中小企業のES=人間性尊重経営のパイオニア/有限会社人事・労務 矢萩 大輔 ES組織開発・人事制度改革ブログ

社員の幸せ、職場の幸せを基準に経営を、社風を変えたいと本気で思っている社長さん・人事担当者の方へのエールをあなたへ!

沼田JC「ESで地域を元気に!」セミナーレポート

2018-11-16 13:58:00 | ES
沼田JCさんがJC全体でESの取り組みをやるという話が、今年3月ごろに弊社に相談があったのですが、
その1年間の集大成ということで、今回、例会で講演をさせていただきました。



前回の5月例会にも講師としてお話をさせていただき、
若きJCのリーダーたちに語る場をいただくのはありがたい限りです。
そもそもESを取り上げるJCさんが少なく私自身も横浜青年会議所ということもあり、
担当のJCメンバーの彼には大変なテーマを掲げて大変ですが、ぜひ頑張りましょうと4月に東京まで来ていただいたときに激励を送ったほどでした。

案の定、議題を通すのに大変な思いをしたようですが、理論、そしてメンバーへアンケート、今回の11月の例会ではESを実践している企業さんをお呼びしてのパネルディスカッションと、なかなか興味深い活動だなあと私自身勉強になりました。

さて、本題に入りますとアンケート結果からいろいろなことが見えてきました。
ESを取り組んでいる企業は15.9パーセントと、やはりまだまだESは市民権を得てなくCS重視の傾向が見て取れました。



そして、興味深いのはモチベーション施策です。

1位:従業員とのコミュニケーション
2位:給与を上げる
3位:福利厚生を充実させる
4位:残業を減らした
5位:休日を増やす
6位:社内イベントやサークル



と、ほとんどの企業のモチベーション施策は、ハーズバーグの動機付け、衛生理論の言うところの衛生要因でありモラールは高まり、離職率や会社に対しても不満をなくす施策としては有効だが、モチベーションにつながるのはコミュニケーションとイベントの開催のみということで具体的なES施策にはつながらないということが見えてきました。

そして面白いことにESの取り組みをしている企業は今回パネラーとして登壇いただいた高崎のES企業で定評のある株式会社稲荷山さんをはじめ、JCのアンケートからもイベントを頻繁に行っているという結果から見てもハーズバーグの理論を裏付けています。



ここでJCメンバーさんの今回の相談内容にもなっている自立心が高く、自ら動く社員はいかにして育っていくのか?という切実なる悩みです。

実は、衛生要因のほとんどは、外部の刺激で人が行動を起こす要因になっているのです。お金や休み、地位、そして褒める、怒られるなどの承認、非承認の経営などもすべて外部からの刺激による施策でありこれでは自律した社員は育ちません。

心理学の分野での成人発達理論で著名なケンウィルバーは人間性の高まりつまり自律した社員を以下の表のように自己規範をもったレベル4以上の社員と定義付けています。

■組織の変容段階を意識した対話のあり方


では自己規範はいかにして生まれるのでしょうか?
そこには内的動機と大きくかかわってきます。内的動機は、他人から教えられて高まるのではなく、ましてや文字や言葉では伝えることができないものであるのです。

社長である皆さんと皆さんが問題にしている受け身型の社員さんとはなにが違うのでしょうか?そこには自らの仕事、そして人生においての向き合い方、あり方というものを社長である皆さんはお持ちなのではないでしょうか?
その高貴な、ふるまいはきっと師匠との出会いや尊敬する先輩、社会のなかでの経験を通して意識、無意識にかかわらず身に付けてきたのではないでしょうか?

つまりそこには言語を超えた、共感、共振、共鳴などがともなって初めて本人の気付きへと昇華され自らをマネジメントする自己規範となった行動へと高まっていくのです。

さてここでもう一つの質問、ダイバーシティ時代バラバラの価値観の社員はいかにまとめるのか?そして、いかに地域貢献と結び付けるのかという相談についてお話したいと思います。

再度ケンウィルバーの表を見ていただきましょう。ケンウィルバーは、人間性の発達段階によって意識構造の認知の枠組みが大きく変化すると述べています。

1から3のレベルの段階は認知の枠組みが自己中心的なのがわかりますね。しかし、レベル4以上からは私たち、大いなるものへと認知の枠組みが変化していきます。

そうです!実はESが高まり人間性が向上していくと実はまとめようと思わなくても自然とメンバーはまとまるのです。レベル4以上のメンバーは自然とチームの為、地域の為の行動をとろうと自らが動くのです。
チームの為にとか地域の為にとか言葉でいうよりも個人の人間力の向上をはかる試みをしていくことにより自然と組織はまとまっていくのですね。

