JAHPON LAND( Pucci )

スケートファニチャーやステンドグラス作品などJAHPON.comとして活躍する作家 土屋隆亮(プチ)のメッセージ!

現場でケンさんピンスト

2007年11月30日 | Weblog
昨日の叫びの台詞「現場」って何処でしょう?雰囲気な言葉なので解説困難ですが ずっと注目している芸術の現場があります。「HOT ROD」って呼ばれるアメリカンな車好き やんちゃカルチャーです。ここには あらゆる芸術が集結して 美術館を必要としない勢いで 発表し作品を認めて買う文化が成り立っています。現実的に労働している当たり前の人ばかりの気持ちのいい世界で「作品と値段の関係を正しく労働と価値の関係に想像出来る まっとうな人種が集まります」需要のある芸術だけが存在するリアリティのある素敵な世界なのです。中でもピンストライプって呼ばれるカスタムがあります。車に飾りの線を手描きしていた技術が発展して、何にでもカスタムペイントして雰囲気を楽しむのです。湘南の牧場跡の牛舎を改造してサーフボードシェイパーや大工 内装屋さん と長屋の様なアトリエ村に KEN THE FLATTOP は工房を構えています。バイクから自転車、靴やサングラス、サーフボードにウェットスーツまで!ライブペイントショーで目の前で描いてくれるのです。手も震えられない真剣勝負に代金を払い惜しむ人なんていません!逆に創作したデザインの模様の芸術性価値の代金が足りないんじゃないか?と思ってしまう素晴らしさです。芸術って何なんでしょう?と考えた時、今のおれの答えは「生き様」だと確信しています。ゴッホは兄弟に支えられ甘えて絵画を描き貫いたけど、迷惑な奴です!カッコ良くも見えるけど絶対カッコ悪い!この葛藤は おれの中でも毎日反転してしまうけど、「好きな創作活動そのもので生活を支える稼ぎがあるバランス具合のセンス 絶妙さこそが創作で芸術なのだ!」と思うのです。関係無いバイトで生計立てて創作活動するスタイルよりも「懸ける姿勢」が良いのです。好きな単語でスケートボードのトラック会社名「INDEPENDENT」独立!これそのものです。たくましく活きてこそ美そのものになるのです。作品だけで有無を言わさず美しいものもありますが、卑怯をせず まっとうに工夫して生活している人間は、すでに美しい存在です!

KENさんサイト要チェックです。 http://www.kentheflattop.com


踊る芸術捜査線

2007年11月29日 | Weblog
昨日の激論に「コマーシャルこそポップアートだよ」と当然反論が予測されますが、未だにポップアートをやる意味が無い。強引に時を巻戻し 流れに自分を割込ませた ねつ造で「アメリカ ポップアートに匹敵する 優れた日本の芸術力を説明 誇示して、焼き直し 自分の価値を上げる」実験としての焼き直し なぞり は、優れた日本の芸術力を認めた筈なのに 後退させている様な矛盾です。こうしたグローバリズムの 輸出商売は、本来の生息地から引き離される野蛮な感覚で、秘境に奉られた御神体を盗み自国の美術館に飾る 異常な略奪癖が続いているのです。今朝のTV番組スッキリでテリー伊藤さんが防衛癒着問題に「代理店みたいに間に入って来る商社が多過ぎる」とナイスな事を言っていました。同様にアート界なんて大半が横流し商社でコネクション業務を立派な労働と考える怠け者ばかり!堂々とセレブパーティーを仕事と言い張るのです。無理矢理 間に入る職業を増やしたり楽をしたがって 横流し人種が増加したのは退化そのものですし、横流しと盗みは本質的には同類です。マクドナルドが店舗の運営業務を他社に委託していた様に「それ、おれがやりまっせ~」って隙間に割り込む 正に「たらいまわし時代」に吐き気がします!そこを委託して本社で何やってんだか?それなりにどんな仕事もパーチーの振る舞いの大変さも解りますが、価格も何もかもが拡大 大袈裟になってしわ寄せは 現場で真に働く我々に被ってくるのです、まるで価格が上がれば上がるほどに価値が薄まる様な錯覚すら感じます。そして大好きな筈だった日本の芸術力の現場が犯されて行くのです。「事件は会議室で起こってるんじゃない~現場で起こってるんだ!」だから「アートは美術館で起こってるんじゃない~現場で起こってるんだ!」折角の地位と才能、何より 深い愛情が活きる様に 今後の還元活動に期待します。




