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やっせんBO医

日本の教科書に記載されていない事項を中心にした個人的見解ですが、環境に恵まれず孤独に研鑽に励んでいる方に。

嚥下性肺炎と胃瘻

2012年06月04日 05時02分31秒 | 感染症
いかに生き、いかに死ぬか。人間に突き付けられたこの問いをめぐって、古来さまざまに思索が重ねられてきた。それは唯物的享楽主義が極まったかのようにみえる現代においても、関心が薄れるどころかますます多くの人々の心をとらえて離さない。人生の終末期に日常的にかかわっている医療現場においてはなおのこと日々問い直されてしかるべきだろうが、そんなことにいちいち拘泥してはいられない、との声も聞こえてきそうである。ベルトコンベア式に次からつぎへと課題を処理しなければ病院機能がストップしてしまいかねないというのだろう。とはいえ、患者にとって最善の治療が何であるのかを模索するのが医療の務めであるとすれば、このことを無視してはならないように思うのだ。

このことが端的に顕われているひとつの例として嚥下障害を抱えた高齢者に対する対応が挙げられるだろう。経口摂取が困難、あるいは誤嚥を繰り返している患者に対して真摯に対応しようとすれば、嚥下機能を評価したうえでそれに応じた訓練を行い、さらに、より安全な食物形態や食事の姿勢を探っていくのが筋である。最近では口腔ケアの重要性が認識され、嚥下機能の改善に薬物療法が試みられることも少なくないけれども、もちろんそれで解決するとは限らない。評価さえ十分に行えず、次の一手に苦慮した挙句、経管栄養を導入せざるを得ないとあきらめてしまうことも稀ではないのだ。

誤嚥を繰り返す患者の予後は今さら言うまでもなく不良である。嚥下性肺炎の発症を機に胃瘻(PEG)を造設された、というのもよく聞く話だろう。けれども、その意思決定の場面では医学的根拠を踏まえて十分に検討がなされているだろうか。安直にも、経口摂取をやめれば誤嚥がなくなり(誤嚥が減り)、予後も改善するに違いないと思い込み、PEGを勧めているようなことはないだろうか。

実のところ胃瘻からの経管栄養により予後が改善するという明確なエビデンスはない(老年医学 2007; 45: 1289-1293)。PEG造設した症例においても誤嚥性肺炎はしばしば経験されるのだ。たとえ経口摂取をやめたとしても当然のことながら唾液は分泌され、口腔内細菌などとともに気道内に流入するリスクはそのまま残される。それどころか、胃瘻チューブを留置することで下部食道括約筋の緊張が低下するため胃食道逆流は起こりやすくなるとの報告があり、経管栄養そのものが誤嚥の危険因子になるという(Lancet 1996; 348: 1421-1424)。さらに、認知障害のあるナーシングホーム入所者を前向きに検討した研究によれば、経管栄養導入の有無で生存率に差はみられなかったと報告されている(Arch Intern Med 1997; 157: 327-332)。経鼻チューブと比べてもPEGは生命予後を改善しているどころか、むしろ悪化させているというのだ(Lancet 2005; 365: 764-772)。

このように積極的に胃瘻を勧める根拠はないものの、だからといって、PEGなど有害無益であるとして捨て去ってしまうのも短絡的にすぎると思う。現時点では無作為化比較試験がほとんどなく、結論めいたことがいえる段階にはない。胃瘻を造設後に長期生存している例が少なからずみられるのも事実であり、生命予後に限らず、リハビリや介護の側面も踏まえて対象患者を慎重に選択することにより、ごく一部の集団であるのかもしれないが十分な利益を見いだせる可能性も残されているのだ。予後不良因子の検討が熱心に行われているのもそのような背景を反映しているのだろう。その結果、たとえば誤嚥や肺炎の既往がある例ではPEG造設後もやはり高頻度に誤嚥性肺炎を合併することが知られている(J Postgrad Med 2005; 51: 23-29)。あるいは、経管栄養を成功裡に継続するためにはより細やかな配慮が必要なのかもしれない。経腸栄養を半固形で投与し、胃食道逆流を減らそうというのもそうした試みの一つとして注目されるのである(Clin Nutr 2009; 28: 648-651)。

