの方が市場整合的であること
・割引率の主観的要素の最小化と金融市場との整合性
・オプションと保証への対応、確率論的な計算による時間価値の明示
・必要資本維持の為の費用計算の客観性の担保
細かい議論はここではしないが、要するにトップダウンアプローチでは単一シナリオによる一律の
割引率の適用、商品毎のリスク対応の困難性、主観的判断の割引率への影響を最小化することができ
ないというのがその主張である。既に多くの保険会社がMCEVの採用を決めており、第一生命だけでな
く、既に上場している生保2社もMCEVを採用していることからベンチマークとして一般化しつつある
と考えるべきだろう。
(4) 第一生命のMCEV
なんだかよく分からんことを長々と書いたが、MCEVとTEVの定義の差はあったとしても考え方はそう
は変わらない。結局、株主帰属分がいくらかという話で、ここでの結論は株価はMCEVに連動もしくは
相関するということだ。EVがどの程度株価に影響するのかという点では次のグラフを参照してほしい。
2009年5月19日にT&DホールディングスがEEVを発表。前年度1兆6千億から8665億円と
ほぼ半減、株価は翌日ストップ安した。こうしてみるとEEVの発表によって株価に大きな影響を与える
ことが分かる。但し、実のところ発表後株価は安くなったもののその後反発したりしている。影響は
極めて短期的に見えるが、もっと長いスケールでみると株価はその後じりじりと下がりストップ安した
水準よりも現在の株価は下落している。ここで考えられることは短期的な株価については別にしてEEVの低下
は確実に株価の低下につながっているということだ。
本題の第一生命のEEVだが、これは目論見書にちゃんと書いてある。
直近の21年9月のEEVが2兆5千57億円。発行済み株数は1千万株なので計算しやすい。1株
あたり、25万5千円だ。株価EEV倍率で考えると0.55倍。ほぼT&Dホールディングスと同じバリュ
エーションであることがわかる。株価評価を考えるとT&D並で既にフェアバリューという考え方もで
きなくもないが、昨年5月にミソをつけた会社との比較が正しいのかは少し疑問だ。まず第一にT&D
とは比較にならないくらい流動性が違う。流動性プレミアムを考慮すべきではないかという疑問。
第2にEEVが株価に影響しているわけだが、T&Dは現在アンダーバリューされているんじゃないかとい
う疑問。もしかしたら第一生命よりもT&Dを買うべきなのかもしれないが、上記の第一生命のEEVを
見てほしい。3月から9月までの6ヶ月間のEEVが7473億円増加している。修正純資産が40%増加
しており、保険契約の現在価値が51%増加している。
理由は実に簡単だ。株価が上昇しており、金利が低下しているからだ。即ち、株価の上昇によって
保有資産の時価が増加しており、金利の低下によって割引率が低下している。いままでぐだぐだと
EEVの説明をしてきたが、定義からして金融市場の影響度が極めて大きいのは自明だ。従って、損保の
ように株式市場が上昇すれば保有資産価値が増大してEEVが高くなる。では何故、T&Dが上昇しないのか
という点だが、一つは流動性の問題。ファンダメンタルズが同じでも東電と九電の株価のプレミアム
のつき方は違う。もう一つはEEVというファンダメンタルズ情報の開示頻度にある。T&DはEEVを年1回
発表している。それ以降のEEVの発表がなく、第一生命と比較可能な状況にない。今回、第一生命は
9月末の数字を発表しているが、恐らくこれからは年1回の発表になると思う。新規公開の為に特別
に9月中間の数字が発表されているだけなので公開後は年1回になると思われる。
以上から勘案すると公開時の株価EEV倍率0.55倍は割安の部類に入るだろう。ソニーフィナンシ
ャルが0.78倍程度なので0.55-1.0倍のレンジに収斂すると考えるのが妥当だろう。
加えてプラスの材料がある。3月末の株価はまだ分からないが現時点での日経平均は9月末と比
較して8%程度上昇しており、ドルは円に対して3%上昇している。国内株式、外国証券の評価
額は9月末よりも増加しており、EEVが上昇している可能性は高い。結論としては多分買い。と
いうか、T&Dが買いなのかも。
投資家にとって重要なのは投資している証券が割高なのかそれとも割安なのかという点で、通常
の企業への投資と同様投資判断の基準が何であるかという点だ。PERやPBRが有効であるのかという
