愚民党は、お客様、第一。塚原勝美の妄想もすごすぎ過激

われは在野の古代道教探究。山に草を踏み道つくる。

小説  新昆類  (14) 【第1回日経小説大賞第1次予選落選】

2006年11月01日 | 小説 新昆類
 八十年代、世界イメージを希望として推進したのが、ポーランド労働運動である「連帯」
だ。八九年十一月、ベルリンの壁が解体する、そして十二月末、民衆によってルーマニア
の独裁者は処刑された。ミラノ広場で処刑されたムッソリーのごとく。わたしはルーマニ
ア民衆蜂起のテレビニュース映像を、戸塚にある自宅で妻の真知子とみていた。九〇年か
九一年、岩波書店が発行する月間雑誌「世界」で読んだポーランド「連帯」活動者の言葉
は衝撃だった。「社会主義以後の資本主義とはなんだろう」

 人類解放、これが倫理革命として一世紀に浮上したキリストの理想だった。そして十九
世紀、論理革命として浮上したマルクスの人類解放と共産主義の命題。二十世紀、レーニ
ンによる社会主義革命の浮上。八九年革命以降、十年が経過し、バルカン半島の現実が
表出した九十年代、人間とははたして類的存在なのかこれらが、思想としてわたしに突き
つける。マルクスが解明したように、資本主義とは動物的本能の世界である。八九年革命
以後、人間の地球世界そこでの地勢はより動物的本能である自己遺伝子と模倣子が、理想
というシステムを削除して書き換え、システムを設計してきた。部族を止揚する共産主義
とは古代以来からの人間の理想でもあった。理想を喪失し思想の混迷としてわたしの90
年代はあった。

 資本主義・市場主義などは貨幣の運動として古代から存在していた。八九年世界革命に
よって、「市民」などという概念が占有した。市民とは市場に依拠するがゆえに、おのれ
の動物的本能をかくす。日本の動物的本能を解明するのは詩人の任務である。詩人とは個
人としての思想者。

 七九年の春、わたしはNEC工場での仕事が終わると田町駅から御茶ノ水駅まで電車で
行き、明治大学がある駿河台の坂を降り神田の古本屋によくたちよった。土曜日は半ドン
だったので、十分に古本屋さん回りができた。発見したのは敗戦後すぐ出版された「新生」
だった。七十年代を総括することは敗戦後からの、そして二十世紀を総括することだった。

 そこで発見したことは、大東亜共栄圏から帰還した兵士にとって、おそろしかったのは、
自然であったことである。中国大陸で日本兵士は中国共産党のゲリラ戦に悩まされていた。
南方戦線では先住民のゲリラと、USA・オーストラリアニュージランドの各個撃破戦略
によって殲滅させらてきたのである。戦争の自然こそ帰還した兵士の恐怖だったに違いな
い。そして大日本帝国軍隊は三千万人のアジア民衆を虐殺してきた堕天使であった。
関東軍であり陸軍である。

 世界通でありモダニストがそろっていた海軍はなにゆえに真珠湾攻撃を発動したのか?
山本五十六大将はUSAの工業生産力と国力を認知していたといわれている。その当時大
東亜戦争は中国、朝鮮、アジア各地の反日ゲリラ戦争によって泥沼に入っていた。海軍は
大日本帝国を救わんとしたのだ。フイリピンはアメリカの植民地だった。南太平洋戦線は
いずれUSAと制海権と制空権をめぐって衝突する。USA軍が出てくる前にUSA太平
洋艦隊をつぶそうとしたのだろう。敗戦後、日本語はアジア侵略戦争を太平洋戦争と置換
することに成功した。

 帰還した虐殺の堕天使たちは、おのれが行使した殺人と暴虐の快楽と後味の悪さを帰還
してから、おのれの個人的な沈黙闘争を起動した。永遠にかれらの内部に現場は閉じ込め
られたのである。なぜか。すでに日本は敗戦として戦争から経済に絶対主義価値観が変貌
し転回していた。もはや虐殺の堕天使たちが「おれは中国人の首を何人切って落とした」
とか「中国人の女を何人犯した」などの英雄武士凱旋は過去の物語となったのである。

 こうして敗戦後、物語としてその唇と言葉によって物語となったのは、戦争による被害
者としての市民主義である。歴史とは古代以来、動物的本能が起動する自己遺伝子と模倣
子を恥かしい「もの」としてかくしてきた。倫理と論理はかくされ自己解釈の講釈のみが
歴史として自然生成してきた。

 帰還した兵士たちと戦争をシステム設計した戦争企画者たちが、もっとも個人的に恐怖
したのが、アジア民衆の復讐である。こうして占領軍とマッカーサーは、日本の自己遺伝
子と模倣子によって、取り込まれた。USA占領軍隊がアジア復讐の女神から本土を防衛
してくれる。本土決戦の代替わりをした沖縄の悲劇は、敗戦直後の日本の言説に登場しな
い。知識人も帰還したが、かれらはフランス哲学に向かった。あるいは再度、ドイツ哲学
へ。もはや現場を分析できる思考は皆無であった。しかし抽象は言葉のゲームができる。
自分の貌たる虐殺の堕天使・日本鬼子と対話することなく……

