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日本人の知的能力を増進するための提案をするブログです。

国難

2018-04-13 17:04:28 | 政治


>やはり次の首相がいないということが、政権が変わらない根本にあるということか?>天木直人のブログより、引用します。リンク
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>(引用開始)
>どう考えても安倍政権は追いつめられているというのに、なぜか安倍首相は政権を投げ出す気配はない。>その唯一、最大の理由は、野党が安倍政権よりも、もっと絶望的だからだ。

そうですね。
内閣支持率 支持38% 不支持45% (2018年4月)
支持する理由 他の内閣よりよさそうだから48%
支持しない理由 人柄が信用できないから46%
前門の虎、後門の狼 (趙弼 評史より) 民信なくば立たず (論語 顔淵から)
我が国の民は、政治音痴なのかな。もともと民度が低いのか。民は不信の塊か。自業自得か。
我々には、まだ道徳教育が足りないのか。論語の学習が足りないのか。横文字文化の国では、どのようにしてこのような事態を解決しているのであろうか。

>その事を、きょう発売の週刊誌上でジャーナリストの鈴木哲夫氏が教えてくれている。>国会質問で野党共闘して安倍首相を追い込むべき時に、「俺が」、「俺が」で質問に統一性がないと。

そうですね。古式ゆかしく議員たちは、’我こそは、、、’ の意気込みですね。意気と度胸の人生かな。

>国会対策の場面でも不協和音続きで、立憲民主党が主導権を握ろうとして混乱していると(アサヒ芸能4月19日号「政界インサイド通信)。

我が国には、小異をすてて、大同につくという習慣が無い。小異は現実の内容であり、大同は非現実の内容である。日本人の世界には、現実があって非現実が無い。日本語で話すと、非現実は嘘になる。だから誰も非現実の内容は、言わない。哲学は、育たない。無哲学・能天気の議員たちでは、国民の納得する大同 (非現実) の内容を示すことはできない。だから、当然議員たちは小異 (現実) の激突に明け暮れることになる。’あるべき姿’ (非現実) を忘れて、離合集散を事としているように見える。だから、政治音痴はやめられない。

>野党はぐちゃぐちゃで、今後自民党内で安倍降ろしが始まれば野党の存在は埋没すると大物野党OBが認めていると(サンデー毎日4月22日号)。

行方も知れぬ政治の道かな。無哲学・能天気であっては、手の施しようもない政局ですね。

>やっぱりそういうことだったのだ。>これでは国民は救われない。>いまの政治に愛想を尽かすはずである(了)

政治が悪い。国民が悪い。教育改革が必要です。今こそ改革の烽火を上げよう。この後、千年も不協和音を続けられてはたまらない。
論客は、ああでもなければ・こうでもないという。あれではいけない・これではだめだと力説する。だが、自分がどうであるかを言うことが無い。自分には、考え (非現実) というものが無いからである。これでは、建設的な議論にはならない。不毛の議論になる事は、目に見えている。されど、議論は続く。時間の浪費か。それでも反省の色はない。

>(引用おわり)
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漢字

2018-04-13 00:46:34 | 文化

>第二次世界大戦後、1946年3月、アメリカ教育使節団がGHQ最高司令官マッカーサーに提出した報告書によると、「国語の改革」と題して、膨大な学習時間を費やされ、日本の民主化に必要な知識習得を阻んでいる「漢字」を全廃し、ローマ字を採用すべきであると、断言しているのです。

そうですか。アメリカ人は、いつも研究熱心ですね。

>アメリカは、特に戦争で目の当たりにした日本人の「狂信性」の根源が漢字にあると考えていたようです。

漢字は、漢人 (中国人) の考えを示していますからね。アメリカ人が目の当たりにした日本人の狂信性は、きっと戦前の洗脳教育に因るものでしょう。

>そしてその前の1945年11月に郵便報知新聞の流れを汲む読売報知新聞が「漢字を廃止せよ」という社説を出しました。>「漢字がいかに我が国民の知能発達を阻害しているか」>「日本の軍国主義と反動主義とはこの知能阻害作用を巧みに利用した」>「漢字には封建的な特徴が濃厚だ」>と漢字を戦犯として弾劾している。

漢字には、非漢字圏の人々の考えは示されていないでしょうからね。表意文字に対する不信感が色濃く現れていますね。

>さらに民主主義と文字改革は深い関係があり、「漢字を廃止するとき、我々の脳内に存在する封建意識の掃討が促進される」として、これまたローマ字採用を主張しているのです。

漢字は、漢人 (中国人) の考えを示すためのみに造られました。彼らは、非漢人の考えを表すために漢字を作りませんでした。ですから、横文字文化圏から知識を吸収する目的には漢文は都合の悪い文章です。

>政府の御用新聞として、戦争に加担したことの反省もなく、次の新しいボス(アメリカ)に尻尾を振り、その戦犯を「漢字」に押し付ける恥知らずな点は今のマスコミと同じですが、実際、昭和21年に当用漢字→昭和56年常用漢字と少しずつですが、使用する漢字に制限が加わっています。

技術革新により新造語が多くなりつつあるのに、漢字の数は逆に減少ですね。漢字は情報革命に役に立っていないようですね。

>私も漢字テストに苦しんだ記憶は未だ残っていますが、漢字がもたらす効用については、るいネット「漢字から学ぶ(リンク)」「漢字が同化能力を伸ばす(リンク)」「漢字を感じる♪(リンク)」に分かりやすく書かれており、無味乾燥な記号の羅列の組み合わせよりも、それぞれに意味がある漢字の方が優れていることは、仕事で報告書や提案書を作成するときに実感します。

そうですね。道路標識の様なものですね。漢字を使えば、その読み方を知らなくてもその意味が分かるとうことでしょうね。
しかしながら、議論をするためには、会話の能力が必要ですね。言語の習得には、音読の効果が大であることが知られています。ですから、表音文字 (alphabet) が役に立ちます。特に非漢字圏から来た研修生の人たちには、漢字の学習は負担が大きいです。短期間に日本語の音読ができることが、日本社会に適応することに役立ちます。そして、研修効果が高まります。日本の技術を世界に広めて役立てるためには、日本語を世界の第二言語にする必要があります。日本語の話者の数を増やすことが必要です。容易に音読できる日本文が必要です。さすれば、日本の技術は広まり、国際間の議論も盛んになり、日本の規則は世界の規則として通用することになるでしょう。

>日本人は、漢字、ひながな、カタカナを駆使して、そもそもの意味以上にそこから滲み出るニュアンス、わずかな差異も伝える文化を持っています。

そうですね。漢字・平仮名・カタカナの文章は、非言語 (音楽・絵画・彫刻など) の芸術に対する鑑賞のようなものですね。鑑賞の鋭さには大きな個人差が有りますね。これは非言語の特徴です。

>それを広め継承することも、情報を伝える媒体の役割だと考えます。

逆に言語は、話し手の正しい (矛盾を含まない) 作文と聞き手の正しい理解に因らなくてはならないでしょう。つまり、文章の理解に個人差があってはならないということです。ですから、我々は、言語活動と非言語活動の区別をよくわきまえて、活動に励む必要があるのであります。





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