いずれにせよ、PEGを造設したとしてもその予後は良好とは言いがたい。1年生存率40%前後というのが地域の一般病院も含めた実情だろう(Geriatr Gerontol Int 2008; 8: 19-23)。上に述べたように、医学的な介入を行うことによって生存率の上昇に寄与しているのか否かも明らかではない。また、たとえ予後が改善するにせよ、人生の終末期を経管栄養に依存したままで過ごすのが果たしてよいことなのか。残された時間を親しい者とともに暮らすという例は少なく、むしろ家族の足も次第に遠のき、見知らぬ土地の見知らぬ人々の中に取り残され、部屋にならべられたベッドのなかでたまに視線を動かすほかは眠りこけてばかりいる、というのが大半ではないだろうか。いずれとも決めかねる問題であるには違いないが、対象者はもちろん、その肉親の方、さらには介護者などとりまく人びとの意見を尊重しつつ対応するしかないのだろう。とはいえ、多くの場合当の本人に判断能力が欠けているのだ。尊厳とはほど遠い状況に追いやられ、何かの事情でただ生かされているだけの人間などここには存在しないと言い切る自信がないのである。 (2012. 6. 4)

生物学的製剤と結核

2011年04月18日 04時18分18秒 | 感染症
かつてこの日本においても数々の疫病が猖獗をきわめていた。日々の営みを破壊し、共同体そのものが消滅した例もまれではなく、無力な人びとはそれらを神として祭り、あるいは病者を差別し迫害することさえあった(日本残酷物語1貧しき人々のむれ. 平凡社ライブラリー 1995年)。そのような過去も忘れ去られつつあるとはいえ、多くの青年の命を奪う結核が国家的問題とみなされていたのも、ついこの間のことだったのだ。けれども欧米諸国からはいまだ蔓延国とみなされているように、それは日ごろから注意を払うべき対象であり続けている。多剤耐性結核の克服が課題とされながら使用できる抗結核薬の種類に限りがある状況に変わりはなく、近年ではむしろ以前にくらべ重症化してから発見される傾向にあるともいわれ、公衆衛生上も感染症法に基づいた対応を要求されるのだ(日胸 2005; 64: 479-488)。

通常の細菌感染症にはみられない、結核に特異な病態として挙げられるものの一つが潜在性結核感染(latent tuberculosis infection: LTBI)である。その約90%は生涯発症しないものの、残り10%が何らかの因子により発病するとされ、加齢や糖尿病、尿毒症などの合併症に伴う免疫能の低下、ステロイド使用などによる医原性の免疫抑制状態が契機になる。このLTBIが改めて注目される端緒になったのが、infliximabをはじめとするTNF-α阻害薬だった。その作用機序から易感染性をもたらすことが予想されていたのだが、実際infliximab投与症例に結核が多発していることが報告された時には世界に衝撃を与えた。そして、多くは投与開始後比較的早期に発症し、しかもその半数以上が播種性を含む肺外結核だったことも注目を集めたのである(N Engl J Med 2001; 345: 1098-1104)。

発症機序の説明として、マクロファージによる貪食や細胞内殺菌の促進、肉芽腫形成への関与など、結核に対する生体防御の重要な局面にTNF-αが関わっていることがしばしば述べられるけれども(J Rheumatol 2009; 36: Suppl 83: 76-77)、話はそれほど単純ではない(Haematologica 2000; 85: 855-864)。IFN-γが果たす役割も決して無視することはできず、さらにIL-12やIL-6なども絡みあって、そこには複雑なメカニズムが働いていることが指摘されている(Tuberculosis 2004; 84: 93-101)。実際、結核を含む重篤な感染症とTNF-α阻害薬の関連についてさえ否定的な研究も少なくないのだ(Curr Opin Rheumatol 2008; 20: 320-326)。最近、コクラングループによるメタアナリシスが発表され、やはり多くのTNF-α阻害薬では対照群にくらべて有意差を示すことができなかったことが報告され、感染症の頻度を上昇させるにしても、その絶対的なリスクはそれほど高くないのかもしれない(Cochrane Database Syst Rev 2011; Feb16: 2: CD008794)。とはいえ、感染症のリスクを軽視すべきではないだろう。このレビューではTNF-α阻害薬以外にもIL-1 antagonist(anakinra)、IL-6 antagonist(tocilizumab)、anti-CD28(abatacept)、anti-B cell(rituximab)が対象とされているけれども、注目すべきことに、感染症のリスクに関して多少の例外はあるものの、これら生物学的製剤個々の間に大きな違いがないこと、そして、全体としては結核再活性化のリスクが高いことが示されているのだ。