 日本は原爆が落とされ、大空襲の被害にあった、戦争被害者の国として自然生成する。
やがてこれらは文学として登場するが、戦争時、少年か少女であった人が体験した物語と
して自然生成する。実際に戦争を担った年代は総沈黙である。沖縄は米軍治世下となり、
「原爆投下はしかたがなかった」これが天皇遺伝子とその権威によって、日本動物的本能
をかくし継続することに成功した大東亜戦争設計者のコンセプトであり、吉田茂の世界戦
略であろう。

 サンフランシスコ条約によって、日本は独立するが、日本USA安保条約を、積極的に
望んだのは、日本システム設計者の側であろう。USA駐留軍はアジアを犯した罪、その
呪いとしての復習の女神から自分たちを守ってくれる。中国共産党による中国革命と中国
国民党の台湾遷都は、日本システム設計者にとって都合がよかった。中国現代史の一時的
切断と分割は、自分たちのことがせいいっぱいで、中国共産党も中国国民党も日本に対し、
戦争賠償金を請求する余裕がない。そしてすぐさま幸運がまたやってくる。金日成・主体
思想に指導された朝鮮労働党による朝鮮革命と朝鮮戦争である。自由主義をかかげUSA
は共産主義軍と全面戦争に突入する朝鮮戦争の勃発、マッカーサー将軍の作戦。朝鮮戦争
は休戦となり朝鮮半島は三十九度で分割された。その戦争と境界線の緊張が日本経済を復
興させ、資本の原資蓄積を達成した。五十五年体制といわれた日本システムは設計された。
敗戦後から十年の出来事。日本遺伝子と模倣子はみごとに冷戦を取り込むことに成功した。
共産主義と自由主義の緊張した世界戦争その戦争は全面戦争でなく各個において体現され
る、これが冷たい強烈度戦争としての冷戦構造だった。この世界構造を逆手にとって利用
し、経済戦争において占有する、これが満州国を建設した革新官僚と革新経団連のシステ
ム設計であった。ここに日本権力構造の謎があった。日本民族主義の担い手は大日本帝国
から反転して、右翼から日本共産党・日本社会党の左翼となる。

 この現出が一九六〇年の日本・USA安保条約改定へ反対する安保闘争だった。「帝国
主義から抑圧された民族は自主独立しなければならない」レーニン民族論の命題によって、
国会を包囲しエネルギーシュに闘われたが、日本システムによってつぶされ、運動は挫折。
ここでも日本システムの模倣子は学習能力を起動した。つまり左翼民族主義闘争を利用す
ることである。安保条約に反対する国民的運動は、USAに対して「共産主義の脅威」と
説明できる。USAはこうして自民党を保護し日本システムを擁護してきた。USAの関
心事項を優先課題を政治緊張へともっていき、そのすきまをついて、世界市場に乗り出す。

 USAの労働者・民衆を侮蔑した元衆議院議長桜内の発言は、制度化された日本の労働
運動にとって全く問題にならないばかりか、己の問題としてとらえ返すことはできない。
他人事にニュースを楽しんでいるかのようである。無神経な桜内発言は、日本の人種差別
システムを全世界・特にUSAの労働者・民衆の前に表出し、彼らを深く傷つけたという
点が重要であり、その傷は消して消え去ることはない。しかし日本で「桜内はただちに辞
任しろ!」という声は、どこからも上がらない。規制野党からも労働組合からも街頭から
も聞こえない。それがいっそうUSAをイラだたせる。「日本には顔がない」というUS
A・ヨーロッパからの批判は、日本政府や経団連だけを指しての言葉ではない。それはす
でに日本システムにより戦略的部品として自然生成された、ひとりひとりへの批判。世界
に通用する人権意識が前提として欠落している。

 日本語の論理構造は「その最後を言ってしまったら論理の和が崩れてしまう」ことによ
り、なにものかをかくすことによって自然生成する。しかしながら日本語の詩的構造に生
きるのは、庶民である民衆詩人たちである。短歌と俳句人口は圧倒的であり、最後に残さ
れた日本語によっていやされ、圧縮され磨ぎ落とされた言葉の意思によって生きようとし
ている。しかし日本システムの言語はある事実をかくすことによって自然生成する。なぜ
か? 圧倒的人口として存在する詩人と思想者の帝国において、言葉は前線であるがゆえ
に二重言語となり、ダイレクトな現場は排除され記号へと向かう。動物的本能である自己
遺伝子と模倣子によって、バランス感覚という秩序を強力に組織するためには、風景と過
去はふだんに消却され、日本システムが既成事実として出現させた巨大要塞によって設定
されるからだろう。日本の二十世紀とはスターリン資本主義。事実と人間の思想は虐殺の
堕天使たちが沈黙したように、アンダーグランドに潜伏する。こうして個人による個人の
ための個人への表現と思想は、古代以来、もうひとつの日本を建設する。





【第1回日本経済新聞小説大賞(2006年度)第1次予選落選】


最新の画像もっと見る

コメントを投稿