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小説 新坊ちゃん③ 予備校講師時代

2023-06-29 22:35:49 | 日記

小説 新坊ちゃん③ 予備校講師時代

 母親は私が医者にならなかったことをひどく悔やんでいたが、こうやって気楽に高給を食むことができると親にも強く出ることができる。ついつい親に偉そうなしゃべり方になったのはいけないことであった。当時の私の年収は七百万くらいであった。大卒初任給が二百数十万という時代である。しかも周りには年収二千万の講師が五~六人はいたであろう。いずれあのようになって肩で風切るようになりたいと本気で思っていた。

 気がかりなことと言えば、この仕事は終身雇用ではなく年度ごとの更新であることであった。次の年再び仕事を依頼されるかどうかわからないので二月三月はびくびくして過ごさなければならない。二千万プレイヤーは専任講師という肩書で大体六十歳くらいまでびくびくしないで長期契約で働けるから私もそれになれるまでは頑張らないといけなかった。

 おカネがあるもんだからいい下宿に移り住み、毎日うまいものを食って受験数学問題を解く生活はなかなかいいもんである。私の人生碌な時代がないが、戻れるものなら戻りたい唯一の時代である。そんなことをしながら五年くらいしたころ、親がスキ焼を作るから帰って来いという。キット縁談の話を持ち込むつもりだろうと思ったが、見てから難癖をつけて断ってやろうと考えてとにかく帰ることにした。

 思いのほか上等のスキ焼を食べながら親は案の定 釣書を持ち出してきた。どこに難癖をつけようかと開いてみると、一番初めに宗旨の欄があることに驚いた。まあクリスチャンとかだとあとあと問題になるかもしれないけど、日本のありきたりの宗旨なら何でも同じじゃないか。そんなことより親の仕事に目が行った、不動産賃貸業とある。これはいい。もし今年で仕事が打ち切りになったら次の年何で飯食うかは当時大問題であった。少々厚かましいが嫁さんの親に頼ることができる。しかも写真家の腕かもしれないが、なかなかの美人である。方針を大転換してとにかく会うことにした。

 釣書を送れと言うことなので大奮発して値段の高い写真館へ行き、わざわざウォーターマンの万年筆を購入してしかもロイヤルブルーのインクで丁寧に釣書を書いてやった。年収の欄には一千万円(税込み)と書いてしまった。これはいくら何でも盛りすぎだけど二~三年先にはなるかもしれない金額を書いておいてもまあ言い訳はできるであろう。そうしたら二か月くらいたって知らないおばちゃんから電話がかかってきた。

「先様は大変気に入っておられます。ただし、いろいろお調べになったようで、あなたは年度ごとのご契約だそうで。」

 よくそんなことまで調べがついたとあきれるがそうだと答えると

「収入がいくら減ってもよろしいですから、終身雇用の会社にお替りになることが縁談をすすめる条件になっております。」

 良い折だから相手のいいなりになっておくと良いことが起こるかもしれないと考え、それでは、一年くらい時間がかかるがと言うと

「先様はあなたのことをお気に入りですからそのくらいは待つとおっしゃっています。」

不動産賃貸業の美人のお嬢さんを射止めることが出来たら人生がさらに好転するのは目に見えていたので、ちょっと迷ったがこの申し出を受けることにした。たとえ年収が減ってもそこは不動産賃貸業からの援助があるであろう。

 わたしのこの気楽な生活を送りたいという方針と行き当たりばったりな生き方があとあと大変な災害をひきおこすことになるのは当時は知る由もなかった。



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