日本人は何も知らない(谷本真由美著 ワニブックス)第6章に対する反論と意見
この本の第6章にはイギリスの小学校が大変荒れていて日本は礼儀正しいと書いてある。イギリスが荒れているかどうかは知らないが、日本が礼儀正しいことはないから明らかにしておきたい。著者は日本の現状については何も調べないで書いている。さすがワニブックスである。あまりにも荒っぽい作り方をしている。
日本の多くの学校では、ここに描かれているイギリスの学校の荒れ方(これが本当であるとして)の程度においてやや下程度の荒れ方をしている。従って教師の多くは教室のことをサファリパークと思っている。象やライオンが大声を張り上げているという意味である。あからさまにそう表現するものもいるし思うだけにとどめている者もいる。ナントかしないとと思う者もいるし諦めている者もいる。活字になってるとついつい本当のことと思う人がいてはいけないから特に注意を喚起したい。この本を買ったことは大失敗であった。一か所間違いがあるともうすべてが信用ならない。
先ごろどこかの校長が生徒児童を動物扱いせよと言ったとして問題になったが、あれは普段からそう思っているのがつい口をついて出ただけである。教育委員会は指導しますと言っているが、教育委員会も実はそう思っているのである。きっと「今後は思っていることをそのまま口に出してはいけない。」という研修をこの校長にするのであろう。そんなこと考えてる組織は丸ごと倒れないといけない。大きな組織が善意のヒトだけで運営されているというおとぎ話を信じてはいけない。自分が善意のヒトであるからといって他の人まで善意のヒトであるということにはならない。
ついでにこれが先生の間から問題とリークされたのは、校長が普段から職員にパワハラまがいのことを繰り返していたので仕返しをされたとみられる。閉鎖社会であるから今までは事なきを得てきたがこれからはそうはいかない。社会が変化するときは、まず今まで一番変化しなかった部分が一番大きく変化するのである。旧日本軍の教育機関がそのまま日本の教育界の中に潜り込んだようなところがある。生徒に競争を強いて、生涯競争の中に呻吟するようにしむけるのである。
オリンピックの選手になるよりも、オリンピックを運営して賄賂を手にするほうが楽しいのである。角兵衛獅子を踊るよりも角兵衛獅子の親方になる方が儲かるのである。部長だ課長だと競争するよりも株主になる方が楽なのである。この他人を競争させて自分は儲ける社会の構造が変わりつつあるのではないか。この教育の機能がもう社会的にいらないとされだしているのではないか。ほんの少しの変化だけどそのような気がする。
さらについでに、教室はサファリパークで職員室は職員どうしのいじめの場で行き場を失った教師が、授業に赴くまでのわずかな距離の間生徒にカウンセリングを受けていたという話がある。その生徒はわずか数秒十数秒の間だけだが教師の愚痴を聞いてあげたのである。このどっちが給料を貰いどっちが授業料を支払ってるのか分からないようなことが、今も日本中のあちこちで起こっているのである。どうか経団連の社長会長や政治家のセンセイは、日本に住む人の心がかなり病んでいることに注意してもらいたい。上がってくる数字以外のところにもっと注意を払わないと日本は再起不能になりますぞ。天災が起こってもヒトがしっかりしておれば再興できるが、ヒトが倒れるともう国はもたない。