愚民党は、お客様、第一。塚原勝美の妄想もすごすぎ過激

われは在野の古代道教探究。山に草を踏み道つくる。

 とりふね舞踏舎公演「SAI」を観戦

2016年06月01日 | 生活

ザ・高円寺 とりふね舞踏舎公演「SAI」を観戦

わたしが観戦できたのは20日金曜であった。湘南舞踏派のほし☆さぶろう、小川みつ子、内田征代、村上皇太后、ひかりさんたちの姿を確認。彼・彼女たちが最初に出演したのは1994年9月、湘南台市民シアターでの「私が生まれた日」。および1996年6月の「SANげったん」であったと思う。あれから20年の月日が。

土方巽暗黒舞踏は三島由紀夫が発見したのだが、その身体のドラマツルギーは三島由紀夫のドラマツルギーとは違って、日常のなかにあったのではないかと思う。三島由紀夫が市ヶ谷駐屯地で自決したとき、わたしが17歳で選択したのは、貴族的な死生観ではなく平凡に生きる民衆的な死生観でもあった。

たとえ倒れていても一歩前へ、その願いが発露された作品であったと感じた。そこに三上賀代さんと三上宥紀夫さんの重力の思いが結集されたと思った。

印象あるシーン。舞踏乙女たちが天女の衣を風に泳がせながら両手にかざし出てくる。舞台前左側には伝説のバンド「頭脳警察」のドラマー石塚俊明。やがて舞踏乙女たちが風に泳がせていたのは単なる日常的な新聞紙であることが明確になる。石塚俊明の音、そして
新聞紙。狂舞する乙女たち。新聞紙はゴミとなる。暗転である。

そしてそこからラストシーン。終わりは始まりだった。

 

 


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