点だが、個人的な見解を言えば、恐らくあまり役に立たないだろう。生命保険業で既に上場してい
る会社としてはT&Dホールディングスやソニーフィナンシャルホールディングスなどがある。また
業態は違うが損害保険会社もビジネスモデルが似ていることから参考になるだろう。
損害保険会社は東証に大昔から上場していることから株価バリュエーションの参考になるだろう。
因みに損害保険会社のバリュエーションとして国内外の機関投資家がよく使うのは修正純資産倍率
だ。修正純資産倍率の算出には大昔から投資している有価証券の含み益だけでなく、異常危険準備金
など海外では積み立てられていない準備金を繰り戻して計算するケースが多い。但し、異常危険準
備金が株主のものであるかという点に関しては議論の余地が大きいだろう。何故、異常危険準備金
を繰り戻すのかという点に関しては、もともと通常の大数の法則によってカバーできない、異常災害
による損失をカバーするために事前に積み立てるのがもともとの意義であるが、日本の損保会社は
任意で積み立てている部分がある。任意でというのは税法上認められている限度額を超えて有税で
積み立てている部分があり、これが外国人投資家にとっては株主に帰属すると考えているふしがあ
る。
一方で生命保険会社の場合は損保と異なり超長期の保険契約が主体であることから損保で用いら
れているそのまま修正資産倍率が利用できるかは若干の考慮が必要だ。T&Dホールディングスの
上場によって積極的に利用されているのがMCEVだ。MCEVとはMarket Consistent embedded Value
の略で市場整合的エンベッデドバリューと訳されている。欧州で広がったものであるから単にEEVと呼ぶ
ことが多い。ひところはやったEVに似ているが従来の定義によるEVはTEV(Traditional embeded
Value)と呼ばれており、それに対してMCEV は対象事業のリスク全体について十分な考慮をした上で、
対象事業に割り当てられた資産から発生する現在および将来における株主への分配可能利益を現在価
値評価したものである。MCEV は、金融市場で取引される金融商品の価格と整合的に評価したEV と言
われている。
生保会社におけるEVの定義は上記の通りであり、修正純資産の計算額に既存契約、新規契約の割引
現在価値を足しあげて企業全体の「修正純資産」を計算するものだ。そういう意味においては損害保険
会社のバリュエーションの仕方と同じだ。結局、何のことはない株主に帰属する価値を計算するという
ことだが、個人的にはいつも「純資産議論」には若干の違和感を覚える。それは「解散しない会社」
の株主帰属分を計算しても、解散しないから結局帰属しないんじゃないかという素朴な疑問だ。ただ
し、この議論はある意味不毛な議論で最終帰属しないのなら配当という形になってしまい、議論が
50年くらい前に戻ってしまう。ここではいまはそれを封印してMCEVについてもう少し見てみよう。
まず従来のEV(TEV=Traditional embedded Value)とMCEVの違いを見てみよう。
MCEVはTEVと比較して定義の変更はあるものの考え方は変わらない。最終的に株主に帰属すると考え
られる経済的な価値を計測するのが目的た。EVは簡単に言えば修正純資産に保険契約の経済価値を加え
たものだ。修正純資産は資産時価より法定責任準備金(危険準備金を除く)とその他負債を差し引いた
株主に帰属すると考えられる額を指す。TEVとの差はそれほどなく、建物の含み損益を加えたことでよ
り実質的な価値を計測するのが目的だ。最も大きく変化したのは保険契約の現在価値の計算方法が大き
く変わったことだ。保険契約の割引現在価値を計測するには当然のことながら割引率を求めなくてはな
らないが、この割引率というのは正直にいって正解がない。要するに未来の市場金利を予測するような
ものでそれが出来るのなら絶対損しないわけだから、そんなことは不可能だ。
割引率の設定には大まかにいって2つの方法があり、トップダウンアプローチとボトムアップアップ
アプローチだ。トップダウンアプローチでは株式市場の株価動向などからベータ値を算出し、それに
加重平均資本コストを計算してリスク・マージンを一定にして割引率を算出する。一方、ボトムアップ
アプローチでは商品毎、国ごとにリスク特性を勘案して割引率を出すことでより精緻に経済価値を計測
