やっせんBO医

日本の教科書に記載されていない事項を中心にした個人的見解ですが、環境に恵まれず孤独に研鑽に励んでいる方に。

誤嚥と肺線維症

2013年12月09日 04時48分51秒 | びまん性肺疾患
日常臨床で誤嚥を繰り返す症例への対応に苦労することが少なくない。嚥下性肺炎はその代表的なものと言えるけれども、肺浸潤影や結節影の原因としての誤嚥は想像以上にしばしば過小評価されているようだ(Am J Surg Pathol 2007; 31: 752-759)。胃食道逆流(GER)が慢性咳嗽、喉頭炎、気管支喘息、胸痛など食道を超えた領域の疾患にまで関与しているというのはもはやよく知られたことであり、その病態の重要な部分を占めているのも誤嚥である(Swiss Med Wkly 2012; 142: w13544)。ともすれば専門医から忌避され、結果的に総合診療医が苦慮していることの多い誤嚥なのだが、一般に認識されている以上に様々な疾患・病態に関わっている。ここに述べる特発性肺線維症(IPF)もその一つとして最近注目を集めているのだ。

IPFはその定義により原因が明らかでないものとされているとはいえ、喫煙や木材・金属粉塵、慢性ウイルス感染、抗うつ薬等の薬剤、遺伝要因などとの関連が示唆されてきた。慢性のMicroaspirationについても、IPFの発現や自然経過に何らかの役割を果たしている可能性が指摘されたのはそれほど新しいことではない(Thorax 2009; 64: 167-173)。しかしながら、それを直接証明するのは難しく、代わりにMicroaspirationのリスク因子と想定されるGERとの関連に焦点が当てられてきたのである。

たとえば、24時間食道pHモニタリングによる検討ではIPF患者30人のうち20人(67%)がGERを有していた(J Thorac Cardiovasc Surg 2007; 133: 1078-1084)。同様に連続65例のIPF患者を対象とした前向きの研究においても87%もの高い頻度でGERが検出され、対照群のGER症状を有する不応性喘息患者133例と比較しても有意に多かった(Eur Respir J 2006; 27: 136-142)。逆にGERを有する患者を評価したところやはり肺線維症を有する頻度が高く(Age Ageing 1992; 21: 250-255)、米国退役軍人20万人以上におけるcase control studyでは、びらん性食道炎の患者はそうでない患者に比較して肺線維症が多く、OR(odds ratio)は1.36であったという(Gastroenterology 1997; 113: 755-760)。 

IPFとGERに何らかの関連が疑われるとしても、GERがそのままMicroaspirationの存在を保証するものではない以上、誤嚥の寄与についてさらなる評価が要求されるのは当然だ(Am J Med 2010; 123: 304-311)。肺シンチクラフィー検査を用いた検討では、健常成人においても約半数が少量ながら口腔咽頭内容物を誤嚥していた(Chest 1997; 111: 1266-1272)。また、24時間pHモニタリングがGER診断のgold standardとみなされてはいるものの、そもそもpHの変化では捉えきれないGERもある。そこで誤嚥のより直接的な指標としてBALF中胆汁酸塩を用いた研究も行われているようだ。IPFではないが、肺移植を受けた50人の患者を前向きに調査した研究によれば、BOS(bronchiolitis obliterans syndrome)は術後早い時期でのBALF中胆汁酸塩が高かった例に多く発症していたという(Am J Transplant 2006; 6: 1930-1938)。

そして驚くべきことに、GERを治療することによってIPFの自然経過に好ましい効果が得られる可能性さえ報告されているのだ。GERを有する新規診断IPF患者でGER治療(PPIと必要に応じて噴門形成術を行った)のみを選択した4名を2~6年観察した後ろ向きの研究がある(Chest 2006; 129: 794-800)。肺機能検査データは適切に治療されている期間は安定ないし改善しており、急性増悪や呼吸器の問題に対する治療を必要としなかった。1名は5年目に毎日の治療に対するコンプライアンスが不良となったことに関連して悪化し、その他のもう一人の患者もアドヒアランス不良に伴って悪化した後に治療を遵守することで再び安定したという。別の報告では、肺移植待機患者149名のうち、重篤なGERに対しNissen法による腹腔鏡下噴門形成術を施行されたIPF患者14名は平均15か月のフォローアップ期間中に肺機能の低下はなく、6分間歩行による運動機能も保たれ、酸素の必要量も安定していたのに対し、噴門形成術を施行されなかった移植待機IPF患者31名においては酸素の必要量が有意に増えたとされている(J Thorac Cardiovasc Surg 2006; 131: 438-446)。やはり後ろ向きに同定されたIPF患者204名のコホートを対象に回帰分析を行ったところ、GER治療の実施がより長い生存時間の独立した予測因子であり、しかも、画像上の線維化スコアが低いことと関連していた(Am J Respir Crit Care Med 2011; 184: 1390-1394)。

ここで見てきたように、GERに続発した慢性的なMicroaspirationがIPFの成立や進行に寄与していることを示唆するエビデンスが蓄積されつつある。IPFでときにみられる急性増悪もMicroaspirationが関わっているかもしれない(Am J Respir Crit Care Med 2007; 176: 636-643)。しかしながらこれまでのところ、このことを確認する大規模前向き試験はまだ行われていないようだ。誤嚥が関係しているにしても、そこには咳嗽反射やMucociliary clearance、免疫機能などの生体側の反応はもちろんのこと、誤嚥したものの性状や量、誤嚥の頻度など数多くの因子が絡み合っているに違いない。それでも、有効な治療法が限られ予後不良とされるIPFのなかに抗GER治療によって利益が得られるsubsetが存在するかもしれないのである。これからも一つひとつ解きほぐしていく作業が続けられていくことだろう。 (2013.12.9)