反芸術起業案

2007年11月28日 | Weblog
奇麗事を言っても生産的に社会と繋がらなければいけない我々は、思想ありきの商品を目指すべきではあっても、現実にはビジネス材料のネタとして思想を利用して すり減らす残念な運命なのです。だから大目に見て少しでも配慮が感じられればOKと許すべきでしょう。色々な その道の先輩には絶対上には上が居て 区切りとして10年携われば本物かな?と勝手に思っていても30年選手を傷つける事もあるのです。「やってるフリ、知ってるフリ」表面的な見せかけの時代を、既に逆手に取ってフザケ始めている感じも流行りですね!エコロジー仕様のエアコンにエコロジーシステム作動中のECOランプが点灯していて「その点灯分の無駄な電気がエコじゃ無いよね!」とか、ハイブリット車のメーターに毎秒単位の燃費が表示されている「毎秒 毎秒 節約具合を知りたい奴は乗るな!」と無駄なピーアール作戦にクラクラするフザけた時代です。エビちゃんに「鬼に金棒」のCM系も業界の逆切れ状態の現れで危篤です。今や世界的アーティスト 村上 隆 が昔テレビで「自由に発言出来る地位を作る為に今まで活動して来た、これからが本当にやりたかった事をするんだ!」との発言に納得して5年以上それが何なのかを待った、そして最近 それがアニメ映像という結論に驚愕している。彫刻作品の時の様に外注に出すのでは無く、プロダクション自体から自給自足を目指している。伝統芸の様に職人に育てられたアニメ文化をCGの最新技術と世界的芸術家ネームで侵略した様な野蛮な雰囲気に、本当に深い愛情を抱えているのに 愛情を伝えられない不憫な人だな~と、悲しくなるのです。原作をつくって老舗に発注すればいいでしょ!自分で仕上げる事に執着して内容が無いのです。内容があれば絵本でもいい!と おれは夢見ているし、映像を生む為にはストーリーテラーでなければ困ります。先日テレビで村上さん本人が「アニメ銀河鉄道999に憧れて まずは芸大、と準備して来た人生」と語ってました。999の話の中にアニメ作家に憧れる少女がいる惑星の切ないストーリーを、村上さんは見たのでしょうか?グローバリズムの権化みたいな怪物の口から松本零士 大先生の作品の名前が出て来るなんて、違和感で不快です!発言出来る地位を得たのなら、言いたい事なら山ほどあるゾ~!と松本零士 先生も おれも 絶対ため息が出ます。正直な感想を言ってあげる おれみたいな親友が居ないのでしょう。「今や日本アートの顔なんだから、しっかりしてくれよ!999のタイトル挙げるのなら 全巻 全放送DVD を見直してくれ!」今日も勝手な流行語大賞語でシメます「そんなのアートじゃねえ!コマーシャルだ!」



