小説 徐福と童男童女3000人の子孫⑥
徐福は自分の連れてきた一族が、自分の命じた通り母国の言葉を守り、さらに商人を通して少しずつ入ってくる母国の文化の勉強を怠らずにいることにとても満足しました。しかも最近隆盛になってきたヤマト王権の言葉も必要と見て少しづつ勉強しているようです。ヤマト王権が律令制という面倒くさい制度を布いたために、大混乱しているようですが、徐福の一族はキンの採取が主な仕事ですので農地の分配に係るこの混乱の影響は比較的小さなものでした。
キンの採取集団の立ち位置は案外難しいところがあります。キンを消費してくれる巨大な王朝がないとキンは単なるモノになってしまいます。食べることも着ることも家を建てる際の建材にもできません。だからと言って、巨大な王朝に従属してしまうと大変な利益を生む集団ですから収奪の対象になってしまいます。時の王朝から独立してそれでも仲良くやっていくだけの力を持たねばいけません。その力は武力だけではなく、王朝とは異なる独立した精神性の高い文化(ソフトパワー)も絶対必要なところです。
さてここからは、佐伯の真魚(のちの空海お大師さんのことですが)ご自身のお話を伺いたいと思います。さすがお大師さんはずーと後の世の中もご覧になっているだけあって単に博識なだけではありません。ご苦労もあったので面白いだけではなく何かと皆さんの役に立つかもしれません。
私は、小さいころおじさんに連れられて奈良の都の官吏養成学校へ行ったんだ。なんでこれからカタキになるかもしれないやつらの下僕になるための勉強をするのか訳が分からないけど、まあはじめはおとなしく退屈な勉強をしていた。そのころ街を歩いていると、お坊さんに呼び止められてあんたはいい人相しているから虚空蔵求聞持法という秘法を教えたいという申し出があった。なんでもこのお経を100万回唱えるとお経を直ちに覚えることができるという話だった。ものは試しやってみるとほんとーに効果あったな。
のちの世に大学入試という阿呆な制度ができたようだ。そこではもっぱら記憶力を試す試験があるようで、ある受験生がこの私が成功した話を聞きつけてこのお経を100万回唱えたそうだ。いいアイデアなんだけど、この人唱え終わるまでに精魂尽き果てて受験勉強にまで至らなかったという話を聞いたことがある。
さて、こんなことしていては自分の王国を建設するという目標を達せられそうにないので、あるとき仏教を勉強するためにと退学を申し出た。
ここでちょっと説明しておかねばいけないけど、仏教に限らず儒教も道教も社会を統治するための大枠と言うべきもので、決して個人の悩みにこたえるだけのものではないんだ。のちの世にはそう考える人が多くなってきたようだが、そういうものじゃなくて社会統治をする人の心得みたいなもんだ。それに仏教各派にはそれぞれそれに付随した技術や知識がある。絵画や音楽、文字や医術それに算術までついてくる。総合知識の体系で仏教の一派を招き入れるのは大きな大学一つを作る以上の値打ちがあるんだ。まあ朝廷にすれば信頼のできるシンクタンクみたいなもんだろうな。
現に、ヤマト王権は唐から様々な知識を持った学僧とともに鑑真和尚を呼び込んできた。この一派の知識を国家運営に使おうということでもちろんそれは成功しつつある。ついでにこの一派は薬草に詳しくてその栽培は大成功した。ここから多くの製薬企業が育ったんだ。
ここへ頼み込んで入学してもそれじゃヤマト朝廷の下風に立つことになる。どうあっても独立した仏教一派でないといけないんだ。のちの世の人は、私が何か悩み事があってそれを解消するために仏門に入ったと思ってる人が多いがそういうものではない。私が人々を救済すると言ったもんだから人々の悩み相談みたいに思ってくれているのはちょっと違う。社会運営の方法を画期的に改めて自分も含めてみんながうまくいく方法を探すということだな。