このように結核が生物学的製剤の使用における安全性上の重要な懸念事項としてクローズアップされ、その適切な管理が課題とされてきた。その結果、主にTNF-α阻害薬での経験から対策の柱として重視されているのが、結核のスクリーニングとLTBIに対する化学予防の二つである(Arthritis Rheum 2007; 57: 756-761)。前者の目的は、活動性と潜在性結核をきちんと把握することにあり、もし活動性結核があるなら、可能であれば生物学的製剤を開始する前に治癒させておくことが望ましい。また、活動性結核であるにも関わらずLTBIと誤診し、INH単独で治療されるようなことがあれば耐性菌出現の危険があることは容易に想像できるだろう。しかしながらLTBI診断の要として従来から用いられてきたツベルクリン反応については、BCG既接種者の多い日本では偽陽性率が高く、しかも関節リウマチ患者などでステロイドや免疫抑制薬が投与されていれば偽陰性を呈しうるなど多くの欠点が指摘されている(日本結核病学会ホームページ、結核 2006; 81: 387-391)。そこで最近、感度・特異度に優れるQuantiFERON(QFT)がLTBIの抽出に有用であることが示されているものの、これとてもやはり限界があることを理解して用いなければならない(分子リウマチ治療 2008; 1: 41-43)。同時に、結核発症の危険因子である結核の既往の有無や胸部X線所見の確認が必須だろう。

もう一方の柱である化学予防は最近、より積極的意義を込めて潜在性結核感染症治療と呼ばれることも多い。これはLTBIが感染症法下で患者として位置づけられ、届け出が義務づけられているのに対応する。新規感染者、既感染者を問わず有効とされ、INH6か月投与で約50~70%、INH12か月投与で90%以上のリスクの低下が得られるという(日本公衛誌 2009; 56: 125-128)。ところが、この化学予防の対象となる者の規準はこれまで必ずしも明らかでなかった。日本リウマチ学会によるTNF-α阻害薬などの生物学的製剤使用に関するガイドラインでも、結核感染リスクが高い患者、ないし結核再燃のリスクが高いと判断される患者ではINH投与が勧められているものの、対象者は明記されていないようにみえる(日本リウマチ学会ホームページ)。実のところ、それらは日本結核病学会と日本リウマチ学会から合同で公表されていた2004年の勧告を踏まえて作成されているのだ。その「さらに積極的な化学予防の実施について」(日本結核病学会ホームページ、結核 2004; 79: 747-748)によれば、免疫抑制作用のある薬剤(ステロイドならプレドニゾロン換算10mg/日以上を1か月以上、その他、メトトレキセートなども含む)を使用している者では、ツベルクリン反応陽性あるいは胸部X線で結核感染の証拠となる所見(胸膜癒着や石灰化のみも含む)のいずれかがあれば、それだけで化学予防の対象になりうるとされた。そして、対象者にはINHの単独治療を6または9か月おこなうことを推奨(INH耐性菌による場合にはRFPにより4または6か月)しているのである。

以上の発病予防の勧告に従えば、確かに発症リスクを低下させることが示されている(Ann Rheum Dis 2006; 65: 889-894)。とはいえ、TNF-α阻害薬開始前のツベルクリン検査で陰性であったものや、化学予防をおこなった症例からの結核発症もないわけではなく、生物学的製剤を投与されているすべての患者で慎重な経過観察が必要だろう(Curr Opin Rheumatol 2008; 20: 320-326)。一方、結核が社会的にも大きな影響を与えかねないだけに、もしも、推奨されている対応を取らないとすれば、その判断を正当化する充分な説明が求められるに違いない。とすれば、ここに述べたようなことは臨床医に周知されていてしかるべきなのだが、どうもそうではなさそうだ。情報が氾濫している時代においては、重要な知見はむしろ埋もれてしまいがちで、だからこそいかに確実に臨床現場に届けられるかが問われなければならない。数々の薬害問題が告発したのはまさにこのことだったように思われる。 (2011.4.18)