しようという試みだ。MCEVではボトムアップアプローチを採用している。
TEVとMECVとの比較においては相違があるわけだが、MCEVに優位性があるとされているのは以下の点
だ。
・資産配分比前提と割引率調整がMECVの方が市場整合的であること
・割引率の主観的要素の最小化と金融市場との整合性
・オプションと保証への対応、確率論的な計算による時間価値の明示
・必要資本維持の為の費用計算の客観性の担保
細かい議論はここではしないが、要するにトップダウンアプローチでは単一シナリオによる一律の
割引率の適用、商品毎のリスク対応の困難性、主観的判断の割引率への影響を最小化することができ
ないというのがその主張である。既に多くの保険会社がMCEVの採用を決めており、第一生命だけでな
く、既に上場している生保2社もMCEVを採用していることからベンチマークとして一般化しつつある
と考えるべきだろう。
(4) 第一生命のMCEV
なんだかよく分からんことを長々と書いたが、MCEVとTEVの定義の差はあったとしても考え方はそう
は変わらない。結局、株主帰属分がいくらかという話で、ここでの結論は株価はMCEVに連動もしくは
相関するということだ。EVがどの程度株価に影響するのかという点では次のグラフを参照してほしい。
2009年5月19日にT&DホールディングスがEEVを発表。前年度1兆6千億から8665億円と
ほぼ半減、株価は翌日ストップ安した。こうしてみるとEEVの発表によって株価に大きな影響を与える
ことが分かる。但し、実のところ発表後株価は安くなったもののその後反発したりしている。影響は
極めて短期的に見えるが、もっと長いスケールでみると株価はその後じりじりと下がりストップ安した
水準よりも現在の株価は下落している。ここで考えられることは短期的な株価については別にしてEEVの低下
は確実に株価の低下につながっているということだ。
本題の第一生命のEEVだが、これは目論見書にちゃんと書いてある。
直近の21年9月のEEVが2兆5千57億円。発行済み株数は1千万株なので計算しやすい。1株
あたり、25万5千円だ。株価EEV倍率で考えると0.55倍。ほぼT&Dホールディングスと同じバリュ
エーションであることがわかる。株価評価を考えるとT&D並で既にフェアバリューという考え方もで
きなくもないが、昨年5月にミソをつけた会社との比較が正しいのかは少し疑問だ。まず第一にT&D
とは比較にならないくらい流動性が違う。流動性プレミアムを考慮すべきではないかという疑問。
第2にEEVが株価に影響しているわけだが、T&Dは現在アンダーバリューされているんじゃないかとい
う疑問。もしかしたら第一生命よりもT&Dを買うべきなのかもしれないが、上記の第一生命のEEVを
見てほしい。3月から9月までの6ヶ月間のEEVが7473億円増加している。修正純資産が40%増加
しており、保険契約の現在価値が51%増加している。
理由は実に簡単だ。株価が上昇しており、金利が低下しているからだ。即ち、株価の上昇によって
保有資産の時価が増加しており、金利の低下によって割引率が低下している。いままでぐだぐだと
EEVの説明をしてきたが、定義からして金融市場の影響度が極めて大きいのは自明だ。従って、損保の
ように株式市場が上昇すれば保有資産価値が増大してEEVが高くなる。では何故、T&Dが上昇しないのか
という点だが、一つは流動性の問題。ファンダメンタルズが同じでも東電と九電の株価のプレミアム
のつき方は違う。もう一つはEEVというファンダメンタルズ情報の開示頻度にある。T&DはEEVを年1回
発表している。それ以降のEEVの発表がなく、第一生命と比較可能な状況にない。今回、第一生命は
9月末の数字を発表しているが、恐らくこれからは年1回の発表になると思う。新規公開の為に特別
に9月中間の数字が発表されているだけなので公開後は年1回になると思われる。
以上から勘案すると公開時の株価EEV倍率0.55倍は割安の部類に入るだろう。ソニーフィナンシ
ャルが0.78倍程度なので0.55-1.0倍のレンジに収斂すると考えるのが妥当だろう。
加えてプラスの材料がある。3月末の株価はまだ分からないが現時点での日経平均は9月末と比
較して8%程度上昇しており、ドルは円に対して3%上昇している。国内株式、外国証券の評価
額は9月末よりも増加しており、EEVが上昇している可能性は高い。結論としては多分買い。と
いうか、T&Dが買いなのかも。