井上嘉浩・炎天下のコンテナ監禁…4日間「断水断食」の地獄 門田隆将著『オウム死刑囚 魂の遍歴』

2019-01-07 | オウム真理教事件

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井上嘉浩・炎天下のコンテナ監禁――4日間「断水断食」の地獄
2018年12月27日 公開
 門田隆将(ノンフィクション作家)
 ※本稿は、門田隆将著『オウム死刑囚 魂の遍歴』(PHP研究所)より一部抜粋、編集したものです。
■「死」を意味する懲罰
 8月初め、突然、麻原から電話が入り、怒鳴りつけられた。E子とのことが、すべてバレていた。
 「一番早い方法で富士に来い!」
 麻原にそう言われた嘉浩は、われを失った。頭を殴りつけられたような感覚に襲われたのだ。
 (これは、すべて決まっていたことなんだ)
 どこからともなく、そんな声が聞こえてきた。身体からスーッと力が抜けていった。
 (もう限界だ。これでよかったんだ。なるようにしかならん……)
 出発の準備をしていると、今度は新実から彼女に富士に来るようにという電話があった。嘉浩は彼女を急せき立て、2人は飛行機で東京へ飛び、新幹線で富士へ向かった。
 「なんで2人一緒なんだ」
 富士に着くなり、新実に文句を言われた。
 「馬鹿野郎。おまえのミスだ」
 別々に呼んで何かしようと考えていた麻原は、新実を叱責した。しかし、2人が一緒に現われてしまったのだ。仕方なく、先に嘉浩が部屋に入れられた。
 麻原の顔を見たら、嘉浩の頭は真っ白になってしまった。破戒をしてしまった。グルの教えを守れなかった――。
 ここでまともな感覚なら、「あなたこそ、ふしだらな生活をしているではないか」という考えが浮かんでも不思議はない。しかし、完全に洗脳されている信徒には、そんなことはとても無理だった。嘉浩も同じだ。
 ここで唯一、覚えているやりとりは、修行に関わることだけだった。
 「おまえは、修行をどうするのか?」
 「続けさせていただきたいです」
 親の反対を押し切って入信し、出家までして修行に賭けた自分。しかし、禁じられている男女の破戒を犯してしまった――そのグルから「修行をどうするのか」と問いただされる情けなさは、もはや言葉では表わせるものではなかった。
 意識が飛んだまま、嘉浩は麻原から「4日間の断水断食」を命じられた。4日間の断水断食とは、真夏には「死」を意味する罰である。
 道場前の敷地には、大きなアルミのコンテナが置かれている。この中を仕切って5部屋ほど「独房」がつくられていた。その中に入って、4日間、食べるものも、そして水を摂取することも許されないという罰である。それは、「生きていれば奇跡」というべき地獄の懲罰だった。
 嘉浩が麻原の部屋を出ると、代わりに彼女が入っていった。しばらくすると、「3日間断水断食」を命じられて彼女は出てきた。
 ただちに新実が灼熱の太陽の下にあるコンテナに2人を連れていった。その途中、「トイレに行かせてください」と、嘉浩は新実に頼んだ。トイレの洗面所で、水を飲めるだけ飲んだ。トイレに入る時、彼女に目配せした。
 (飲めるだけ水を飲むんだ)
 目でそう伝えた。彼女もわかったようだ。嘉浩は、思いっきり水を飲んだ。4日間、今、飲んだ水で生き延びられるかどうか。それは、嘉浩にもわからない。
 無機質な音で、入口の鍵が開けられた。外の明るさと、中の真っ暗な闇が見事なコントラストを描いていた。コンテナの中の5つの独房の入口にも、それぞれ鍵がついている。
 「ここだ、入れ」
 新実はそう言うと、「ガタン」と戸を閉めた。広さは2畳ほど、いっさいの光が入らず、完璧な暗闇だった。中には、ポータブルトイレ、ティッシュ、懐中電灯があった。闇の中で嘉浩は立ち尽くした。
 (4日間……。果たして俺は生き延びることができるだろうか)
 そんな思いと共に、
 (彼女は3日間も大丈夫だろうか)
 と自問自答した。
■どうすれば気力、体力を保てるのか
 暗闇の中で、いつになく頭が鮮明になっていた。極限まで体力と水分の「消耗」を避けるしかない。そのためには、どうすればいいか。そして、どうすれば気力、体力を保てるのか。
 4日間、普通にこの中にいれば「人間は死ぬ」だろう。しかし、自分は、修行をつづけてきた人間である。酸素の消費量も、水分の浪費も、極限まで抑えることができる。それによって生き延びるしかなかった。嘉浩の頭の中をさまざまなことがぐるぐると駆けまわった。
 (いや、考えることが、今、最も気力、体力を消耗するのではないか)
 急にそんなことが閃いた。考えること自体がいけないのではないか、と。ひたすら頭をカラにして「寝る」ことにした嘉浩は、しかし、それが不可能であることをすぐに悟った。暑さである。それも猛烈な熱暑だった。死の恐怖が頭をかすめた。
 (小便をすれば、それだけ身体から水分がなくなる。可能なかぎり我慢するんだ)
 身体を冷やす「呼吸法」や「瞑想」を試すんだ―これまでの修行で得たあらゆる知識と技、肉体で、嘉浩はこれに対抗するしかなかった。やはり灼熱のコンテナの中は、発汗を防ぎようもなかった。
 しかし、時間の経過によって暑さに変化があった。昼間はまさに地獄だが、夜は少し温度が下がってきた。
 「井上さん」
 そんな時、声がした。知り合いのおばさんのシッシャ(出家者)の声である。