マズローは実は欲求5段階の自己実現レベルの上に6番目として自己超越があるのだと晩年残しているのです。



自己超越とは、大いなるものに貢献したい意識です。

いまエコシステム、オープンイノベーションの試みを経営の柱に置こうと企業は躍起になっています。そこには、ES=人間性尊重経営の試みを抜きには実現が不可能なのです。

逆に言えば、イノベーティブな経営をおこなっている組織には必ず、強い個人の存在がそこにはあるといえるでしょう。

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比叡山で感じた【おごりと謙虚さ】

2018-10-31 21:21:49 | 組織開発・社風改革
こんにちは。
(有)人事・労務 社会保険労務士の畑中です。

比叡山延暦寺に行ってきました。



今回、運よく千日回峰行を行った藤波源信阿闍梨の
お話をきくことができました。

千日回峰行とは、比叡山にこもり、1日40キロほどの山を
毎日歩くなどの修行を1000日にわたって
続けるという、もっとも厳しい修行です。



途中には、お堂に入り9日間も飲まず食わずで
修行をする「堂入り」というものもあるとか。

そんな厳しい修行をした、お坊さんはどんな
いかめしい人かと想像していたら、
言葉は悪いですが、「とても明るい関西のおじさん」という
雰囲気で、そのざっくばらんな話しぶりには
おどろかされました。



ただ、いろいろお話を聞いているうちに
単に明るい、というのではなく、
ものごとへの執着心がないというか、さっぱりとしているというか
やはりそれだけの修行をされて、
普通の人には見えない心の領域に達しているように
感じました。

これは、この方以外にお会いした修行されているお坊さんにも
共通するのですが、とにかく「謙虚に」「おごらない」という
ことを盛んに言われます。
そして、実際そのような雰囲気をだされています。

ひとつ、藤波さんのお話で印象に残っているのが
千日回峰行は、実は「1000日ではなく975日で修業をやめる」
そうなんです。

え、千日回峰行って言っているのに、25日も足らないじゃん!
と、思ってしまいましたが
「1000日やれば、達成感がでてしまい、おごりが出てくる。だから
あえて、1000日はやらない」というのです

なるほど、周囲から「1000日も修行してすごいですね」と、その後の人生
ずっと言われ続けるわけで、それを言われるたびに
「実はまだ25日残っている」
と思い、謙虚な気持ちになるというのです。

これって、すごく人間の心理をついていると思いました。

何かが足りないから謙虚になれる
何かを達成した(と本人が思ってしまった)ところから、
人間の慢心は生まれるのだなと。

会社での人材教育も全く同じことが言えます
何かにチャレンジさせ、成功体験を経て自信をつけさすことは
とても重要ですが、そのことに満足してしまい
それがおごりや謙虚さをなくしてしまうことになれば
それで成長はとまってしまいます。

それどころか、おごりからは、せっかくの成功体験を
悪影響にかえてしまうことすらあります。

私もそろそろ50歳が見えてきました。
どうしても「これからやりたいこと、できていないこと」
よりも、「これまでやってきたこと。がんばって成し遂げたこと」
の、話をすることが多くなってきたような気がします。

うーん、おごりの領域に入ってきている・・・。



たった2日間の滞在でしたが、多くの修行僧の方らからお話を聞き
写経をし、座禅をし、普段とは違う空間で、
少しですが、今の自分を見つめなおせたような気がしました。
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Jordan(ヨルダン)へ旅をしてきました!!!

2018-10-29 20:19:43 | 日記
Jordan(ヨルダン)へ旅をしてきました!!!


訪れた地は、Amman(アンマン)→Madaba(マダバ)→Mt.Nebo(ネオ山)→Umm Al-Rasas(ウンム・アル・ラサース)→Petra(ペトラ)→Wadi Rum(ワディ・ラム)→Dead sea(死海)

紀元前から続く巨大遺跡では、たくさんの民族の歴史と、小さな小さな人間が創り出す、果てしもなく大きな力を感じます。広大に続く砂漠では、自然の力が創り出す地球の美しさ、自分の小ささを痛感します。人々とのその生活に触れ、生きることは「命をいただいていること」という現実を目の当たりにしました。1日5回流れるコーランの響きも私にとっては魅力の一つ。

