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雪舟展(京都国立博物館)

2024-05-04 13:05:37 | 日記

雪舟展(京都国立博物館)

 膨大な作品の展示があるから体力をつけて鑑賞せねばいけない。ご馳走を山ほど出されて最初は美味しくいただいたが、終り方に全部食べないと帰しませんよ脅されて少々うんざりする感があった。半分くらいの展示にして入場料も半分くらいでじっくり見たいものである。

日本の水墨画の元祖になるのでこのくらい尊敬を集めているのであろう。よくあの戦乱の時代を生き抜いてこれだけのアートの制作に心を込めていられたものだと感心する。案外戦国大名といえども、勝ちたい、勝って京に我が家の旗をたてたいの我利我利亡者ばかりではなく、雪舟のパトロンをするほどの余裕のあった人も沢山いたのであろう。または、道長が紫式部を自分の権力闘争の一環として保護したのと同じように、何らかの思惑があったのかもしれない。例えば、対明貿易の際に雪舟保護の実績あると有利になったのかもしれない。何しろ雪舟は明で水墨画を学んだ人である。

観客は日本の渋好みのオジサンだけではない。訳知り風の中国の若い夫婦が、大声で何かを喋りながら見ている。好意的なしゃべりなのかどうなのかは分からないが、言葉が分かればこちらも鑑賞の助けになったかもしれない。本場の訳知りのヒトの評価なら聞いて楽しいかもしれない。ただし今回は喧しくてめいわくなだけであった。

思うに、雪舟の評価が高いのは絵がうまいだけではなく、何らかの思惑のあったと思われる大名家の保護さらには禅宗の保護もあったと考えられる。禅の境地を表現するとして宣伝に利用したとみられる。車でも服でも売るためにはデザインの良さが必要でそれに莫大な費用をかけている。同じように禅の境地は(禅に限らずどんな宗派でも)難しいのでこれを表現するのにわかりやすいものが必要であった。水墨画はそれに近いとして宣伝にそれを用いたのではないか。それで雪舟を保護したのではないか。

 さらに雪舟自身が弟子を大事にしたこともあると思う。長谷川等伯がその系譜につながるという。話は違うが釈迦も孔子も弟子によってその名が広められた。どんなに立派な言葉を吐いても広めてくれる弟子が居ないと空しく虚空をさまようことになったであろう。何事によらず鑑賞者は、製作者と同じくらい大事である。

 

今回大発見は、雪舟の左側に富士を配する構図と同じ構図で描いた北斎と曾我蕭白の絵を展示してあることである。私は蛇足軒と号した曾我蕭白のふざけたような絵が大好きであるが、今回の曾我蕭白は全くふざけていない。この人真面目に描いても上手い人であると初めて認識した。構図は雪舟の絵に取っているが、技法は西洋画を取り入れているような気がするがどうだろう。これが蕭白とは驚きである。