アメリカの凋落と「欧米vsロシア」の新冷戦構造をチャンスに変える安倍外交に期待したい
現代ビジネス 2014年03月24日(月) 北京のランダム・ウォーカー 近藤 大介
*オバマ政権の、民主党政権と似た「稚拙外交」
いよいよ24日から、オランダで核安全サミットが行われる。もちろんアメリカのオバマ大統領も出席するが、東アジアからは、安倍晋三首相、習近平主席、朴槿恵大統領の3首脳が一堂に会する。ウクライナを巡る情勢は、一つの大きな山場を迎えたことになる。
ここ一週間の情勢を見ていて痛感するのは、アメリカの威信低下の甚だしさである。私が思い起こすのは、いまからちょうど3年前に起こった東日本大震災である。あの時、日本では未曾有の危機となり、日本人は本当に苦労した。
ところが私は偶然にも当時、北京に住んでいて、直接的な「被害意識」がなかった。日本人として気持ちは大いに昂ぶったものの、その反面、中国の「冷徹な外交」を垣間見ることができた。
「弔問外交」という言葉があるが、相手国に不幸があった場合、哀悼の意を見せながらも、その不幸を利用して(いやな言葉だが国際政治の現実だ)、自国の利益の最大化を図ろうとする。同時に不幸に見舞われた国も、その不幸から立ち直るために最大限、自国の国益の伸長を図ろうとする。
あの「3.11地震」の時は、中国側にはしたたかな弔問外交があった。つまり、チャンス到来とばかりに、日本を抜き去って一気に「アジアの盟主」になろうとした。また、いかにして日米同盟に楔を打ち込むかとか、落ち込んだ日本経済の影響をいかにして最小限に食い止めるかとか、実にあっぱれな動きを見せたものだ。
それに較べて、当時の日本には「弔問外交」と呼べるものが何もなかった。なぜかと言えば、民主党政権の外交は、お粗末極まりなかったからである。そのため、これはあまり指摘されないことだが、私は当時の日本は、地震や津波、原発の被害に加えて、「民主党政権の稚拙外交による被害」も甚だしかったと考えている。
だいぶ前置きが長くなってしまった。なぜ3年前の例を挙げたかと言えば、いまの緊迫したウクライナ情勢を見ていると、米オバマ政権に、3年前の日本の民主党政権と似た「稚拙外交」を感じるからである。
*アメリカの「無力さ」を世界に提示したオバマ大統領
プーチン大統領率いるロシアが18日、クリミアを編入した。しかも、1979年末のアフガン侵攻のような直接的な軍事侵攻ではなく、あくまでも「クリミア自治区の民主的な国民投票の結果」として編入を決めた。加えてロシア軍には軍服を脱がせ、「自警団」として送り込んだ。
先週、EU加盟国のあるベテランの駐日外交官とランチをともにしたが、そこで彼はこう言った。
「EUの実質的な盟主は、ドイツのメルケル首相だ。プーチン大統領は『ドイツ人より素晴らしい』ドイツ語を話し、メルケル首相は『ロシア人並みの』ロシア語を話す。二人はホットラインで繋がっていて、ある『暗黙の妥結』に至った。
それは、EU側は、ロシアによるクリミア半島の編入までは黙認する。一応、アメリカに気兼ねして経済制裁という拳を振り上げるが、それは一日にして撤回できるごく初歩的な内容だ。一方のロシアは、クリミア半島の編入を黙認してもらう見返りとして、EU向けの天然ガス供給を減らさない。加えて、クリミア半島以外のウクライナ地域には武力侵攻しない、というものだ」
これに対して、オバマ大統領はどうしたか。ケリー国務長官をウクライナに送り込み、バイデン副大統領をポーランドに送り込んだが、それはアメリカの「無力さ」を世界に提示しただけだった。
対立の構図としては一応、「欧米vsロシア」という形になっている。そうなるとカギを握るのは、アジアの大国で、国連安保理の常任理事国である中国の動きだ。