 「えっ?」
 ポータブルトイレの交換だ。毎日、夜中の午前0時に交換するとのことだった。幸いなことに、知り合いのおばさんがそれをやってくれるのだ。内密に、と言って、彼女はこう言った。
 「尊師が説法で(嘉浩の)破戒を発表し、全シッシャに尊師通達されたんですよ。それでステージとホーリーネームが剝奪されました」
 小さな声で、おばさんは、そう耳打ちしてくれた。
 (何も変わっていないのにステージが上がったり、下がったりするのか。それなら、好きにしてくれ)
 成就することに必死で、ステージを上げること、あるいはホーリーネームをもらうことに懸命だった自分。あれほど真剣だった嘉浩に、そんな自暴自棄な考えまで浮かんできた。思わず、嘉浩は大声で笑いたくなった。
 2日目、小便を我慢できずにしてしまったあと、突然、新実がやって来た。
 「丸刈りにするから、外へ出ろ」
 そう言われ、太陽がぎらぎらと照りつける外へ引きずり出された。そして、そのままコンテナの外で、バリカンで丸刈りにされた。
 嘉浩は無言の新実によって、そのまま耐えがたい暑さのコンテナに戻された。この予想外の動きは、嘉浩に打撃を与えた。急にペースが崩れたのだ。どんな行法も無力で、心身とも疲弊し、心臓の鼓動が速くなったり、遅くなったりした。
 (もう限界か……)
 死を覚悟してそう呻いた。すると、なぜか、逆にスーッと暑さが引いた。一瞬、息をつく不思議な感覚だった。しかし、
 (あと2日、あの日中の暑さを耐えられるのか)
 そう思うと、やはり、途方に暮れた。
 深夜、コンテナが開き、隣に誰か1人、入れられたことがわかった。
 「今から4日間」
 そんな声が聞こえた。自分以外にも誰か「破戒」した者がいるらしい。耳を澄ますと、その“隣人”から、すぐに大きな鼾がグーグーと聞こえてきた。
 (大胆なやつだ)
 そう思っていると、寝言で、ずっと世話になってきた先輩信者であることがわかった。喉はカラカラなのに、思わず笑ってしまった。心強くもあり、笑ったことで不思議と気分がほぐれ、嘉浩は少しペースを取り戻した。
■“救いの雨”が降った
 3日目、ポトリと滴しずくが顔に落ち、目が覚めた。ザーザーと音がする。雨だ。
 懐中電灯で天井を照らしてみた。水滴が光り、溜まっている。雨の恵みで、中の湿気が増したのだ。助かるかもしれない。嘉浩は反射的にそう思った。
 まさに“天の恵み”だった。トイレを台にして天井に手を伸ばしてみた。ティッシュで水滴を拭き取るのだ。ティッシュには、水分がついていた。嘉浩は、これを口に含んだ。ほんの少し、口が湿る程度である。だが、乾きが微かだが癒された。
 日中、雨が降りつづき、暑さがやわらいだ。運がよかったというほかない。天が嘉浩を救ってくれたのだ。
 午前0時、おばさんがまた声をかけてくれた。
 「彼女は無事ですよ」
 ホッとする情報だった。彼女は3日だ。生き延びたことを知った。ついに4日目、雨が上がり、猛烈な蒸し暑さが戻った。しかし、「あと1日だ」と、嘉浩は気力を振り絞った。
 午前0時、おばさんが、またやって来た。
 「普通のオウム食でごめんなさい」
 そう言いながら、食事と水筒を差し入れてくれた。
 「断水断食後はおかゆ、と思って用意していたら、特総大師に“そんなことはしなくていい”と言われてしまいました」
 彼女は、申し訳なさそうにそう言った。断食後の食事は危険だ。だから、おばさんは気を遣ってくれたのだ。
 「気にしなくていいですよ」
 嘉浩はそう答えたものの、特総大師の話にはムッときた。特総大師とは、富士山総本部に常駐している20人ほどの大師たちのことだ。麻原の近くにいるため、その威光を笠に着ており、支部の人間にとって印象は決してよくない。彼らに、自分など「死ねばいい」と思われているような気がした。
 地獄の4日間を生き延びた末の食事と水だった。嘉浩は、ゆっくりゆっくり、口にした。生き抜いたことは満足だが、嘉浩は、しばらく何もできず、蹲っていた。
 横たわったまま、麻原への「信」、彼女への「思い」、断水断食時の「死への恐怖」、決して馴染(なじ)めない特総部の「管理体制」……さまざまなものが入り交じった思いが嘉浩の頭に浮かんでは消えた。しかし、何ひとつ頭の中で整理することはできなかった。
 (修行らしい修行はさせてもらえなかった。今、やっとそれができているではないか)
 そう考え直して、瞑想に没頭した。

 ◎上記事は[PHP Biz Online]からの転載・引用です
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オウム死刑囚・井上嘉浩の5000枚の手記は何を語るのか 門田隆将著『オウム死刑囚 魂の遍歴』 

  

井上嘉浩・炎天下のコンテナ監禁…4日間「断水断食」の地獄 門田隆将著『オウム死刑囚 魂の遍歴』
すべての罪はわが身にあり…その言葉を井上嘉浩は何度もくり返した 門田隆将著『オウム死刑囚 魂の遍歴』
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オウム死刑囚・井上嘉浩 獄中記と「死後に届いた手紙」 門田隆将 2018.12.20
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