2012年11月24日(土)
正午過ぎに、バイブで動き出した携帯電話を手にすると・・
お袋さん :「誰か分かっかい?」
私 :「分かりますよ」
お袋さん :「今日は何の日か分かっかい?」
私 :「24日でしょう、分かりますよ、親父さんの月命日でしょ」
お袋さん :「今、お寺さんが帰らしたばっかりで、父ちゃんと啓二(弟)さんとに御酒もあげて・・」
・・・
82歳になったお袋さんがロレツの回らない口調で一方的に喋ってきます。
話す言葉は少しとぎれとぎれで、仏壇にお供えしたお下がりのお酒を飲んでいるようで、あの世へ先に行った人達と会話するうち、私の顔が浮かんできたのでしょう・・か。
お袋さん :「元気にしとっとかい、一周年の三重県はうまくいったとかい」
私 :「はい、うまくいきましたよ、沢山の人達にきてもらいました」
お袋さん :「そら良かったね。わたしゃ何にもしてやれんばってん毎日祈ってるばい」
私 :「ありがとうございます。ところで我家の両方の家紋には大きな意味があるのが分かりました。母ちゃんに田代家の家紋を教えてもらった翌日、高千穂にある幣立神宮に行ったら、全く同じ家紋だったのにはビックリしたなぁ」
お袋さん :「そぎゃんかい」
私 :「実は、お袋さんのルーツも私には分かりました。ところで母ちゃん、あんたはどこで生まれたの」
お袋さん :「生まれたんは福岡県の大牟田ばい」
私 :「大牟田市の何処かいな」
お袋さん :「暮していたんは、大牟田市三里町2丁目ばい」
私 :「2丁目の何番地なん?」
お袋さん :「番地までんな覚えとらんばい」
私 :「ところで生まれたんはどこよ?」
お袋さん :「近くで生れたとは覚えてるばってん、住所は分からんな」
私 :「生まれた所が大事なんですね・・、思い出したら教えてよ」
・・
突然、久々に電話してきたお袋さん、 日ごろは気丈夫なお袋さんが昼間からお供えのお酒を飲んで、お酒の力を借りて電話をしてきたようでしたが、
私 :「母ちゃん、あなたは大変な役割を担ってこの世に来たみたいですね」
お袋さん:「はぁ・・よう聞こえんばってんなぁ・・」
私 :「あんなぁ・・、あなたは・・ね、・・」 と、大きな声で・・
お袋さん:「はぁ・・、な~~んかよう聞こえんばいた~」
私 :「あのなぁ・・・」
お袋さん:「はぁ・・・??」
私 :「もう良いから、切るわなぁ・・生まれたところ、思い出したら教えてよな」
お袋さん:「はぁ・・よう聞こえんばってん・・、元気でなぁ~~~」
・・・
お袋さんのとの会話を終えるなり、生命の樹を見るとどうでしょう。
最近書かされた生命の樹(カバラ)のイエソド(基礎)にあたる部分(伊王島と宇佐八幡宮の間のセイフィラ)でお袋さんが生れ育ったということがたまたまの偶然では済まされないような思いに駆られてきました。
そうそう、会話の中で今まで私が聞いていなかったことをお袋さんは、仏壇の前から初めて涙を流しながらの様子で話してくれました。
お袋さん :「小さい頃、一人でキリストの話を毎週金曜日になれば近くに聞きに行ってたんよ」
私 :「それいつの頃よ」
お袋さん :「小学生の頃だったぁ・・」
私 :「それってお父さんとお母さんは行ってなかったの」
お袋さん :「親も姉妹も誰も行かなくて、私一人だけだった・・いつも金曜日に」
私 :「そうなん・・、でも不思議ですねぇ。 それで今私が、十字架を書かされたりしているのかもしれませんね、 不思議ですねぇ」
・・・
実はもっと不思議なことが・・・
私が生まれ育った所が実は・・出雲大社 物部神社 宇佐八幡宮 の一直線上にある不思議を感じます。 いったいこれって 何なんでしょう・・・か。
そしてそれ以外にも・・・。 偶然の一致でしょうかぁ