ただ、残念なことに、多くの途上国といわれる国では、あてはまることかもしれませんが、町にはゴミがあふれています。町中に公共のゴミ箱はあるのですが、分別は全くされていません。道のいたるところには、更には畑と思しき道路沿いの敷地にも、ペットボトル、空き缶やゴミ・タイヤなどが散乱しています。そのゴミはやがて市などに雇われた清掃員の人が掃除をしてくれるらしいのですが…
特に目につくのは、タバコの吸い殻です。ヨルダン(中東の国)ではタバコに寛容で、ほとんどの男性がタバコを吸います。そしてポイっと…

左:町中のゴミ箱。ゴミ箱があるというのにその周りにはタバコの吸い殻が散乱
右:遺跡にもポイっと…ちょっと腹が立つ!

  

ポイ捨てすることが悪いことだという価値観がないのです。
もっと言うならば、このポイ捨ては、清掃員の人の仕事をつくっているという考えを持っています。
彼らは、自身の国に誇りをもち、家族や先祖をとても大切にしています。またイスラムの教えを忠実に守り心の支えにしています。
なのに、何十年後先の環境(自分の子供たちが暮らすであろう未来の環境)については、ほとんどの人が口にしません。「今」を生きることが精いっぱいの国だからなのでしょうか。
彼らにとって仕事とは、生きることに直結していることであり、家族を守る糧なのです。
だから、彼らはお金のために必死です。何十年も先の過ごしやすい地球よりも、「今」が大切なのでしょう。
今、ヨルダンでも国が深刻なごみ問題について動き始めたという話を耳にしました。まずは子供の教育から変える取り組みをしているそうです。
「地球温暖化」「地球を守ろう」と叫んだところで、彼らにはピンとこないのだと思います。それは自分の生活に直結していないから。
でも、ヨルダンの人々は自分たちの町や国を愛しています。先祖や先人を敬う気持ちは大きなものです。その先人たちが残した歴史や暮らしが崩れると知ったら、きっと彼ら自身が一番悲しむのだと感じます。だからきっと、その側面から、ゴミ問題に取り組むことができたら、きっと一歩はとても力強いものになるような気がします。
今までの価値観を変えていこうとするとき、理想や意義を伝える以上に大切なこと。それは、その人たちの価値観に寄り添って、合った形で考えていくということなのではないかと強く感じました。
私たちの会社には、若いスタッフが増えました。趣味や目にするものすべてが違います。
文化を伝えながらも新しい風を取り込んでいくためにも、こういった視点は仕事においても大切だなと感じました。

ゴミの話を長々と書きましたが、それはヨルダンの一面です。
本当に魅力的で、親日的でとても温かい人々が暮らす国ヨルダンの魅力を紹介します!


Petraペトラ遺跡:人間がこんなにも小さい。




Petraペトラ遺跡:超巨大な古代遺跡。これらの神殿はすべて大きな岩を上部から削りながら創っていったらしい。

  

Petraペトラ遺跡:タクシーがわりのドンキ―やラクダのたくさんの「落とし物」を掃除するおじさん



こんなに小さな子供たちも生活のための大事な稼ぎ手。自分で拾ったペトラの綺麗な石やポストカードを売っています。


  
Wadi Rumワディ・ラム:キリスト教時代初期にアラビア半島から移り住んできたとされる人々が描いた壁画。広大な砂漠の中に、こういった絵や文字がたくさんあります。描かれているのはラクダでしょう。



Wadi Rumワディ・ラム:私の存在も悩みもすべてがちっぽけに感じる!



国土の大半が砂漠地帯なのに、豊富な野菜や果物もたくさん



ヨルダンの人々:親日で、とってもフレンドリーで温かい!だけどちょっと気が短いところも…




DEAD SEA(死海):立ったままの体勢でもプカプカと!誰でも浮くって本当だった!!天然の泥パックはやり放題です。



超巨大な遺跡や、砂漠そこで暮らす人々に触れ合い、地球・自然・そして人間の持つ命の偉大さを感じました。本当に素敵な国です。シュクラーン(ありがとう)!ヨルダン!
そして、不在の間、私の分まで頑張ってくれた事務所の皆さん、シュクラーン!