反骨急行列車に自転車

2007年11月27日 | Weblog
改造中の自転車BMXのステムとグリップを手に入れたお店「セカンド ハウス」車で山手通りを走り そろそろ原宿って所に前から気になる「ここ前は何屋だっけ?寿司屋?」という突然変異的な雰囲気のナイスな店に 当然おれは飛び入りました。外国 アメリカの旧道沿いの様な 地方の神社脇のみやげ物屋の様な 立地と雰囲気に フリースタイルな品揃え!面白い店長 西村さんとも話をすると共通の知合いもいたりして楽しかったのです。ピスト自転車ブームで人気のある「ZO BAGS」のアーティスト友人で日本の窓口を努めているそうです。珍しいグリップやパーツが見つかるので ピストのお客さんも多い様です。基本的に「人目など気にせずに乗りたい物に乗れば良いじゃん!」って考えだけど、変速ロードバイクを苦労して組んだ事 タイミングと、メディアの雰囲気のトレンドっぷりが おれには気恥ずかしくて、超快適なロードにも乗らず BMXにセコセコ乗っているのです。ずっとピストに乗っていた人でも 降りようかなっていう気持ちの人もいるかもしれない、ってぐらい「初の東京発信のスタイル」と嘘の言葉マジックで下品に急激に盛上げた経済効果には副作用も多いでしょう。本当に好きだった文化は嫌いになるベキでは無いけれど、まだ外に居たおれは どうしても拒否反応の抵抗があるのです。図らずもメディアに乗ってしまう純粋な子は、枠を外れよう!という枠に 再び載せられてしまい 乗り継ぎ続ける箱の電車から降りられないのです。メディアのパワーだけが悪者なのでは無く、メディアが無くても純粋な子羊たちは流される性なのです。消費社会を支えているのは子羊ですが「反骨精神をエサにして電車を乗り換えさせる感覚は、エグくて思想詐欺の様で野蛮です!」そんな おれのヒネクレに ちょうど不安を感じていた西村さんも同調して BMXを珍車と喜んで、車種の幅を広げたいと夢を語ってくれました。もしかしたら電車の乗り換えも段階であって、降りる勇気を徐々に導いてるのかもしれませんね!でも思想を売ってるのには 違いない。ここで 大好きな友人 よっちゃんの名台詞「そんなの カルチャーじゃない!コマーシャルだ!」おれの中の2007年度流行語大賞受賞語です。

自転車で遊びに寄ろう!セカンド ハウス  http://www.second-house.net


伝統芸イトウ自動車家流

2007年11月24日 | Weblog
我が家では 一番の活躍娘 富士重工のラビット ハイスーパーを相方と共有しています。まずは生い立ち!彼女が山梨で高校生の時 バイク屋の片隅にある古いスクーターを見つけて 店主に尋ねたとさ「これ、どうやったら乗れるの?」店主は「90ccだから小型免許があれば乗れるよ」彼女は早速教習所に通い小型免許を取得!現金と免許証を握りしめ「免許取ったけど」と 晴れて愛車となって通学から現在まで活躍しているのです!店主は売る気が無かったかもしれないけれど、彼女の熱意に喜んで答えたのだと推測します。第一、ラビットと言う名前も知らない「その子」に乗る為だけに小型免許を取る勢いが素晴しい!普通中型免許を取るよね。あと、おれだったら これ!と決めたら先に買ってしまって 後でローンを払うよね。彼女は「もし売れちゃったのなら出会いじゃなかったんだよ」とカッコイイ女なのです。さて、出会った頃 おれは車のベレットで彼女はスクーターのラビットで集合なんて素敵なデート!ツーリングよりも遠いディスタンスに笑いました。よく通る井の頭通り沿いに 何と偶然ベレットとラビットばっかり並んでいる修理工場がありました!「伊藤自動車工業」です。当然古いマシンは修理職人にお世話になる訳で、自然に付き合う事になる工場なのです。父親の伊藤社長の傍には次男が「チャッピー」というマイナーなスクーターばかりを集めて工場を支え、長男は独立してラビット専門店を開くのです!何と言う美しい自動車家族!ユニークな社長に おとなしい次男、父譲りの陽気な長男!家族の生い立ちエピソードは楽しい話がいつも盛り沢山です。次男が免許取得最初の誕生日に父はバラっバラのバイク「モンキー」をプレゼント!初めての自分で完成させたバイクで兄たちの悪路遊びに意地でついて行き、案の定 転んで壊して号泣!なんてカット割りまで思い浮かぶ熱血ドラマばりの面白さで、この話は おれ、入り過ぎて泣きながら聞きました。親父いわく「機械はいくら壊れても直せるんだから」な~!なんて素晴しい英才教育!シャイニング つまり輝き過ぎです!「受継がれるものは、技術やテクニック等の表面的な事だけでは無く、こんな眼に見えない思想こそが大事なのだな」と おれの中の「グレた二代目列伝」に並ぶ一家なのです。それにしても車種を絞り込む癖も親父さん譲りでニヤニヤしてしまいます。毎度グレたって言ってるけど本当の意味では本当にグレて無いよね~ 最高!

