ヒスバナアラカルト

香西善行の雑記ドコロ
諸々の感想には具体的内容も含んでいますので、お気をつけくださいね。

柿喰う客『検察官』

2011-11-28 23:54:24 | 演劇関連

 ゴーゴリの『検察官』を、中屋敷法仁氏が構成・演出。
 
 私腹を肥やす市長と、その周りにいる、これまたアコギな人々。ある日、隠密に検察官がやってくると知る。日頃の行いがバレてはマズイと保身を画策する市長のもとへ、検察官を見つけたとの情報が入ってくる。しかしそれは、無関係の下等役人であった。そうとも知らずご機嫌を取る市長たち。そして、役人も段々と図に乗ってくる……。

 この公演の目玉、韓国の俳優との合作であるということ。これがとても重要な意味をもっていました。セリフは日本語と韓国語。単純に俳優の人種で言語が分けられているのではなく、検察官と市長たちという立場で分けられ、そのコミュニケーションが異国感を増長させ関係性が非常にクリアに感じました。

 また、言葉だけでなく、打ち込み主体の音響効果とそれに合わせたリズミカルなダンスが緊張感を煽り、でもコミカルでもあり笑いも誘い、おまけに集合した人間の不気味さをも感じるもので。なにやら物語の滑稽さと悲しさをどんどんどんどん浮き彫りにしていっているかのようでした。

 主だった装飾のない、シンプルな舞台だっただけに日韓の俳優たちの熱を存分に堪能しました。

  柿喰う客ウェブサイト→http://kaki-kuu-kyaku.com/

  柿喰う客Twitter→ @kaki_kuu_kyaku

ロ字ック『鳥取イヴサンローラン』

2011-11-14 04:25:37 | 演劇関連

 下北沢の片隅のスナックで働く女たち。仲がいいのか悪いのか、不満の掃溜めか希望の棲家か。その店では怒号と欲望が飛び交う。

 オープニング、舞台前に垂らされた幕に映される日常風景とモノローグ。BGMは快速東京の甲高いヴォーカルと轟音ギターが鳴り響く。のっけからハイテンションに包まれ、その雰囲気は物語の中枢にキープされたまま転がってゆく。

 スナックに務める女たちは性格も育ちもバラバラ。狭いお店でわずかな客の相手。そりゃ、溜まるもんもあるだろう。まあそれを、好き放題に吐き出してひと暴れもしでかして、ハチャメチャである。でもそこが笑える。楽しい。自分の欲望に正直というより、欲望同士を戦わせている。そこがとても真っ当に見えた。上手く立ち回ろうとしても、そんな器用さを持ち合わせてない人ばっかり。不器用のレッテルを貼られ人付き合いには不向きかもしれないが、すっきりして悪くない。むしろ、女たちの罵詈雑言の嵐を眺めながら、こんな人達が身近にいたら楽しいだろうなと思った。

 常連客として全くタイプの違う男が二人登場したが、これも女度を意識する重要なファクターなんだろうね。異性の存在が疑問を生み、そこに苦しんだりして。一見、大暴れする女の醜態讃歌なようで、脆い乙女心をきっちり覗かせるあたりにとても感情移入させられた。あ、私は男だけど。

 私が観た回に快速東京のメンバーの方もいらして、カーテンコールの際に舞台で挨拶されてた。演出の山田さんはこのバンドの大ファンらしく、彼らを紹介している姿はとても乙女だった。

  ロ字ックオフィシャルWEB→http://www.roji649.com/

劇団錦魚鉢『BIGマンディンゴの伝説の作り方』

2011-11-11 02:40:39 | 演劇関連

 ギターを抱えた男が物語を案内する。すべての男たちが不能になって十年、荒廃した世界に生まれた伝説『BIGマンディンゴ』。それは男の機能をフルにみなぎらせた唯一の男。その伝説の男が現れたBarを舞台に、集まった人々の回想を交錯させつつ物語は進んでゆく。

 その店には数ペアのグループがそれぞれの目的で集うわけだが、本人達の気付かないところで関連性を帯びていた。各グループごとの記憶・視点で物語が進み、人々の素性が明らかになっていくことでそれが明かされていく。観ながら『パルプフィクション』を思い出した。きっとイメージは近いと思う。同じ時系列を各グループの視点で語っていくので、同じシーンが繰り返すことになる。視点が違えば相手の見え方も違ってくるので、本人たちは強気な態度だったにもかかわらず、相手からしてみれば弱虫キャラに写っていたという風な各グループの関係をダイレクトに表していて面白かった。ただ、前半は同じシーンが繰り返すことになるので冗長に感じたことは確か。なかなか集中できなかった。

 場の切り替わりが頻繁にあるのはどうも苦手。観ている意識の方も切れぎれになってしまうし、想像力も働かなくなり退屈に陥る。関係や起こった事を全部見せてくれなくてもいいんだけどなと少し思ってしまいました。舞台だからできる表現の可能性を観たいです。

導火線

2011-11-01 23:55:51 | 日記ニ非ズ

 今年もあと二ヶ月を切った。

 この頃は逆算で日にちを考えることも多くなった。『○○まであと○日』みたいに。その日までどれくらいの猶予が残されているのか?考える時間が残されているのか?ダイナマイトに繋がれた導火線の火を横目で見ながら暮らしている。もちろん目を閉じたところで火は消えない。確実に導火線は短くなっている。

 漠然と未来を眺めていたその昔。目の前の導火線がどんなモノへ繋がっているかなんて考えてなかった。それは恐れ知らずでもある。少しずつ先に目を向け、その先に待っているモノが見え、モノの実体を理解し始める。

 導火線の長さから弾き出される逆算の日々は窮屈だ。短くなればなるほど気も焦る。

 導火線の火が最後に辿りついた時……。爆死するか、崩されたものに生き埋めになるか。もちろんそんなことは御免だ。崩れた先に道が現れるはずである。さらに歩んでいきたい。きっとそこには新たな導火線が延びていて、性懲りもなくまた自ら火をつけるのだ。