では、オバマ大統領は中国に、どんな政府高官を送ったか。何とミシェル夫人を送ったのである。
*中国のパンダ外交ならぬアメリカの夫人人質外交
ミシェル夫人、ミシェル夫人の母マリアン・ロビンソン、オバマ大統領との娘マリアとサーシャの4人が、3月20日午後5時半、アメリカ空軍の政府専用機に乗って、北京首都国際空港に降り立った。空港で出迎えたのは、その数日前に着任したばかりのボーカス駐中アメリカ大使と、張昆生中国外交部長助理だった。
ミシェル夫人を招聘したのは、習近平夫人で国民的歌手の彭麗媛である。26日まで7日間にわたって、ミシェル夫人は中国国内で「夫人外交」を展開するのだ。
中国の外交関係者が語る。
「今回のミシェル夫人の訪中は、アメリカ側が突然、ワシントンの中国大使館に提案してきたものだ。
『ミシェル夫人は、2010年にスペインを訪問し、2011年には南アフリカを訪問した。昨年6月に習近平夫妻がカリフォルニアを訪れ、オバマ大統領と二日間にわたる首脳会談を行った時、ミシェル夫人は欠席し、礼を欠いてしまった。そのお詫びもあって、ぜひ一週間ほど中国を訪問したい』
このように言ってきたのだ。そこで同じファーストレディの彭麗媛夫人が招聘元となる形で、今回の訪中が急遽、実現した」
ミシェル夫人一行は21日には、彭麗媛夫人に伴われて北京市内の中学校を視察した。中学生が作ったロボットで遊んだり、初めてという卓球に喜々として興じたりした。また習字にもトライして、彭麗媛夫人から教わった「永」という漢字を筆で描き、「うまいうまい」と持て囃されて大はしゃぎである。
午後には故宮を参観した。一般観光客を締め出して皇帝の住居を独占し、まさに皇后である黒ドレスに身を包んだ彭麗媛夫人の案内で、広い宮殿内をゆっくりと見て回り、しきりにファーストレディ同士の2ショット写真を撮っていた。
夕刻には、釣魚台国賓館で習近平夫妻主催による歓迎の晩餐会が開かれた。習近平主席は、上機嫌でこう述べた。
「今回の訪中を熱烈歓迎します。ぜひ中国の伝統文化に存分に触れていってください。私は2日後には、オランダでご主人のオバマ大統領とお会いしますし、11月には北京APEC(アジア太平洋経済協力会議)を開催しますので、また夫妻でお越しください」
これに対して、ミシェル夫人も満面の笑顔で答えた。
「私は今回、初めて訪中しましたが、今日は夫人に中学校や故宮をご案内いただいて、大変嬉しく思っています。いまやアメリカでは、若者が中国語を勉強するのが当たり前のようになってきていて、今回は本当に感謝しています」
ちなみにミシェル夫人が北京で泊まったのは、北京最高級ホテルの一角である66階建てのパークハイアットホテルのプレジデンシャルルームで、1泊52,000元だ。
ミシェル夫人一行のその後の訪中スケジュールは、以下の通りである。
22日 北京大学のスタンフォードセンターで講演。その後、米中の学生との交流。頤和園参観。北京のアメリカ大使館で大使館員らとの交流。
23日 教育に関する懇談会。その後、万里の長城見学。
24日 西安に移動して、兵馬俑や古墳群を参観。
25日 成都に移動して、成都第7中学校を訪問。2回目の講演会。
26日 パンダと対面。成都よりワシントンへ帰国。
まさに、パンダ外交のような夫人外交を展開しているのだ。
前出の中国の外交関係者が語る。
「パンダ外交というより、古代中国で頻発していた『人質外交』のように受けとめている。春秋戦国時代の中国においては、王や諸侯が隣国に自らの子供を預けることが行われた。『もしわが国が裏切ったら自分の子供を殺しても構わない』というわけだ。
