1分で読める小さなお寺の法話集

子育て、人材育成に関する法話を実話と歴史から紐解いて書いております。

【住職の法話。考え方を少し変えるだけで、苦しい人生が、楽しい人生に。2282話目】今回の法話の様な話は少なからず。「僕の爺ちゃん、婆ちゃんは、いったいどこにいるの」と孫が思うは、至極当然の疑問にて。

2021-10-28 11:06:03 | 法話
読者小学生から「1月、3月、8月、9月、12月の月になると友人達が『新年の、彼岸の、お盆の、今年最後の、墓参りに行くから、今日は遊べんよ』と。春休み、夏休み、冬休み、になると友人達が『田舎に帰るから、今日は遊べんよ』と。僕の家には、墓参りも、田舎もない。この時期になったら、いつも寂しい」と。

【追伸】
この小学生に「お墓はどうしたの」と尋ねると「お父さん、お母さんに『僕の家には、お墓はないの』と尋ねても『ない』とそれだけ。『僕の家には、田舎はないの』と尋ねても『ない』と両親は不機嫌に。僕の友人達は『今日は、お寺参りに』と度々。その事を両親に話すと『人の家は、人の家』と、また不機嫌に」と。対し、拙僧「君が大人になったら、親の不機嫌の理由がわかる時期が来る。その時、納得いかなかったら、また、連絡しておいで」と。