やっせんBO医

日本の教科書に記載されていない事項を中心にした個人的見解ですが、環境に恵まれず孤独に研鑽に励んでいる方に。

糖尿病による呼吸器合併症

2014年01月31日 04時14分37秒 | 全身疾患と肺
日本における糖尿病患者は予備群も合わせると2000万人を超えるという。脳卒中、虚血性心疾患をはじめとする合併症は患者のQOLを著しく低下させるのみならず、医療経済的にも大きな負担を社会に強いており、今後も社会の高齢化にしたがって増大することが予測されている。国が“5疾病”の一つとして対策に力を入れざるを得ないのは当然ながら、地域のなかで活動する臨床医にとってもその力量が問われる疾患であるはずだ。

糖尿病治療のポイントがその予防も含めて合併症の管理にあるのはいうまでもない。上述の心血管病変や三大合併症がその代表であるのは誰しも知るところだろう。では呼吸器系についてはどうかと言えば、科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン2013(日本糖尿病学会ホームページ)や糖尿病治療ガイド2102-2013(日本糖尿病学会編)をめくってみても記載がない。しかしながら、ひとたびPubMedを検索すれば表示される文献の数に一驚するのである。

糖尿病が肺炎などの感染症リスクを増すのはもちろん、予後をも悪化させるのは周知だろう(Clin Infect Dis 2005; 41: 281-288、Diabetes Care 2005; 28: 810-815)。糖尿病は大気汚染物質による有害作用への感受性を高め(Am J Respir Crit Care Med 2001; 164: 831-833)、肺線維症との関連が指摘されている一方で(Respir Med 2009; 103: 927-931)、ALI/ARDSの発症には抑制的に作用していることが示されている(Crit Care Med 2009; 37: 2455-2464)。肺癌についても34研究を対象としたメタアナリシスによれば、喫煙状態で補正した研究に限定した場合、糖尿病は非糖尿病と比較して有意に肺癌リスクの増加と関連し(relative risk 1.11)、この効果はとくに女性で際だっていたという(Eur J Cancer 2013; 49: 2411-2423)。逆に、抗糖尿病薬は肺癌リスクを低減させることが報告されている(Clin Lung Cancer 2012; 13: 143-148)。さらに驚くべきことに、肺癌1677症例の解析では糖尿病患者群の生存率は非糖尿病患者群より高く、Cox回帰モデルにおいて年齢、性、組織所見、病期を補正すると、生存に対するハザード比は0.55であったことも明らかにされた(J Thorac Oncol 2011; 6: 1810-1817)。

これらの知見だけでも極めて興味深いものであるには違いないが、糖尿病による合併症といえばMacro-/Microangiopathyだろう。とすれば肺も血管に富む臓器である以上、何らかの病変を伴って不思議ではない。実際、そのような観点からすでに数多くの研究がなされている。たとえば、糖尿病6例、対照6例の剖検により得られた肺と腎の検体について電顕で評価したところ、肺胞上皮や肺毛細血管内皮の基底膜(BL)は対照に比べ有意に肥厚しており、その点においては腎糸球体毛細血管のBLにみられた変化と同様であったという(Respiration 1999; 66: 14-19)。このような糖尿病性微小血管障害はしばしば肺拡散能の低下をもたらすと説明される(Intern Med 1992; 31: 189-193)。また、健常者において、DLcoは座位より仰臥位のほうが増えることが知られているけれども、糖尿病者ではこの現象が見られなくなるらしい(Chest 1996; 110: 1009-1013)。肺血流やDLco、肺毛細血管容量が労作時に減少することも観察されており、糖尿病では肺微小血管予備能が低下すると称されることがある(Diabetes Care 2008; 31: 1596-1601)。

糖尿病患者にみられる呼吸機能障害は拡散能低下にとどまらない。40試験のデータを統合したメタアナリシス(糖尿病患者3182名と対照27080名)では、糖尿病患者において軽度ながら有意な拘束性肺機能障害がみられており(Chest 2010; 138: 393-406)、また糖尿病者266人を含む成人17506人の観察によれば、糖尿病患者は非糖尿病患者に比べてFEV1・FVC値が低かったものの、15年以上の経過における肺機能の低下の程度は両者に差がなかった(Eur Respir J 2002; 20: 1406-1412)。一方で、community-based cohortから抽出された呼吸器疾患の既往のない2型糖尿病患者125名を平均7.0年フォローした研究では肺機能検査値の経時的な低下の予測因子は血糖コントロール不良であり、さらにCox proportional hazards modelにて解析した結果、%FEV1の低下は全死亡の独立した予測因子であったという(Diabetes Care 2004; 27: 752-757)。

以上のように糖尿病患者にみられる呼吸機能障害は多様であるけれども、臨床的な意義はそれほど大きなものではない。それでも、神経・筋障害を合併する症例や換気応答が低下している者、基礎にその他の心肺疾患を有する患者では問題となりうるだろう(Rev Diabet Stud 2012; 9: 23-35)。そして、インスリンやメトホルミンなどの血糖降下薬が肺機能を改善させる可能性さえ指摘されているようだ(Cardiovasc Diabetol 2012; 11: 132、Diabetes Care 2002; 25: 1802-1806)。

日本で糖尿病有病者が増加している第一の要因は高齢化だと言われる。プライマリケア・総合診療の果たす役割が今後ますます大きくなるのは間違いないだろう。食事療法や薬物の管理が困難な高齢者はもちろんのこと、独居者、そして経済的に余裕がなく通院を継続できない者など、従来の診療の枠組みのみでは管理困難な状況も増えつつあるのが現状である。所属する組織の枠を超え、多職種が共同して対応する場面がむしろ日常的になり、知らず知らずのうちにゆるやかなチームを形成している。本来の自分の役割を果たすだけでは患者の健康という目的を達成することができない。そのことに気づき、柔軟に動くことのできる者こそがこれからの時代に生き残っていくのかもしれない。 (2014.1.31)