やっせんBO医

日本の教科書に記載されていない事項を中心にした個人的見解ですが、環境に恵まれず孤独に研鑽に励んでいる方に。

Hepatopulmonary axis

2010年01月12日 05時34分28秒 | 全身疾患と肺
今回は肝と肺の組み合わせを取り上げてみたい。大酒家はしばしば同時に喫煙者でもあり、肝臓に加えて肺気腫などの呼吸器疾患を合併している症例や、末期肝硬変から易感染性をきたし肺炎を合併するなどの事例には事欠かない、というのはその通りだが、それだけでは済まないのが臨床の奥深いところだ。

まず解剖学的に眺めてみると、肝から出て行く血液は直接に肺に流入する。したがって、肝に輸送された物質の解毒が行われず、また逆に有害な物質が産生されるようなことがあれば、肺に影響を及ぼすであろうことは容易に予想される。さらに肝には門脈を介して消化管からの血流が流入してくることから、特に“Gut-Liver-Lung axis”と紹介する教科書もある(Fishman’s Pulmonary Diseases and Disorders. 4th ed. McGraw-Hill 2008)。しかしながら、消化管から肝、そして肺と各臓器が解剖学的ないし病態的に緊密に関連していることが臨床的に重要な意味を持つ例は案外少なく、吸収された薬毒物の肝臓への流入など特殊なものに限られる。そのかわり、単純に肺と肝の両者に病変を認めることが多い一群をまとめておくほうが鑑別診断の検討には役立つはずだ。Hepatopulmonary axisという名称はそのような文脈で用いられるもので、したがって、これは病態生理的な観点を示すものではない(Radiographics 2000; 20: 687-698)。あくまでも便宜的なもので、先天性疾患、炎症性疾患、外因性の毒素によるものなど多様な機序のものがそこには含まれている。

α1-antitrypsin欠損症は、肺気腫の成因を説明する仮説の一つであるプロテアーゼ-アンチプロテアーゼ不均衡説の中で必ずといってよいほど取り上げられている(Curr Opin Pulm Med 2005; 11: 153-159)。欧米では高頻度にみられるが日本人ではきわめてまれである。主に下肺野に汎小葉性肺気腫が形成され、40~50歳代で呼吸困難症状が出現するのが典型的だが、その他気管支拡張症がみられることもある。あまり知られていないようだが肝硬変をきたすため、このカテゴリーに含まれるのである。Cystic fibrosisも同様で、こちらは気管支拡張症が主なものだ。肝病変が問題になることは比較的少なく、肝臓への脂肪沈着、胆汁性肝硬変などが記載されている(Radiographics 2000; 20: 687-698)。粘膜・皮膚・肺・脳・消化管の血管異常を特徴とするOsler-Weber-Rendu病も肝に病変がみられることは稀でない。

炎症性ないし自己免疫性疾患の代表的なものは原発性胆汁性肝硬変(PBC)である。もともとシェーグレン症候群や関節リウマチ、橋本病、強皮症、サルコイドーシスとの関連が指摘されていたが、間質性肺炎を合併することも知られている。Organizing pneumonia(OP)やlymphocytic interstitial pneumonia(LIP)、nonspecific interstitial pneumonia(NSIP)、usual interstitial pneumonia(UIP)などが挙げられている(Clinical Respiratory Medicine. 3rd ed. Mosby 2008)。また、自己免疫性肝炎とSLEの関連はしばしば言及されるところだが、これもNSIPやUIPを合併するという。肝病変を伴うサルコイドーシスもここに入れておいてよいだろう。

頻度からすれば薬剤によるものを先に挙げるべきかもしれない。多くの薬剤が肺/肝障害をきたすことが知られており、薬物治療中であれば常に念頭に置かれるべきだ。日本において慢性肝炎に対する漢方薬やインターフェロン療法により間質性肺炎が多発し死亡例まで出したことは強い印象を残した。そこで議論されているのがHCVの関与である。特発性肺線維症(IPF)患者では対照群に比べHCV抗体陽性者が有意に高頻度であるとの報告があり(Am Rev Respir Dis 1992; 146: 266-268)、加齢・喫煙・肝硬変がHCV陽性患者におけるIPFの発症に関連すると指摘するものがある(World J Gastroenterol 2008; 14: 5880-5886)。HCV陽性患者では肺胞領域に潜在的炎症の存在が示唆されているものの、その機序についてはいまだ明らかではない(Thorax 1996; 51: 312-314)。いまだ充分なエビデンスが得られているものではないと評価すべきだろう。

実はこれで終わりというわけではない。次回、肝疾患の合併症としての呼吸器疾患をまとめてみる。 (2010.1.12)