市中感染型MRSA

2011年01月17日 05時26分24秒 | 感染症
新手の耐性菌が次々に現れ注意喚起がなされている状況にありながら、MRSAがもつ意味は依然として大きい。1960年代に出現したMRSAは医療機関・介護施設に蔓延しており、今やすでに喀痰から検出される黄色ブドウ球菌の約8割を占めるとも言われる(日胸 2004; 63: S121-S126)。とはいえ、そのほとんどは上気道系への付着・定着状態にとどまり、入院あるいは手術、長期療養施設への入所、透析、カテーテル等の留置、などの感染リスクをもつ者を除けば、感染症にいたるものはそれほど多くない(日内会誌 2007; 96: 584-595)。しかも、退院時にMRSAのキャリアであったとしても、抗菌薬による選択圧力が少ない市中では淘汰され消滅してしまうため、ヒト-ヒト感染など起こらず、あくまでも院内あるいは介護施設で気をつけていればよいとされていたことから、外来診療においてはほとんど注意が払われていなかった(Infectious Diseases 3rd ed. Mosby 2010)。ところが、このような院内感染型MRSA(hospital-acquired MRSA: HA-MRSA)に対して、1981年に市中感染型MRSA(community-acquired MRSA: CA-MRSA)が報告され、MRSAをめぐる様相が変わりつつあるのだ。

何をもってCA-MRSAとするかは必ずしも文献によって一定しないが、一般に、外来ないし入院後48時間以内に分離されたもので、MRSA感染やcolonizationの既往がなく、過去1年間に入院や介護施設への入所、透析、外科手術を行われておらず、カテーテルや医療機器を留置・植え込まれていないもの、とされている(Dis Mon 2008; 54: 763-768)。一見すると、感染の場が単に院内から市中へ拡大したにすぎないかのようだ。しかしながら、実はそうではなく、この両者は疫学・臨床所見のみならず、病原因子・毒素や抗生剤感受性、遺伝子などにいたる様々なレベルで違いがあり、その由来からして異なるものである。たとえば、遺伝型については、ST型やコアグラーゼ型など種々あるけれども、MRSAを対象とする場合、SCCmec型が用いられることが多い。このSCCmec(Staphylococcal Cassette Chromosome mec)とはもともと他の細菌に由来するといわれるmobile genetic elementで、ここにMRSAの耐性を担うPBP2a(PBP2’とも呼ばれる)をコードするmecA遺伝子などが存在する(N Engl J Med 1998; 339: 520-532、日内会誌 2002; 91: 2934-2942)。このSCCmecにそれぞれ薬剤感受性パターンの異なるいくつかのタイプがあることが知られ、HA-MRSAがSCCmec typeⅡ、Ⅲをもち、マクロライドやクリンダマイシン、フルオロキノロン、さらにテトラサイクリン、ST合剤にも様々な程度に耐性であるのに対し、CA-MRSAはSCCmec typeⅣ(まれにⅤ、Ⅵ)を有するものが多く(Mandell, Douglas, and Bennett’s Principles and Practice of Infectious Diseases 7th ed. Churchill Livingstone 2010)、耐性はβラクタムとマクロライドのみに限られる傾向があるという。

このCA-MRSAによる感染の第一の特徴は、従来指摘されていたような危険因子をもたないことにある。1990年代後半に注目されるきっかけとなった肺炎・敗血症による死亡例もとくに基礎疾患のない小児・若年者であった。MRSA共通粘着群に加え、特異な定着因子をも有し、皮膚接触により感染が拡大するとされ、学校・託児所、陸海軍、レスリングなどの競技チーム、刑務所、男性同性愛者、感染者のいる家庭、薬物使用、刺青、災害避難民などが感染リスクの高い環境として認識されている。さらに、HA-MRSAが肺炎や尿路感染、敗血症、術創感染の起炎菌として問題になるのとは対照的に、CA-MRSAは皮膚・軟部組織感染が70~80%と際立って多く、 創傷感染は10%、尿路感染、副鼻腔炎、中耳炎、菌血症、呼吸器感染はそれぞれ2~7%と少ない(日内会誌 2007; 96: 584-595)。

