牧師の読書日記 

読んだ本の感想を中心に書いています。

3月4日(月) 「魔王」 伊坂幸太郎著  講談社

2013-03-04 11:22:26 | 日記

 本書は、安藤という人物が主人公の「魔王」、その5年後の世界が描かれ、安藤の弟が主人公の「呼吸」の2つで構成されている。

 「魔王」で主人公の安藤は、考えることを放棄して、一つの方向に皆が進んでいくことに強い違和感を覚える。群集心理の恐ろしさである。特に犬飼というカリスマ的な政治家に不安を覚える。そしてシューベルトの歌曲「魔王」を思い浮かべる。自分だけが「魔王」の存在に気づき、おののいている。でも他の者たちには「魔王」の存在に気づかず見えない。

 著者は本書で鋭く現代におけるファシズムの危険性を描いている。ファシズムというのは昔の話で今は関係ない、起こる訳がないと多くの人は思っているだろう。その認識の甘さに著者は本書で主人公の発言を通して切り込んでいる。私はとても素晴らしい指摘であり、視点だと感じた。すなわち人間(大衆)と国家は簡単に全体主義に移行していく危うさがあるということだ。それは今の自民党政権に言えるであろう。確実に右翼化しようとしている。民衆はいつの間にか飼い慣らされ、間違った方向に誘導されていくのである。言論の自由や宗教の自由が少しでも脅かされてきたら、この国の行く末は非常に危ういと考えるべきである。それは「図書館戦争シリーズ」で有川浩氏も描いていたことだと思う。そのような意味で作家は大事な仕事をしていると私は思う。皆が考えなくなっている時代に考えているからである。


 「呼吸」は「魔王」から5年後の世界。その時、犬飼は首相になっていて、憲法の改正が行われようとしていた。それが巧妙になされていくことを安藤の弟である潤也は気づく。そしてこのように言う。「もし、俺が政治家だったならば、こうやるよ。最初は、大きな改正はやらないんだ。9条は、『自衛のための武力を保持する』とその程度にしか変えない。『徴兵制は敷かない』と足してもいい。それだけでもおそらく、大変な騒動になるだろうな。マスコミは連日、この件について論じるし、知った顔の学者が様々な意見を言う。そして、たぶん、憲法は変わる。大事なのはその後だ。時間を見計らって、更に条文を変えるんだ。マスコミも一般の人間も、一回目ほどのお祭りは開催できない。抵抗も、怒りも、反対運動も持続はできないからだ。『もういいよ、すでに9条は改正されてるんだからさ、また変えればいいじゃないか』という感じだろうな。既成事実となった現実に、改めて歯向かう気力や余裕はないはずで、『兵役は強制されない』も条文を外すことも容易だ。一度、認められた消費税は上がる一方で、工事は途中で止まらない。、、、、とにかく有能な政治家であれば、唐突に大胆なことをやるのではなく、まずは楔を打ち、そこを取っ掛かりに、目的を達成する。」
 
 また主人公の一人はこのように言っている。「偉い奴らは、ずる賢いから気をつけろってこと」

 原発問題は今もこのやり方でなされているのは間違いない。(政府にコントロールされている、政治的圧力がかかっている)メディアが流す情報を鵜呑みにしては絶対にいけない。なぜなら著者が書いているように、重要だけど地味なニュースは小さく報道され、派手だが実はどうでもいいようなニュースが大きく報道され、いつの間にか物事が決まり既成事実となり、ずるずると一つの方向へ進んでいくからである。新聞やテレビのトップニュースが一番大事なニュースであるとは限らないのだ。私たちは大きな流れは変えられないないかもしれないが、自分で考えて行動し、本当に大事なことを忘れない人間でありたいものだ。