Warmest greetings from Mayuko.k



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ネイティブアメリカンのスウェットロッジ体験、 生まれ変わりの儀式で感じた「あるがまま」の暮らしと働き方。

2018-10-18 17:36:08 | ダイバーシティ
皆さま、こんにちは!社会保険労務士&WorldShiftコミュニケータの原田です。

今回は、今年の5月に参加した【あるがままの自分を知る新体験ーネイティブアメリカンのスウェットロッジ体験】を通して感じた、「あるがまま」の暮らしと働き方について紹介したいと思います。



*スウェットロッジは、ネイティブアメリカン・ラコタ族に伝わる儀式の一つ。マヤ、アステカやエスキモーなどなど世界中の先住民儀式に見られるものでもある。文字通り、「汗の小屋」という意味で、10名から20名程度が入れるムロをつくり、その中に焼けた石を入れた蒸し風呂の中に入る。ラコタ語では「イニーピー」といい「子宮回帰」を意味する。母なる大地の子宮であるロッジは、身体、精神、魂を浄化する聖なる空間として、ラコタ族にとっては季節ごとや毎週ごとなどなど定期的に執り行う日常的なものでなくてはならない儀式の一つである。(引用:今流行りのマインドフルネスに物申す。29年間ネイティブアメリカンと共に生きてきたぼくが伝えたい、本当の「あるがままに生きる」とは?)

目次
◼︎「周縁化」全体性を取り戻しあるがままを生きる
◼︎「生まれ変わる」ってどういうこと?
◼︎「生きる」生まれた瞬間、選択が始まる



◼︎「周縁化」全体性を取り戻しあるがままを生きる

スウェットロッジの中に入るまでの間には、いくつかのワークを行ったのですが、それらはどれも、考えるから感じるためのワークでした。

ワークをしながら感じたのはいかに自分が普段、「考える」ということに慣れて「感じる」ということを忘れてしまっているかということ。

ワークを受けながら、感覚にゆだねて心の声に耳を傾けてみようとするのですが、しばらくすると、「あれ?何も浮かんでこない!やばっ!」っとなり、結局、”考える”に引き戻されるということを繰り返していました。(力を入れること以上に抜くことのほうが難しい!)

ワークの中ではいろんな話を聞かせていただいたのですが、特に印象に残っているキーワードが「周縁化(しゅうえんか)」という言葉です。

周縁化という言葉を別の言い方で表すと「あるものをないことにすること」、普段の生活の中で、本当は気になっていたり、なんとしなければいけないと感じていたとしても、見ないようにしていることや向き合えていないと感じていることは多かれ少なかれ誰もがもっているものではないでしょうか。

ここからが本題ですが、「あるがまま」を取り戻していくためには、この陰に追いやり、あるのに見えないことにしていることに目を向け向き合っていくことが必要なのだということを知りました。(そして、自分が何を陰に追いやってしまっているのかを知るのは意外と難しい!)

最近流行りのティール組織の本の中では「全体性を取り戻す」というキーワードが出てくるのですが、あるがままに生きるということは、周縁化していることを知り全体性を取り戻していくことでもあり、だとすれば、ティール組織の特徴であるコントロールを排除した働き方の先にある働き方とは、あるがままの働き方と同じなのではないかと考えています。

スウェットロッジは強制的な瞑想の場であり、強制的に「考えるから感じる」を体験できる場でもあると感じました。自分が陰に追いやっていることが何なのかに気づくことは難しいですが、それに気づくことができるのです。

働き方改革において、そもそも何のために働き方を変えようとしているのか?今の働き方の何に違和感を感じているのか?(目に見えやすく取り組みやすいからやるのではなく、自分たちが自分たちらしく働くために本当に向き合って変えていかなければいけないことは何なのか?)ということを本当の意味で分かった上で取り組みをしている企業は意外と少ないのではないでしょうか。

働き方改革を実践し理想の働き方を手に入れるために大切なのは、自分たちが職場において周縁化していることを知ること、陰に追いやって向き合えていない何かを知るということかもしれません。

皆さんの職場にも、本当は気になっているけれどそのままになっていること、周縁化してしまっていることはありませんか?

 
◼︎「生まれ変わる」ってどういうこと?
今向き合うべきことを知ることができたとして、生まれ変わるためにはどうしたらよいのでしょうか?

