牧師の読書日記 

読んだ本の感想を中心に書いています。

3月2日(土) 「完全なる経営」 アブラハム・マズロー著  日本経済新聞社

2013-03-02 09:53:44 | 日記

 著者は「フロイト以後最大の心理学者、20世紀の後半はマズローの時代であった」と言われている人物である。彼は本書においてドラッカーなどの経営分野の大御所たちに対して挑戦を試みている。マズローが立てた問いは、「良い人間とな何か」「良い社会とは何か」「良い経営管理とは何か」と本質的なものであった。マズローの業績の中で特に優れていると評価されているのは、欲求階層説を確立したことであると言われている。5段階の欲求で、生理的欲求、安全への欲求、社会的欲求、尊敬への欲求、自己実現の欲求である。人間は4つの欲求が満たされた後はじめて(そして最後に)自己実現を望むものだ、というのがマズローの信念であった。学生時代に行動経済学の授業で、このマズローの5段階の欲求階層説などの心理学的知見を取り入れた経済理論と実際を学んだことを思い出した。

 マズローは、ドラッカーは人間の基本的欲求を見過ごしている、と指摘している。本からの引用。「成長が可能であり、本人も成長を望んでいるような、極めて成熟した人間が対象であれば、ピーター・ドラッカーの経営管理原則は優れたものだと言えるだろう。しかし、それらの原則が有効に機能するのは、人間の発達段階の頂点に達した人間に適用された場合のみである。ドラッカーの経営管理原則において想定されている個人とは、過去に基本的欲求がもう満たされていて、現在の境遇にも満足している理想的な人間なのだ。」

 「一般に、恐怖心が支配的であれば進歩的な経営管理は実現不可能である。ドラッカーはこの点を含めて、様々な箇所で、精神病理学、悪、弱さ、不健全な衝動などに対する認識不足、ないしは知識不足を露呈している。世界中、ことにアメリカ合衆国以外の国には、ドラッカーの経営管理原則では対処不能な人間が大勢いるのだ。」

 「ドラッカーは「責任」について多くを語り、人間は責任を負いたがるものであると指摘している。更に、責任を与えられた人間がいっそう力を発揮するという調査結果も数多く紹介している。そのことは確かに真実ではあるが、成熟度の高い健康な人間、すなわち、ドラッカーが一貫して想定しているところの人間にしか当てはまらない。現実にはこのような人間ばかりではないということを、ここで指摘しておきたい。」

 「ここまで、ドラッカーに対する二つの批判を一まとめにして述べてきた。一つ目は、ドラッカーの管理原則が効果を上げるためには、適用すべき人間を正しく選別する必要があるのだが、彼はその点をないがしろにしているという批判である。もう一つの批判は、世の中には邪悪な人間、病的な人間、たちの悪い人間がいるという事実を彼が見逃しているというものである。」

 ドラッカーを賞賛している書物は今まで数多く読んできたが、このようにドラッカーを批判している書物を読んだのははじめてかもしれない。ドラッカー自身もマズローの指摘に対して「この本は自分を現実に引き戻すために書かれたのだ」と言っているようだ。マズローが提唱しているのは、「個人の目標と組織の目標とが融合するような環境を整える企業組織」である。