そしてとりわけ警戒されているのが、しばしばPanton-Valentine leukocidin(PVL) toxinをもつことで、海外のデータによればSCCmec typeⅣ陽性株の40~90%がPVLを産生している(Dis Mon 2008; 54: 763-768)。もともとMRSA肺炎は生体・宿主側の病態を反映して、血液検査にて強い炎症所見を認めないことが多く、稀ならず非典型的な胸部画像所見を呈し、空洞や膿瘍を形成する例はすくないとされていた(日胸 2004; 63: S121-S126)。ところが、このPVL陽性MRSAは激しい炎症を起こし、急速に進行して組織破壊と空洞化をきたしやすく、壊死性肺炎に至るものが多いのだ(Science 2007; 315: 1130-1133)。PVL遺伝子をもつ黄色ブドウ球菌性肺炎16例の検討によれば、危険因子のない若年者が主体で、入院前の2日間にインフルエンザ様症状を示したものが多く、さらに39℃以上の高熱、140/分以上の頻脈、喀血、胸水、白血球減少が特徴的であった(Lancet 2002; 359: 753-759)。さらに、入院後48時間での生存率はPVL陰性群が94%であったのに対し、PVL陽性群は63%で、necropsyでは気管・気管支粘膜の壊死性潰瘍と肺胞隔壁の広範な出血性壊死を認めたという。このような壊死性肺炎の予後不良を予測する因子として、教科書には気道出血、紅皮症、白血球減少が記載されている(Mandell, Douglas, and Bennett’s Principles and Practice of Infectious Diseases 7th ed. Churchill Livingstone 2010)。

ところが幸いなことに、日本で分離されるCA-MRSAのほとんどはPVLを保有していない(日呼吸会誌 2008; 46: 395-403)。それぞれの大陸・地域においては遺伝型の異なるクローンが流行しているのだという(Infectious Diseases 3rd ed. Mosby 2010)。一方、日本国内においてもMRSAはその出現の時から今にいたるまで変遷を続けており、かつて院内感染が社会問題化した1980年代初めにはtypeⅠおよびⅣ SCCmecをもちPVL遺伝子も陽性だったのだが、現在の病院においては、数多くの薬剤耐性遺伝子を伴うtypeⅡ SCCmecを有するものに置き換わっているのだ(感染症誌 2004; 78: 459-469)。すでに海外では、地域に蔓延しているMRSAが逆に院内に持ち込まれ、アウトブレイクの原因となった例が報告されている(J Clin Microbiol 1999; 37: 2858-2862)。また最近では、もはやCA-MRSAとHA-MRSAを臨床的な背景因子のみから区別することはできず、予後も変わらなかったとする報告がある(Clin Infect Dis 2008; 46: 787-794)。CA-MRSAによる市中肺炎はまだ多くの地域ではまれとされているものの、IDSA/ATSによる市中肺炎ガイドラインでも懸念されているように、今後の動向から目が離せない状況だ(Clin Infect Dis 2007; 44suppl 2: S27-S72)。院内感染対策にしても従来のように院内にばかり目を向けているわけにいかないのは明らかだろう。警戒を怠らず、情報を日々更新し、万全の体制で臨まなければならない。そして、人的・経済的裏づけを欠いた、机上の理想から振りかざされるマスメディア的“正論”が臨床の現場では何の役にも立たないというのは確かにそうなのだが、それが社会の、医療に対する見方をおおむね代表していることも認識しておかなければならないと思う。 (2011.1.17)

抗生剤治療で悪化する感染症

2010年05月24日 05時06分40秒 | 感染症
臨床医は医学理論を背景に持っているとはいっても、経験から多くを学ぶという点においては他の職業に異ならない。そしてセオリー通りの順調な経過をたどらなかった症例のほうがより心の奥底に沈潜し、月日の経過の中で発酵し、知識に深みを与えることになる。とりわけ、感染症にまつわるものは数が多いだけに、各人それぞれが忘れえぬ記憶を有しているはずだ。日ごろから起炎菌の同定に気を配ってはいても、保険診療下では網羅的に検査することも許されず、結果、empiric therapyばかりの有様に、やむを得ないと自らを慰めることもしばしばである。けれども、その薬剤が最善であると確信できない部分がどこかにある限り、想定外の現実を前にあれやこれやの不安が交錯し、悶々と日々を過ごすことにもなるのだ。

抗菌薬治療中に思いがけない反応を起こすとすれば、アナフィラキシーや薬疹などアレルギーを介したものがその代表だろう。ともすれば意図的に“薬害”などと呼ばれ、薬の側にのみ原因があるかのように喧伝されるのだが、もちろん患者の側の要因も無視できるものではない。また、伝染性単核症のような疾患がペニシリンによる発疹の頻度に影響することも知られている。さらに、バンコマイシンなど抗MRSA薬でみられるred man症候群はあたかもアレルギーのように見えるけれども、急速な経静脈投与でヒスタミンが遊離するために生じるもので、主に上胸部、顔面の紅潮が生じ、まれにショック状態にさえ至る。一方、セフェム系薬剤はアセトアルデヒド脱水酵素を阻害し、蓄積したアルデヒドによってアンタビュース様反応を呈することがあり、アルコール摂取後に不快感、皮膚紅潮、頭痛、頻脈などを起こすという。

