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真相は闇の中

2018-04-16 22:58:43 | 政治

 
>森友・加計問題、自衛隊の日報問題など、官僚の隠蔽、誤魔化しが次々と明るみになってきているが、いずれも真相は闇の中。>うやむやなままにされてしまう可能性が高い。

調査は、進んでいないのですかね。

>根本的なメスを入れるには、そもそも官僚組織の隠蔽、誤魔化し体質はどこからくるのか?という問題を考える必要がある。

‘考える’ とは、現実直視による判断のことですか。それとも、忖度 (推察) ですか。

>森友問題について言えば、マスコミは全く伝えないが、安倍政権を裏から支配する日本会議(秦氏の神社ネットワーク)が、人事権を握る内閣府を通じて財務省に圧力をかけた疑いが濃厚。(自己保身を第一に考える役人が、危険を冒してまで「忖度」したとは考えにくい。何等かの強力な圧力があったと考える方が素直。安倍総理や昭恵夫人自身が直接圧力を加えることはあり得ない。)

この圧力は、立証可能ですか。

>自衛隊の日報問題について言えば、法律上、自衛隊は戦闘地域では活動しないという建前を守るために隠蔽したとものと思われるが、そもそも自衛隊の海外派遣は米国(ネオコン、CIA)から圧力をかけられた疑いが濃厚。

この圧力は、立証可能ですか。

>いずれも、政治的な圧力に対して自らの組織を守るために隠蔽したもの思われるが、そもそも彼らの頭の中はどうなっているのだろうか?

日本人は、圧力に弱いようですね。それとも、‘長い物には巻かれよ’ という積極策ですか。

>本気で国民や社会のことを考えているなら、誤りは素直に謝り、前向きに改善することを考えればいい。

そうですね。同感です。自己の ‘あるべき姿’ はどうなっているのでしょう。

>そうならないのは、社会統合より、体裁、面子、省益を守ることを優先させる意識があるからだと考えざるを得ない。

日本人は、相対敬語を使っていますからね。序列と内外を優先させますね。その上、世界観が無い。来るべき世界の内容が、想定外になっている。

>そのような体裁思考こそ、エリート官僚の隠蔽、誤魔化し体質の根っこにあるのではないか?

そうですね。恣意 (私意・我がまま・身勝手) の体質ですから、透明性に欠けていますね。エリート官僚でなくても、日本人なら傾向は大体同じでしょうね。

>そもそも、エリート官僚の多くは、テストの点数を取るために必死で勉強してきた「受験脳」の持ち主。>そのような「受験脳」の持ち主たちが、役所で出世して「官庁脳」を形成し、彼らの思考回路で官僚組織の体質は出来上がっている。>体裁思考、無難思考、前例主義、文書主義などのお役所体質は、子どもの時から勉強の強制圧力に対応すべく教科書を暗記し、ミスをしないように言われたとおりにやることが染みついている「受験脳」から来ている。

日本人は、自分自ら発想することが無いようですね。事の次第と成り行きに従って、泳ぐように行動しているようですね。

>このような「受験脳」→「官庁脳」が染みついているエリート官僚は、支配階級(秦ネットワーク、金貸し)から見ると、都合のいい下部となる。>彼らには支配階級と闘う勇気など微塵もない。

彼らは、序列メンタリティ (考え方) に支配されていますからね。上位に逆らうものは、礼儀正しい日本人にはなれません。

>強制圧力に敏感に反応し、その圧力に従順に従う下部たちは、国民や社会のために事実を追求し、未来の可能性を追求するのではなく、ご主人様の言う通りに隠蔽や誤魔化しをやってくれるのだから、都合のいいことこの上ない。>根本問題にメスを入れようとしないマスコミや学者・評論家も同類だが、追求力・創造力が全てとなる時代潮流にあって、その体質的な限界が明らかになってきている。

意思のあるところに、方法 (仕方) がある。Where there’s a will, there’s a way. 日本人には、意思が無い。意思は、未来時制の文章内容であるが、日本語には時制 (tense) というものがないので、日本人には意思が無い。仕方がない。だから、無為無策でいる。なるべく穏便に過ごしたい。

