私が離婚を決めた理由

離婚するまでの経緯のつもりでしたが、考えているうちに、AC、共依存などにぶつかっています。

回復

2006-03-29 17:53:29 | 私のこと
時々、私は迷路に迷い込む。
焦れば焦るほど、自分を責めていく。
自分さえも見失ってしまう。

先日のカウンセリングでも、こうやって色んなことに気が付いていくことの意味を見失って苦しくて吐き出していた。

以前、カウンセラーに聞いたことがある。
いつまで、こうやって暮らしていくのかと・・・・・
たぶん死ぬまでだろうと言われた。

終わりがあるのかと思っていた私は、唖然とした。
どういうことだろう、判らなかった。

何度も読んでいる対談記事の、ダルク女性ハウス代表の上岡陽江さんは会話の中で
「私たちの心のありようって一生変わらないのよ。
依存症の私たちのさみしさとか孤独感っていうのは、残念ながら一生、変わりません。
私たちは絶えず自分の原型の、自分たちの感情のあり方を知って、それを受け入れていくしかないのよ・・・・・」と言われていた。

ミーティングに参加して、先往く他の方も、こういう気持ちはずっと続いて、上手に付き合っていくことが大切なんだと話されていた。

もし、満たされて育ったのなら、自分のことを認め愛することができる人間だったら、どんなに楽だったのだろう。
私は、なんでこんな運命を背負わされなければいけないんだろう、そう考えた。
自分の運命を呪いたくなった。

そんな中で、心の中で音を立てるように、ストン、ストンと色んな気付きが生まれきた。
心からあふれる感情を残しておきたいと記事を書き続けた。

そうしているうちに新しい気持ちが生まれてきた。
良かったじゃないか。
あんなに苦しい思いを重ねてきて、その理由が紐を解くように見えてくる。
とても辛い工程だけど、それでも、今までよりもいいんじゃないかって・・・

一つ一つの心の傷が見えてくるたびに、悲鳴を上げたくなるような想いがあふれ出してくるけれど、そんな心の傷を持っているからこそ、私は人の痛みにも気付けるようになったのではないかって・・・・・

今までは、無用な感情に振り回され、人を傷つけてきたのかもしれない。
だけど自分の傷が見えてくれば、同じような心の傷を持った人の無用な言葉に傷付くことはない。
それどころか、その人に対しても、優しい気持ちで受け止めてあげることが出来るじゃないの。

傷があるから、人の傷がわかる。
そんな人に、なっていけることが出来るじゃないの。
傷があるから、癒すことも出来るかもしれない。

傷を持たないまま育っていたら、苦しむこともなかったかもしれないけど、同じように苦しむ人の痛みも気が付くことが出来なかった。
人の痛みをそっと救い上げることが出来るような、そんな人になりたいとそんな気持ちが生まれてきた。

以前、カウンセリングで教えていただいた「平和を願う祈り」
それは、こういう気持ちなのかな。

まだまだ、私は迷っても迷っても、歩き続けることが出来る、そんな気がする。

大丈夫2

2006-03-29 13:44:36 | 日々つれづれ
大丈夫

職場が変わり、それでも時々、若者会で飲みに出かけた。
仕事でこっちにくる用事があると、顔を見せてくれた。
彼が来ると、みんなが彼の周りに集まった。
誰もが、彼と話したがっているように・・・・・・

私と彼との特別な接点はなかった。
でも、彼のことが好きだった。
逢えなくても、苦しくもなく、辛くもなく、逢えたらただ嬉しい、そんな気持ちだった。

私は仕事を辞めることになり、送別会を開いてもらった。
彼は、イラストを書くのが得意で、仕事中、職場の人の似顔絵を動物に例えてよく描いていた。
その時に貰った寄せ書きには「ますますいい女になってね」とねこに例えた私の絵が描かれていた。
小学生の時のあだ名もねこだったので、やっぱりねこかぁなんて思ってしまった。

仕事を辞めて、私は専門学校に通い始めた。
クラスメイトの独身女性と、彼の職場の独身男性とでコンパを計画した。
その時、たまたま彼と歩いたのが、旦那の耳に入り、疑いをかけられた。
二人っきりで歩いていたのではなかった。

旦那は、いつのことか誰のことかはっきりと言わず、ネチネチといい続けた。
酔った勢いで、詳細を話し始め、この時のことだと気が付いた。
コンパを開くことは、旦那も了解済みのことだった。
それを伝えると納得したようだった。

専門学校を卒業して、私はあちこちで働いた。
そのうちの一つの職場が、彼の職場に近かった。
数回、約束してランチに出掛けた。

その後、私は出産して、彼と連絡することもなくなった。
それでも、ずっと彼のことは心の中にあった。
でも、もう逢う理由もなかった。
時々、思い出したようにメールを交し合うくらいだった。

その後、働いていた病院に、一度だけ顔を見せに来てくれた。
同期から、そこで働いていることを聞き、その大きな病院は近くの部署への通り道だった。
気に掛けてくれることが嬉しかった。

3年前、今の仕事を始めて、カルチャーの募集広告に私の写真が載った時、彼はメールをくれた。
彼からのメールはそれが最後だった。
その後、彼にメールを出しても返事が来ることはなかった。
それでも、2年前一度だけ電話で話した。

それからは、連絡もなかった。
彼との接点も何もなくなった。
これで終わりかな、そう思った。

彼とのメールは、電話番号でやり取りしていた。
ふとしたきっかけに、私の携帯電話は、電話番号からのメールを拒否する設定になっていることに気が付いた。

用事にかこつけて、勇気を出して、もう一度メールをした。
メールは戻ってきた。
電話をしていた。
現在使われていませんと、空しいアナウンスが流れてきた。

決定的に途切れたんだな、そう思った。
悲しくてたまらない、そんな感情ではなくて、それでも彼に出逢えたことが嬉しかった。
彼のことを思い出すだけで、温かい気持ちが込み上げた。
時々、彼のことを思い出したり、彼が夢に現れ、喜んだりしながら、日々が過ぎた。

旦那と別居して、自分のことを知りたくなった時、
「○ちゃん(彼のこと)だったら抱かれてもいいと思ってるでしょ。」と言った男性に電話を掛けた。
私が、その人の目に、どんな風に映っていたか聞きたかった。
どうして、そんなことを言ったのかも聞きたいと思った。
私の彼への想いは、傍から見たらどんなだったのだろう?
旦那もそれを感じ取っていたんだろうか?

たまたま都合が悪く、話が途絶えた。
また連絡するからと私は電話を切った。

年末に、子ども達のいない時間が生まれ、友達を誘った。
断られた。
思い切って、その男性に電話を掛け、食事に行こうとそして彼を誘って欲しいと伝えた。

私にとって、本当に大胆な思い切った行動だった。
彼の電話が壊れてしまったことを知った。
「連絡をくれて嬉しかった。もう逢えないかと思っていた。」そう言ってくれた。

別れ際、何かを言いかけて
「まぁいいや、また逢えるよね。」彼は言った。
また逢いたい、そう思った。
彼も、またそう思ってくれていることが嬉しかった。


大丈夫3