では、肺炎症例で抗生剤治療を開始したにも関わらず、肺野陰影が悪化ないし新たに出現し、発熱も持続しているような場合はどうだろう。通常は初期治療失敗例と判断し、抗菌薬選択の妥当性や、あるいはそもそもそれが感染症であったのかという診断を見直すことになるはずだ(Int J Antimicrob Agents 2009; 34 suppl 3: S14-S19)。これについては日本の成人市中肺炎診療ガイドライン(日本呼吸器学会編、2007年)でも一章を割いて説明されている。けれども、臨床的には悪化しているように見えても、じつは微生物学的には有効、つまり適切な抗菌薬により菌量はすでに減少しているという可能性はないだろうか。

一見、臨床医学的な常識に反すると感じられるかもしれないが、たとえば結核症治療における初期悪化現象(paradoxical reaction)をその一例として挙げることができる。典型的には抗結核薬開始2か月前後で臨床的、画像的に病態の悪化ないし新規病変の出現を認め、発熱、肺浸潤、低酸素血症、リンパ節腫大がみられる(Eur J Clin Microbiol Infect Dis 2002; 21: 803-809)。化学療法を引き金として、死菌から抗原が放出されることや、抑制されていた免疫が束縛を解かれることにより、免疫反応が亢進するのが原因とされており、ステロイドが有効なことが多い(Clin Infect Dis 2008; 47: e83-e85)。また、近頃では投与されていた免疫抑制剤を中止したり、あるいはAIDS患者でHAART(highly active antiretroviral therapy)など強力な抗レトロウイルス治療を行うことで、再構築された免疫機能が過剰に働く結果、結核やニューモシスチスなどの感染症症状を発現・悪化させる免疫再構築症候群(immune reconstitution syndrome)が多くの研究者の興味を惹いているようだ(Clin Infect Dis 2007; 45: 1470-1475)。

さらに学生時代のかすかな記憶をたどってみればJarisch-Herxheimer反応もまさにそうである。これは当初梅毒治療に伴って見出されたもので、その後スピロヘータでも知られるようになり、しばしば致命的にもなりうるものだ(Med Clin N Am 2006; 90: 1265-1277)。この反応にはTNFをはじめとするサイトカインが強く関与しているとされ(J Antimicrob Chemother 1998; 41 suppl A: 25-29)、抗TNF-α療法の有用性も報告されている(N Engl J Med 1996; 335: 311-315)。それだけならどうということもないのだが、ここにあえて取り上げたのは、同様の反応がその他の一般細菌でも起こりうることが示唆されており、敗血症のサイトカイン動態のモデルともされているためである。すなわち、抗生剤治療により、グラム陰性菌の細胞壁からエンドトキシンとしてLPS(lipopolysaccharide)、グラム陽性菌からもlipoteichoic acidsをはじめとする多種多様な物質が大量に放出され、これらが自然免疫(innate immune response)を刺激する結果、産生された種々の炎症性メディエーターやTNF-αなどのサイトカインが病態や予後の悪化に関与していることが示唆されている(FEMS Immunol Med Microbiol 2005; 44: 1-16)。しかも意外なことに、TNF-αやIL-1βなどのサイトカインには細菌の増殖を促進させる作用があるとの報告もある(Crit Care 2002; 6: 24-29)。

これらの成果を踏まえると、病原菌を排除しようとする従来の治療法とは別に、微生物に対する反応プロセスも重症感染症に対する治療戦略のターゲットになりうるのではないかと考えるのはごく自然な成り行きだろう。その一連の反応のもっとも上流に位置する、エンドトキシン放出作用が抗菌薬ごとに異なることに注目した研究があるがその効果は明らかでなく(Crit Care Med 2002; 30: 349-354)、より下流のサイトカインなどを直接制御する試みのほうが精力的に行われている。残念ながら、やはり明確な有用性を示したものはほとんどなく(Br J Anaesth 2009; 103: 70-81)、もっとも多くの検討がなされているステロイドにしても、現時点で感染症に対する有効性が確立しているのはニューモシスチス肺炎と結核性髄膜炎くらいで、敗血症に対するステロイド大量療法の有効性は否定され、low dose steroidに注目が移っている状況だ(Mandell, Douglas and Bennett’s Principles and Practice of Infectious Diseases 7th ed. Churchill Livingstone 2009年)。おそらく、immunomodulatorとして使用する薬剤の種類のみならず、その組み合わせや投与量、さらにタイミングなど複雑な条件がそれらの結果を左右しているのだろう。成人市中肺炎診療ガイドライン(日本呼吸器学会編 2007年)では重症肺炎に対するステロイドが有効である可能性について記載しているものの、そのエビデンスは薄弱であるといわざるを得ない。報告が散見されるPMX-DHPなどの血液浄化法についてもさらに多数例での検討が必要である(ICUとCCU 2009; 33: 135-140)。