>既に、庶民は官僚やマスコミ・学者の隠蔽、誤魔化しには飽き飽きしており、もはや関心さえも持っていない。>とっくに見限られている。

‘民信なくば、立たず’ ですね。暴動でも起こるのかな。

>社会統合を担う組織は、「受験脳」「官庁脳」が染みついた官僚組織から、追求派・創造派がリードする新たな統合組織へと転換していく。>新たな統合勢力が台頭していくことによって、官僚組織の隠蔽、誤魔化し体質は浄化され、旧い支配階級も力を失っていくことになるだろう。

そうなると良いですね。でも、それは希望的観測でしょうね。無哲学・能天気では始まらないでしょうね。仕方がないので、諦めるのかな。
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多数決

2018-04-16 11:21:03 | 政治

>学校は唯一絶対の正解というわけではありません。

そうですね。在学は、唯一絶対の正解ではありませんね。

>あくまでも選択の1つであり、今現在通学者が多いというだけのことなのです。

そうでしょうね。

>そもそもとして多数決というのはどういうことなのかをよく考えると、正しいと思う人がどれだけ存在するかの割合に過ぎません。>多数決とは「平均・標準的」を正しいとすること>まず日本では多くの人間が選んでいることが絶対的に正しいという風潮が非常に根強い国です。

そうですね。我が国は、個人判断を信用しない国ですね。無哲学・能天気の国では、自分の考えの正しさを証明する方法は有りませんね。自分の頭で考えない人たちは、平均・標準的な現実から離れられませんね。

>もちろん歴史を考えれば横暴な独裁者などが権力を行使していた時代もありましたので、そうした流れを正すという意味では多数決は正しいことが多いとは思います。>しかし多数決というのは結局のところ私が思うに、「時代ごとの標準・平均的な価値観を正しいとする風潮」だと考えています。

それは、便宜上のことですね。

>学校に通うことが当たり前で正しいことだという認識が今現在では普通かもしれませんが、実際には日本で義務教育が開始されてから数十年間の間は学校に通う子供は非常に少なかったのです。>その後に就学率が徐々に改善される中で「学校に通うのは普通だ」と思う人々が多数派になり、多数決で政府の学校に通うことが正しいという人で溢れかえったわけです。

それは、時代の進歩ですね。

>つまり昔は多数決で義務教育(政府の学校)は否定されていたのが、平成時代などでは多数決で正しいという流れに切り替わったということです。>しかしここで考えなければならないことは、多数決で決まったことは絶対的な正解なのかどうかということでしょう。

多数決の結果は、絶対の正解ではなく、ただ便宜上のことなのでしょう。
全ての考えは、文章になる。文章にならないものは、考えではない。
正しい (矛盾を含まない) 文章は、全て正しい考えを示している。だから、正しい考えは、一つではない。いくらでもある。
だから、正しい考えの中から多数決で特定の意見を採用することが可能である。

>学校は大切な場所で、何が何でも通わなければならないと言う価値観を持つ人が日本では非常に多いものです。

それは、見栄・外聞の問題でしょうね。

>しかし、現実問題として政府の学校(義務教育など)では本当に数多くの問題が全国各地で発生しているのが現実です。>陰湿ないじめや校内暴力の問題が珍しくもなんともなく、教師の不祥事に始まり自殺者までもが出てしまうような環境になっているわけです。>現在の政府の学校というものを多数決で正しいと思う人の割合が多いというのが残念ながら日本では多数派になっています。

民間の学校には、犯罪は無いのでしょうかね。民間の学校は、値段が高いこともあるでしょう。

>しかし周りの人間が正しいと信じているからと言って、あなたが仕方がなく学校は正しいという価値観に合わせる必要は全くありません。>学校に行かないということは別に誰かに暴力を振るって傷つけているわけでもなければ、殺人を犯すわけでもありません。>また、他人をだまして金品を奪っているわけでもないのです。

そうですね。不登校は、犯罪ではありませんね。

>学校に通わず毎日を過ごすという価値観を持った人が少ないというだけであって、学校に行かないことが間違っているなどということは有り得ません。>政府の学校に行かないことも立派な正解なのです。

そうですね。正解はいくらでもありますね。それが ’自由の国’ というものです。



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