2018年11月
日曜日、古代史研究家の市川慎さんと懿徳天皇の陵墓近くにある喫茶店で情報交換し、「そこへ連れて行ってください」と言うことになり、いつものように車を寺前裏の駐車場にもどして、市川さんの車で重要な場所へと連れて行ってもらいました。
行った場所は、先ずは宍粟市にある岩上神社でした。
ここの神社の大きな巨石は、川の縁側は火を焚いた跡で赤く変色していました。
神社の由緒にもそれを思わせる文言も書かれていました。
神社の狛犬は獅子ではなく狐さんでした。
そして彫り物には、ウサギやサルや軍鶏など意味あるものが彫られていました。
そこら中、神社の名前そのもので、岩ばかりでした。
帰って地理院地図で調べると、大きな岩の切り落とされた面は方位を表していて、それはイエス・キリストの墓とその先の卑弥呼の墓まで一直線になっていました。
このことは、そのラインを東へと伸ばすと、比叡山延暦寺の根本中堂へと行きつくことが分かります。
つまり、比叡山延暦寺でご本尊様に手を合わすと、卑弥呼の墓、イエス・キリストの墓・・そしてここ岩上神社へと一直線になる位置にこの岩上神社は配置されています。 見事です!
又、ソロモンの墓から卑弥呼の墓までとこの神社までとは綺麗な二等辺三角形を描きます。 偶然でしょうか。
あまりにも綺麗な配置に驚くばかりです。
・・
早速、武部さんから連絡が入りました。
狛犬は狐ではなく、狼とのことです!
そのことから又、大変な秘密が分かりました!! 又また二等辺三角形が・・。
そしてもう一つ、徳島の太龍寺大師堂の彫り物の意味も・・パチン!と閃きました。