フレミングに始まる抗微生物療法の歴史は近代医学のなかでもひときわ華やかで、多くの成功に彩られている。しかしながら、いまなお人類が感染症を克服しているとは言いがたく、活発な研究が続けられている分野だ。今後とも抗微生物薬を開発し続けないわけにはいかないだろうが、それではたして最終的な勝利がもたらされる日がくるのか、不安を感じずにはいられない。一臨床医としては、医学の将来に思いをめぐらしつつも、眼前の仕事に没入するのみである。 (2010. 5. 24)

日和見感染とウイルス再活性化

2009年10月10日 06時34分12秒 | 感染症
変化するのは四季の移り変わりくらいではないかと思えるほどの鄙びた田舎町にも、時間は等しく流れている。保管庫のカルテは少しずつ分厚くなり、今年から診察室の前に自動血圧計が据え付けられた。薬屋から配られた資料は整理箱からあふれ、目を通されることもないまま机に積み上げられる。せわしく動き回りながらも刺激に満ちているわけでもない、そんな日常の小さなほころびの中に断層のようなものを感じることがある。多くの場合それは疾患の理解に関するもので、何のことはない、単なる勉強不足が原因だ。そんな時にはすでに何周遅れかの走者の気分で、改めて教科書を引っ張り出すのである。

昔は日和見感染といえば血液悪性腫瘍を除けばステロイド投与例くらいのものだった。しかし近頃は多種多様な薬剤が使われている。関節リウマチ(RA)の治療はその代表で、TNF-α阻害薬などの生物学的製剤が導入され大きく変わりつつある分野である。RA自体が感染の危険因子で予後にも関連することに加え(Arthritis Rheum 2002; 46: 2287-2293、Ann Rheum Dis 2005; 64: 1451-1455)、ステロイド(Arthritis Rheum 2006; 54: 628-634)やMethotrexate(Ann Rheum Dis 1991; 50: 642-644)などのDMARDが感染リスクを増大させることは以前から知られていたのだが、TNF-α阻害治療(Arthritis Rheum 2005; 52: 3403-3412)も易感染性をもたらし、中でも結核については強く注意喚起がなされているのは周知のことだろう(結核 2004; 79: 747-750)。

このように日和見感染症は何らかの事情により免疫防御能の低下をきたした患者に多く見られるものだ。通常「①粘膜や皮膚の正常細菌叢を構成する弱毒微生物、あるいは②健常状態では潜伏感染状態に封じ込められている病原微生物による感染症」と定義されている。(日内会誌 2002; 91: 2949-2953)。後者に関して、このような例として結核菌、非結核性抗酸菌、クリプトコッカスなどの真菌、糞線虫などの寄生虫が挙げられている(N Engl J Med 2002; 347: 517-524)。一方、自然界では多くの細菌が「生きているが培養できない状態」viable but nonculturable (VNC) stateにあることが明らかにされており、微生物学的にはVNC状態になった細菌を培養可能状態に戻すことを再活性化reactivationと呼んでいる。またヘルペスウイルスなどは宿主の体内に潜伏感染している時には感染性ウイルスは存在しないが、再活性化に伴い再び完全な感染性ウイルスを出現させ得る能力を備えているのもよく知られている(戸田新細菌学 33版、南山堂、2007)。ストレスや加齢・悪性腫瘍などに伴う免疫低下状態、さらに抗TNF-αモノクローナル抗体治療が帯状疱疹リスクを増加させるというのはその典型だ(JAMA 2009; 301: 737-744)。