今回、オバマ大統領は中国に対して、まさに『人質外交』のカードを切ってきた。これはオバマ大統領からの『中国との友好関係構築は本気だ』という強いメッセージと受けとめた」
アメリカの同盟国である日本が、4月にオバマ大統領を国賓として呼ぶ呼ばないですったもんだしている間に、当のオバマ大統領は夫人や娘たちを、中国に一週間も送り込んでいるというわけだ。日本はここまで軽く見られているのである。
*「欧米vsロシア」の新冷戦を左右する中国の動き
一方、プーチン大統領も18日の演説で、中国を最大限に誉め上げた。これも習近平主席を歓喜させた。
習近平主席とプーチン大統領の関係は、一種「いびつな関係」だ。すなわち、習主席が一方的に、プーチン大統領に憧憬を抱いているのである。習主席は、過去15年にわたって強権をもって大国ロシアを統治している、自分より1歳年上の指導者が、羨ましくて仕方ないのだ。
過去1年で6回も首脳会談を行ったことは習近平外交最大の成果と考えていて、習主席はプーチン大統領と会った時だけは満面の笑みを浮かべる。無表情なプーチン大統領と、実に対照的なのだ。
習主席にとってプーチン大統領は、世界で唯一の「目標とすべき偉大な指導者」なのだが、これまでプーチン大統領は、一向に振り向いてくれなかった。ロシアとしては、中国は重要なパートナーには違いないが、極東シベリア地域を占拠されるのではという強い警戒心があるため、胸襟を開けないのだ。
ところが、3月18日の演説で、プーチン大統領は初めて、習近平政権を大々的に誉め上げたのである。習主席としては、「やっとこちらの重要さが分かってくれた」という思いなのだ。
かくして習近平主席は、冷戦終結後最大の米ロ対決のさなか、オランダの核安全サミットに乗り込む。今回の中国の出方は、「欧米vsロシア」の新冷戦を左右しかねない重要なものだ。
アメリカ弱体化で北方領土返還のチャンス到来か
それに対して日本は、ほとんど期待されていない。しかも安倍・オバマの首脳関係は、戦後の日本の首相とアメリカの大統領の関係で言えば、最悪の部類に入る。アメリカから「失望した」などと言われた日本の首相は初めてだ。
そのため安倍首相は、外交の軸足をロシアに移した。プーチン大統領と一年で5回もの首脳会談を重ね、ソチではウオッカで乾杯までして、「北方領土返還の下地を作った」と豪語した。それが一転、ウクライナ情勢の緊迫化で、ロシア制裁に踏み切らざるを得なくなってしまった。
だが私は、ピンチはチャンスでもあると考える。対ロシア外交に精通したプロたちが一様に言うのは、「ロシア大統領の支持率が高くなればなるほど、北方領土が返ってくる確率が高くなる」ということだ。それならば、プーチン大統領の支持率が75%まで急上昇したいまこそ、最大のチャンスではないか。
しかもアメリカが弱体化し、かつ日本軽視が甚だしいため、昔のように気兼ねしなくてもよい。オランダでの安倍外交に期待したい。
<筆者プロフィール>近藤 大介(こんどう・だいすけ)
1965年生まれ。埼玉県出身。東京大学卒業後、講談社入社。『月刊現代』副編集長、『週刊現代』副編集長などを経て、現在は講談社(北京)文化有限公司副総経理。2008年より2009年まで、明治大学講師(東アジア論)。『日・中・韓「準同盟」時代』、『東アジアノート』他、著書多数。
北京のランダム・ウォーカー;
GDPで日本を抜きさり、アメリカを追いかけ、いよいよ大国としてG2時代をつくろうとしている中国。その首都、北京で毎日、起きている、経済、企業、マーケットの情報を、中国語、朝鮮語、フランス語、英語を操る近藤大介がレポートする。
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