「洲崎遊郭物語」岡崎柾男著 青蛙房刊
アマゾンの内容紹介より
「明治・大正・昭和と、吉原に次ぐ規模と格式を誇る花街。著者は昭和33年に売春防止法成立で遊里の灯が消える前夜に“洲崎パラダイス”と戦後呼んだ洲崎遊廓を初めて訪れて「初回」。30年後にその跡を訪ねて「裏」。元妓夫・遣手の古老らに話を聞き、遊廓史を書き上げて「馴染」。洲崎遊廓ノンフィクション。」
今は埋め立ててしまった洲崎川。護岸の名残。
そして、緑道公園になっている解説が立派な碑になっている。昭和50年から埋立の工事をしたことなど書かれているが、洲崎に何があったのかは何も触れていない。
たびたびこのブログで紹介している青蛙房の書籍だが、出版不況が伝えられる中で、今も貴重な資料を再刊してくれている。そんな青蛙房の書籍の中でも、これは資料性も含めて非常に内容の濃い一冊である。タイトルに洲崎とついていて、もっぱら洲崎遊郭の話を中心にしているのだが、明治以降、赤線と言われた戦後の時代、そして廃止されていくという一連の時代の中で、遊郭とは何であったのか、その表裏を丁寧にまとめ上げて取材されているという点に、まず頭が下がる。本書の初版は、昭和63年であり、その時代にはまだ、遊郭で生きた人々が健在であったというのが何よりも大きい。善し悪しを別にして、その世界で生きてきた人たちから直接に聞きだした話で、またそれぞれの立場からの視点の違いということも含めて、遊郭という世界を俯瞰して理解する上でこれ以上の書籍はなかなか無いだろうとも思えるほど。そして、著者の岡崎氏も赤線が廃止になる時期の洲崎を訪れた経験を持っていて、その実際の姿を体験されているというのも大きいと思う。
見返しの昭和初期の時代の店の配置図。
裏の見返しは、明治期の周辺の地図。今と違って、木場だけではなく、広大な水を引き込んだところが広がっているのに驚かされる。
時代が変わっていき、その実像に触れたことのない人ばかりになってしまった時、往々にして当時の文献などの解釈が次第にねじ曲がっていき、本来の姿から懸け離れた話がまかり通るようになるというのは、何事に付けありがちなことだ。その意味においても、本書のように冷静な視線を持って、遊郭という世界の裏表を記録しておくことはとても重要な事だとも思う。往々にして、遊んだ側のあの頃は良かったと言う話と、抑圧された女性の悲惨な話に二分される傾向が強いと思うのだが、本書では妓夫太郎といわれる遊郭の番頭格を勤めた人物、遣り手婆の女性、そして遊郭の経営者だった人など、多彩な人物に会い、話を聞き出している。その証言の生々しさこそが、遊郭というものの輪郭を浮かび上がらせてくれている。
洲崎遊郭の入口にあった洲崎橋の跡。
本書はどちらかといえば醒めた視線で、洲崎遊郭の変遷から、廃止されるまでのこと、そして携わった人々の人生の歩みを聞き出して、まとめ上げている。女性を道具として使い倒すような実態をも含めて、どんなことが行われてきたのか、どんな人たちの喜怒哀楽が繰り広げられてきたのかということが、もっぱら運営サイドの視点を中心に描き出されている。だからといって、読んだ後に遊郭は楽しいところだったのかとか、行ってみたかったと思うかといえば、答はむしろ正反対になる。見てみたかったという好奇心はあるが、遊んでみたかったとは正直思えない。実態をあからさまに知ってしまうと、それは尚のことである。
洲崎のメインストリート。戦災で焼けてもいるし、遊郭廃止から永い歳月が経過して、今は当時の建物は僅かしか残されていない。
とはいえ、江戸から明治、大正、昭和初期に掛けての、東京と周辺の町の発展や風俗について知ろうとするのなら、これも避けては通れない部分でもあり、そういった興味にも充分応える内容になっていると思う。青蛙房刊の大正っ子シリーズや、「品川宿遊里三代」などからも引用されており、当然の事ながら本書と合わせて読むことで、得られるものは大きくなるとも思う。
遊郭関連の資料、参考書としては、その具体的な有り様を理解出来るという点で、非常にお勧め出来る。そして、読みものとしても、著者のドラマがあり、インタビューされた人たちそれぞれのドラマがあって、それぞれに感慨を持たされるものになっている。明治の時代、帝大の開設に伴って根津から移転して生まれた洲崎遊郭。震災で焼け、戦災で焼け、それでもパラダイスと看板を掲げて甦った遊郭。その全貌を知るには好適な一冊であると思う。
かつての洲崎病院の跡地、今は都営住宅になっているところの小公園にある、遊郭時代からの碑。
その前の通り。直ぐ先は行き止まり。
振り返るとこんな感じ。ほとんどの建物が建て替えられている。それでも、周辺は大きな区画でビルや公共の施設があるのに、この区画だけ小さな建物が建ち並んでいる様が不思議な感じに見える。
「洲崎パラダイス赤信号」は、見たいと思っていながら、目下見逃していて未見です。
日本映画を観る楽しみとして、かつての色々な町の姿が記録されているというのは大きいと思います。「洲崎パラダイス赤信号」なんて、正にその当時の姿が記録されているもので、それだけでも貴重なものだと思います。万世橋のシーンもあると聞くと、ますます見たい思っています。
著者の方からコメントを戴けるとは、汗顔の至りですが、とても嬉しいです。本当に中身の濃い、素晴らしい本だと思います。是非とも、まだまだ様々なことを書いて戴きたいと期待しております。
ご自愛下さい。