ところが、上記の日和見感染の範疇に必ずしも含まれないものも存在している。たとえば近年HIV感染者/AIDS患者(People living with HIV/AIDS: PLWHA)の臨床経験から、本来健常人にも病原性を示すウイルスがPLWHAではより病原性が強くなることが知られている(日内会誌 2002; 91: 2949-2953)。さらにウイルスの再活性化についても新たな知見が得られているのだが、一般には案外知られていないのではないだろうか。

特に注意が喚起されているのはB型肝炎ウイルス(HBV)である(日本肝臓学会;免疫抑制・化学療法により発症するB型肝炎対策ガイドライン)。以前はHBe抗原が消失し、HBe抗体が出現(seroconversion)すればB型肝炎は治癒したとみなされていた。しかし、precore領域の変異株ではHBe抗原が産生されないことが明らかにされている。さらにHBs抗原が陰性であっても血清中HBV DNAが陽性であるものがあり、Occult Hepatitis Bと呼ばれているが(Principles and Practice of Clinical Virology 6版、Wiley、2009)、これらのHBV抗原陰性例からのHBV再活性化はde novo B型肝炎と呼ばれ劇症化率が高く、予後は極めて不良であることが知られるようになった(臨床消化器内科 2009; 24: 677-683)。実際、日本における劇症肝炎のうち、免疫抑制・化学療法によるHBV再活性化が増加していることが警告されているのである(日本腹部救急医学会雑誌 2009; 29: 577-582)。

このHBVの再活性化の契機となるものとして最も知られているのは血液悪性腫瘍に対するリツキシマブ(抗CD20モノクローナル抗体)治療だが(Medical Postgraduates 2009; 47: 154-161)、その他の免疫抑制療法でも発現する可能性があり、最近では抗TNF-α製剤によるものも報告されている。HBs抗原陽性者はもちろん、HBs抗原陰性者であってもHBs抗体陽性かつ/あるいはHBc抗体陽性者ではHBV再活性化の危険が指摘されており(J Rheumatol 2009; 36: 1188-1194)、抗TNF-α治療開始前に全例でスクリーニングを行うことが必須とされ、アミノトランスフェラーゼとウイルス量のモニタリングを治療中と治療終了後3か月間行うこと、そしてHBV感染の所見があればヌクレオシド誘導体による予防と早期治療が薦められている(J Gastroenterol Hepatol 2006; 21: 1366-1371)。Methotrexate中止後にHBV再活性化をきたした症例報告も散見されており(Harrison’s online; McGraw-Hill’s Access Medicine)、免疫抑制による単純な日和見感染という概念に収まりきらない複雑な問題を孕んでいる。さらにTNF-αの下流で機能するIL-6を抑制した場合の免疫系への影響も今後検討されなければならないが、同様に特異的免疫が障害され易感染性をきたすことが推測されるのはもちろん(Ann Intern Med 1998; 128: 127-137)、ウイルスの再活性化を発現する可能性も否定できず、トシリズマブ(抗IL-6レセプターモノクローナル抗体)が慢性活動性EBV感染の再活性化を誘発し、結果として血球貪食症候群から死亡にいたった症例が報告されているのである(Ann Rheum Dis 2006; 65: 1667-1669)。

薬物治療の長い歴史の中で副作用など意識されることさえ稀だったかもしれない。しかし、そんな牧歌的な時代はすでに遠い存在だ。近年続々と上市されている薬剤の多くは一定の頻度で重篤な副作用が発現することを覚悟しなければならない。そしてかつてなかったこのような事態に、製薬企業は試行錯誤を繰り返しながらも安全対策を主導することを選択したのである。その結果、あるものは自ら納入施設・医師を限定するに到った。その決断は十分理解できる。だが、ここには大きな問題があると思う。医師の処方権を侵害するなどと言うのではない。少なからぬ患者が事実上その薬剤の恩恵を受けられなくなっていると言いたいのだ。しかもこれは数多くある日本の医療格差の一つに過ぎない(川渕孝一. 医療再生は可能か. ちくま新書. 2008)。ところが、つい最近耳にした話だが、ワイスはリウマチ専門医と非専門医の連携支援に乗り出し、パスの作成にも関与しているという。企業にとっては自社製品が中心であるのに対し、医療の現場では患者を中心に動いている。ここには越え難い断絶があり、ワイスも上記用件を満たしながら営利を追求しようというのが本音だろう。とはいえ、このことは製薬企業が今後地域医療の中で重要な位置を占める存在となりうることを示すものだ。このような試みは素直に歓迎したいと思う。 (2009.10.10)