LOVE STORIES

Somebody loves you-J-POPタッチで描く、ピュアでハートウォーミングなラブストーリー集

ペーパーリレーション 5

2016-12-19 13:44:32 | 小説

より続く)

 白木西高校は、都心からはJRで30分程度の郊外の住宅地にある共学の公立高校だった。この地域では最も人気の高い公立高校だったが、周囲には中高一貫の私立高校が数多く存在するため、それとの差別化なのか、大学受験を前に押し出した学校ではない。文化系体育系とも部活動は強く、全国レベルで上位につらねる部が片手にあまるほどだった。自由な校風で充実した学園生活を生徒が楽しんでいる分、大学への現役合格率はあまり高くなく、東大合格者数は年に3、4名程度で、むしろ国立の医学部に進学する生徒が多かった。つまり、予備校にとってはよいお得意先というわけだ。

 白木駅前は、一瞬都心と見まがうほど、立派なビルが立ち並び、百貨店やファッションビル、ショッピングモールが軒を連ねているが、それは駅周辺だけのことで、ほんの五分も歩くと商店街は途切れ、ところどころに博多系や家系のラーメン店が点在する住宅街へと移る。四十万都市だけに、車の通行量はかなり多い。午過ぎまで、青い空が見えていたのに、午後3時を過ぎるとだんだん雲が増えてきた。

 放課後の学校は、若い声で満ちている。野球部のバッティング音、ときおり入る掛け声、ファイト、ファイトと言いながらランニングする女子の声が、公道に面した高いフェンス越しに耳に飛び込んでくる。こんな光景を間近に感じるのは何年ぶりだろうか。正規の授業ではないが、私立高校の放課後の課外授業を何年か担当したこともあった。時給は当時の予備校より安かったが、休日が入ろうと月額支給額は同じで、しかも通年の仕事であるため、収入としては安定して悪くなかった。

 桜が緑の木陰をつくる校門をくぐると植え込みには青や紫、ピンクの紫陽花が花を咲かせているころだった。もう梅雨なのか。空が暗くなってきた。

 私服と制服の生徒が混在して予備校と変わらぬ雰囲気だった。この学校では、制服は一応決まっているものの、特に行事のないふだんの授業日には強制されていない。吹奏楽部や合唱部など対外的な部活動では、制服で揃えた方が見栄えし、僅差の勝負ではプラスに働くという声もあれば、制服に対する憧れを抱く生徒も特に女子には少なくなく、保護者からの要望にも、制服の方が毎朝の服装に頭を悩ませずに済むし、かえって経済的であるという声も根強いせいらしい。いずれにせよ、制服だけでも、私服だけもなく、両方が可能というのもこの学校の売りの一つだった。
(6へ続く)     


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『ホワイトラブ』 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 12, 13, 14, 15, 16, 17, 18, 19


  この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関わりありません。


ペーパーリレーション 4

2016-12-19 13:23:41 | 小説


(より続く)

 こうした場合、一切関わりを持たないことが大人の賢明な判断の第一だ。次の賢明な判断は、模試を実施した予備校に判断を仰ぐことだろう。しかし、それも一笑に付されるにちがいない。いつだって私は賢明な判断ではなく、物事がもめそうなややこしい選択肢をとるきらいがある。そう、私は高校に電話して、クラス担任の教師を呼び出したのである。赤塚と名乗る電話の向こう側の声は、若い女性のように聞こえた。しかし、電話の応対に慣れたプロフェショナルは50、60を過ぎた婦人でも、若々しい声を出すことができるものだ。電話口での応対は冷静なトーンで、あくまで話を聞いておくという程度だった。私も、本来こういうことはくちばしをはさむ立場にはないこと、事情を学内的に知らせてもよいが、予備校の方には内密にするようにと伝え、彼女も了承した。

「黒川さんなら大丈夫だと思います。リストカットの跡もないですし」

「一人ずつチェックしてるのですか」

「いえ、あの子卓球をやっているもので、そんなことすれば一目で分かってしまいます。手首にサポーターや包帯を巻いてもいないようですし」

「なるほど」

「今すぐというわけにはゆきませんが、模試の返却後に本人を呼んで聞いてみます」 

 あくまで差し迫った脅威はなく、参考までに話を聞いておくという態度に思われた。

「でも、どうしても気になるとおっしゃるというのなら、学校までいらしてくださって結構です。もしお手間でなければ」

特に交通費が出るわけでもないだろう、ただ働きのボランティアである。ただ、職業柄学校の雰囲気を知っておくのは無駄ではないと思った。

「わざわざお知らせいただいてありがとうございます。では、明日の午後4時に」

 ほっと肩の荷が下りる。こういう情報は、たとえその実現の可能性が低いものであろうとババ抜きのババと同じで、手元にキープしておくとろくなことはない。しかるべき人物にバトンを渡してしまえば、寝覚めの悪さは解消するのである。答案はすでに予備校に郵送で返却してあったが、念のため、黒川瑠衣の答案を、自宅の一体型プリンターでコピーしておいたのだった。                                             

                                                (へ続く)    


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