2016.8.30 05:04更新
【産経抄】天変地異が暴く人間の業 8月30日
凍えそうだった。もう、死ぬのかな。当時9歳だった岡田夏音(なつね)さんは、覚悟したそうだ。北海道湧別(ゆうべつ)町で平成25年3月、父の幹男さんが運転する軽トラックは吹き荒れる暴風雪のために立ち往生した。2人は歩いて自宅近くの倉庫にたどりついたものの、中に入れない。
▼その時、聞き覚えのあるメロディーが、耳に入ってきた。「なっちゃんはね…」。童謡「サッちゃん」の替え歌である。幹男さんは2回歌ってから、「夏音起きろ」とつぶやく。そのまま、抱きかかえるように倒れ込んできた。幹男さんは愛娘(まなむすめ)を10時間以上温めて守り抜き、自らは力尽きた。
▼イタリア中部で発生した地震では、300人近い死者が出ている。9歳のジュリア・リナルドさんと4歳の妹のジョルジャちゃんは、崩壊した家のがれきの下敷きになった。約16時間後、救助隊員が姉妹を発見したとき、ジュリアさんは、妹をかばうように抱きしめたまま息絶えていた。ジョルジャちゃんは姉の作った空間のおかげで呼吸が続けられ、助かったらしい。ジュリアさんは、どんな言葉で妹を励ましたのだろうか。
▼8年前に中国で起きた四川大地震では、学校の校舎の倒壊が相次ぎ、多くの子供たちが下敷きになって亡くなった。必要な鉄筋を省いてもろくなった、「おから工事」と呼ばれる手抜き工事が原因だった。
▼今回のイタリアの地震でも、倒壊した建物について手抜き工事の疑いが浮上し、地元検察当局が捜査に乗り出した。建築費を浮かすために、セメントに混ぜる砂を通常より多く使っていた可能性がある。
▼自らを犠牲にして妹を救った少女と、不正建築で私腹を肥やした悪党たち。無慈悲な天変地異は、人間の心の美しさと醜さの両方を露(あら)わにする。
◎上記事は[産経新聞]からの転載・引用です
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〈来栖の独白〉
人間とは、測りがたい生きものだ。些細な欲望のためわが子を殺す親もいる。命を与える人間もいる。聖書は「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」(ヨハネによる福音書15章13節)という。動物の親は、当たり前のように、自分を犠牲にして仔を守る。