ここからは、生まれ変わりの儀式であるスウェットロッジをいざ体験してみて感じたことを交えながら紹介します。(かなりダイジェスト版になりますがご了承くださいませ)

真っ赤に焼きあがった石に水をかけるとスウェットロッジ内の温度は一気に100度近くまで上がります。最初は軽いパニック状態ですが、その中で、祈りを捧げ歌を歌い、一人一人の祈りを共有しいくということを行います。(歌を歌うことには、力を抜き呼吸を整えるという効果も!苦しい時ほど意識して歌うことで苦痛が和らぎます)

一瞬ならば耐えられるのかもしれませんが、数時間の間はスウェットロッジの中で過ごすこととなります。(まさしく強制的瞑想でした)

祈りの順番までには少し時間があり、自分がどんな祈りをするのか考えていました。右脳で感じようとしつつ左脳で話をまとめようと考えての行ったり来たり、結局、まとめることはできないままに自分の祈りの順番が!

「では次の方、祈りをお願いします」と言ってくれれば良いのですが、スウェットロッジ内の儀式は日本語で進められているわけではないので、何を言っているのか分からず、きっと、そろそろ自分の順番だなと思いつつ、タイミングも分からず。。


「あー、もう言っちゃえ!!」


プッツン・・・
意識が飛びました。

容量が切れ、”考える”がもはやできなくなり委ねるしかできない状態だったのだと思います。

そして、自分の口から出てきた言葉はというと、これまでに頭の中で考えていたこととは全く異なるものでした。自分が話しているのだけれど、誰かが話しているのを聞いているような不思議な感覚でした。

自分の祈りが終わり、一緒に参加したメンバーの祈りが終わった後も儀式は続き、その間、「生まれ変わるとはどういうことなのか?」ということを考えていました。
その中で「生まれ変わる」ことに対する自分なりの気づきがありました。

「あ、わかった・・」


「これ、そのままだ。」


生まれかわりの儀式といっても、何か特別な力やスキルが与えられて生まれ変わるのではない。日々の生活の中で、周縁化して、見えないようにしていたこと、陰に追いやってきたことを知り、今ここを生きるために、自分が何を求めているのか?あるがままの自分で生きるためにいま向き合うべきことに気づかせてくれた状態で、はい!スタート!

周縁化して、「今ここ」にいない私たちに対して気づきを与え、本音の欲求と向き合うべき課題を教えてくれる「今ここを生きるため」の儀式だったのです。(あくまで私の解釈です)

◼︎「生きる」生まれた瞬間、選択が始まる

もう一つの気づきは、生まれた瞬間、選択が始まるということです。

「生まれ変わりの儀式」に参加し、自分が何を求めているのか?陰に追いやってきことは何なのか?今ここを生きるために向き合うべきことは何なのかを知ることができたとしても、生まれた後(スウェットロッジから出た後)、その向き合うべき課題に向き合っていくかは自分の選択にかかっているのです。

向き合いあるがままの生き方を手に入れる道も選べるし、これまでと同じように、周縁化しこれまでと同じ生活にもどることもできるのです。

ですので、何度生まれ変わりの儀式に参加し、あるがままの自分になるために向き合うべきことを知ったとしても、実際に向き合うということをしなければ何度生まれ変わったとしてもあるがままの生活を手に入れることはできないのです。

これは、企業の働き方改革においても似たようなことが言えると思います。

理念研修やワークショップなどを行い、理想の働き方についてメンバーと語り合う場を設けその場では盛り上がったとしても、翌日になりこれまでの働き方に戻ってしまうのでは何度研修やワークショップを行っても働き方を変えていくことは難しいでしょう。

変わるためには、当たり前のことですが、自ら選択し変わっていくことが必要なのです。

スティーブ・ジョブスは、毎日、「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか? 」という問いかけを自分にしていたという有名な話があります。

そして、答えがノーの場合は、具体的な何かを変えなければいけないと。

今回、生まれ変わりの儀式であるスウェットロッジに参加して、人は「今ここ」からなら何度でも生まれ変わることができるという気づきがありました。しかし、何度生まれ変わったとしても自らの選択が変わらないのであればそこにあるのは同じ暮らしであり働き方です。

「生まれる」と選択が始まる。私たちは「あるがまま」の暮らしと働き方を選択することもできるし、今の暮らしや働き方を続けていくこともできる。

もし、暮らしや働き方を変えたいと願うのであれば、自らがどんな暮らしや働き方を求めているのかという本音の欲求を知り今の暮らしや働き方の中で周縁化してしまっている向き合うべき課題を知ることが大切ですし、あるがままの暮らしと働き方は外から与えられるものではなく自ら選択し手に入れていくものなのでしょう。

皆さんは、今の暮らしや働き方から生まれ変わりたいと思いますか?それとも生まれ変わったとしても今の暮らしや働き方をそのままリピートしたいと思いますか?


