【臨時法話】 葬式、戒名の話。
今日は、行年85歳の檀家男性の葬式を正午時より。昨夜のお通夜法会の後、ご家族、ご親族、会葬者の皆さんに拙僧「お父さん(故人)ですが、見れば見るほど、よう死んどる。こんな安らかなお顔で死なれたら、笑って送るしかないよね。葬式は、人間の卒業式だもんね。明日は『おめでとう、お疲れ様でした、お世話になりました』と笑って送ってあげましょうね。葬式は、残った者が勤める故人への御礼報謝の法要ですもんな。ところで、お父さんですが、戒名を授ける上で、お父さんの人生を漢字1文字で表すとしたら、何という字を当てたいですか」とご家族の人達に尋ねると、皆々、ワイワイガヤガヤと楽しそうに意見を出し合って「温厚な性格で情に深い人だったので、その様な漢字を」と。そこで拙僧「了解」と、お通夜の席でご家族の意向を受け取り、お寺に戻って授戒を。
故人に授けたは『慈篤院情果温健居士位』という戒名(送り名)。院号の『慈篤院』は、慈しみ篤(あつ)き人柄だった事より、この字を。道号の『情果』は、生涯、青果店を営み、お客さんに情で対応してきた事より、また『情』から『りっしんべん』を除いたら『青果』となる様に、その字を。戒名の『温健』は、俗名の『健一』から貰い、温かい人柄だった事から、この字を選択しました。100年後、わが寺に座した住職に読解力があれば、この故人の戒名の意味をその家の子孫に、読み解いてくれるでしょうね。
昨今「戒名などいらん」という人が増えていますが、戒名はその家の資料になるものにて。戒名に使用されている漢字から、この人は武士、この人は百姓、この人は庄屋、だったのか、と読み取る事が。後世の子孫に「自分の先祖は、どういう人」と夢を与える資料になりますもんね。拙僧は、俗名を『山本博文』と言いますが『山本博文位』では、何をやった人か、全くわかりませんもんな。わが寺には過去帳に、江戸時代後期から戒名の残っている家が数家。これは何を意味しているかといえば、代々に渡り、誰1人として、親を粗末に扱った子孫がいなかった、という証拠にて。そんな家は当然の事ながら、円満な家庭を築いております。何故に築けておるかといえば『先祖を大事にするから、先祖からのご加護が』というよりも『感謝するという心』が、代々繋がっているからでしょうね。
拙僧は葬式を受けて、何が1番喜ばしい事か、といえば、故人に戒名を授ける事にて。赤子誕生で「こういう人間に成長してください」と、親が夢を抱いて名前を授けるのと同じ意味合い。人間の世界では、死んだ、と言いますが、拙僧らの認識では、あの世に生まれ変わったと。生まれ変わったからには、名無しの権平で行かせるわけには。わが寺では、戒名料は無料です。「戒名などいらん」という背景には、恐らく、高額な戒名料の問題が。各々のお寺さんの事情もありますので、その是非は申しませんが。さて、そろそろ、時間が近くなってきましたので、今日の葬式の準備を。
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【追伸】尚「法話が長い」と不快感を示されておられる方々には、大変心苦しく申し訳ないので、拙僧の法話が目に入らない様に『ブロック』をさせてもらっております。楽しみにされている方々もおられますので、ご理解頂きまして、それでどうか、ご容赦くださいませ。
次回の投稿法話は、4月1日になります。