以上!


文:原田 真吾 社会保険労務士/WorldShiftコミュニケータ/ 熊本生まれ。学生時代、「満員電車の中の疲れきったサラリーマンにはなりたくない」との思いから「働き方」に興味をもち、労務管理唯一の国家資格である社会保険労務士の資格を取得。卒業後は介護会社に就職し、現場経験後、本社勤務スタッフとして経験をつむ。「働き方」と向き合う中で「働き方」の先にある「暮らし方」への感心が高まり、「地球一個分の暮らし」を目標として掲げる。「地球を愛する 地球から愛される」をあいことばに地球一個分の暮らしと、それを実現するための働き方を目指し活動中。の働き方を目指し活動中。
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ケンウィルバーに学ぶ経営スタイルの進化と個人の意識レベルの進化の関連 ~人間尊重型大家族主義経営・ティールの次は日本型経営だ~

2018-10-16 10:36:42 | 組織開発・社風改革
管理型組織から現場主義の自律分散型組織への移行がなかなか進まないという
相談をよくいただきます。

社長の考えは、社員の当事者意識がない!どうすればよいのだ!というもの。
でもちょっと待ってください。
本当に、社員の当事者意識だけの問題なのでしょうか?



トランスパーソナル心理学の論客として定評のあるケンウィルバーは、
個人の意識のレベルを4つの段階で分けています。

http://esr-j.com/?p=2047

自律分散型組織への移行は、実は個人の意識レベルの進化と経営者自身の
意識レベルの相互の進化の過程で経営のスタイルが決まるというのです。

http://esr-j.com/?p=2050

つまり、自律分散型組織のリーダーは、成熟した自我という段階のリーダーであるということ、
そして、社員は後期自我以上の社員であるという組み合わせでないと自律分散型組織への
移行は成り立たないというわけです。

ここでペルソナとシャドーという心理学用語の解説をしましょう。

ペルソナとは、自分自身がこうあるべきだと社会性のなかで育ててきた理性、
意識のうえでの自分の在り方、姿のことを言います。

そして、シャドーというのは、あってはならないとペルソナからはみ出した
衝動や部分人格をはじめとして無意識レベルで抑圧され蓄積された巨大なモンスターだと
人間性尊重型大家族主義経営の天外伺朗さんは著書の中で述べています。

つまり、自律分散型のリーダーは、ピラミッド型組織の後期自我のリーダーの
シャドーによる恐れからくる戦いモードでの仕事観、人生観としてではなく、
自己への信頼、社会への信頼といったより大きな歴史観、宇宙観とでも
いうような真善美をよりどころとしたリーダーシップで組織を動かすリーダー
といえましょう。

最近はやりのリーダーシップのスタイルであるサーバント(奉仕型)リーダーというのはこの
範疇に入るものと思われます。

皆さんのまわりにも余計な支持をしなくてもその人がいるだけで空気がかわるリーダー
っていませんか?
身近な例で言えばうちの空手の師範。80歳の高齢で
現役たちに空手を道場に来て教える機会は減ったものの師範が
道場にいるだけで道場の全体の雰囲気が変わります。

大会で勝つとか昇段するためにはという次元でなく生涯スポーツとしての空手とは、
いまの流派をより社会に歴史に残し貢献していく為にはいまどうあるべきなのか!

そしてその師範が言っているのは寺子屋方式で自分が習いたい形や技を道場生は
先生に見てもらうのです。

道場生も言われてやるような中期自我ではなく試合に勝とう、昇段しようと少なくとも
後期自我以上の道場生しか残らない仕組みなのです。

ケンウィルバーは、経営において後期自我のスタイルが悪いとは一概にはいっていません。
マクロでみれば、戦後の日本の経済の発展も、そして私自身もサラリーマン時代に成し遂げられなかったことを
やろうと起業したわけで今思えばサラリーマン時代のその時のマイナスに感じていたことこそある時期までは
経営の強いエネルギーであったわけです。

しかし、後期自我のスタイルが戦いをベースにしている以上、すべてを現場に任すことはできません。
自分が先頭で俺についてこいと刀を振り回す大将のような経営スタイルです。
常に戦っていないと精神的に不安定になるとケンウィルバーは述べています。

こうしてみると、一概に社員だけの問題ではなさそうですね。経営者自身の意識の進化という
シャドーに向き合っていく。
私自身もリーダーシップの旅の途中だなあと天外さんの書籍から大いに学ばせていただきました。
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