本家 伊藤自動車工業 サイト http://www.itoujidousya.net
ラビット専門 イトウ自動車 サイト http://itorabbit.fc2web.com


バイク修理の人間国宝美

2007年11月23日 | Weblog
カスタム欲に襲われる病気を一変させたリハビリ的なマシン!それが スペイン BULTACO 社製 1964年 トライアルの父と呼ばれるサミーミラーによるデザインの SHERPA T という名のバイクです。キノコの様なエンジンフィンの形や シンプルで無駄の無いエレガントなデザインが完璧で、カスタムなど罰当たりなくらいの造形美なのです。古い物なので カスタム以前の機能を安定させるレストア作業を進める中、何度も 作業を伴う構造の美しさに感動したのです。「やはり物の美しさは メンテナンスや保つ為の技術者、職人の支えがあっての存在!」KEYという部品を知っていますか?エンジンの中の奥深くで、エンジンの動きを棒の回転の動きに伝える時に棒と歯車を繋げる「引っかかり」正に鍵なのです。現代人の発想では「え?棒と一体型の歯車作ればいいのに」と安易に発想してしまいますが、過酷なエンジンの動きや熱に耐える鋼鉄の素材の特徴を熟知した構造なのです。それに 歯車が壊れたら、歯車だけをバラして交換出来るのです!現代の「バラす職人技術の賃金よりも一体型のユニットごと交換した方が安い」というビジネス重視の消費が、更に職人の首を絞めているのです。さて 長く働いたKEYは磨耗して棒と歯車の間に隙間が空いてしまいます。棒の側には半月状の溝、歯車側には四角い溝があり、KEYは4ミリ厚の半月型をしています。お世話になっている川崎にある老舗「ユニオンクラブ」の池山さんと中村さんの名コンビの ショータイムが始まるのです!バラしたKEYを見て まず 刃こぼれしたドリルの刃の残骸を貯めた箱を持ってきました!それで作るんだ!?「鋼鉄はこういう時に貴重だから捨てない」少しは普通の軟鉄と焼きの入った鋼鉄の事は知っていましたが驚きと興奮で夢中です!手ごろなドリルの刃をを切り始めます、ドリルの刃でドリルの刃に穴を空ける様な同部屋対決の光景に おれの瞳孔は開きっぱなし!仕上げのグラインダーでの微調整は中村のじいさんの年季の入ったお家芸らしく、池山社長は舞台を譲り 鍵穴現場に当てて「あと コンマ2ミリ」とか指示を出します。それは楽しい舞台で、二人の役者も「そら来た」とか「アチチチチチっ」って米みたいな部品を火の粉を出しながら素手で削って、鍵穴にピッタリのKEYを自作してしまったのです。正に神業!人間国宝の中村様です。役目を終えたKEYは記念に頂き今も宝物にして飾ってあります。時が経ちユニオンクラブにも若い職人 五島さんが加わり受継がれる素晴しい技術に希望で輝いたお店です!ACTSという草レースも運営していて やんちゃ大人で最高なので、是非チェックして下さい。中村さんのリウマチが早く治りますように祈ってます。

ユニオンクラブ サイト http://www.union-club.jp


軽トラ荷台に木造建築病

2007年11月22日 | Weblog
サニトラ荷台の牽引に挫折した後、1996年 新たな企画で復活します!軽トラックの荷台に家を建設するぞ!と発病、マツダの古いポーターという可愛い顔の軽トラックにログハウスの様な木造の小屋を建てたのです。軽トラックって好きなんだよね!未だ有望なカスタムベース車!日本らしい優れたデザインで、タフに農業や仕事に まだまだ活躍している 便利な実用車なのです。アメリカにも家の無いヒッピーがワゴン車に住んでいたりするので、この日本なら軽トラでしょう!という訳なのです。「それなら おとなしく軽の箱ワゴンに住めばいいじゃん」と言われましたが その度に「いいの!そうしたら作る所無いでしょ!」と少し恥ずかしそうに答えていました。ヒッピーがファッション的にゴッコ遊びをするのがテーマでしたから、イメージが先行していたのです。ズバリ黄色い軽トラの荷台に木造のスヌーピーの小屋が乗るイメージでした。白い壁に赤い屋根 緑の窓枠が おれの夢の家のカラーリングです!煙突も欲しいな。当時 偉大なARTが構造主義思想の構造によって確信的に成り立っている事実に驚き、浅田 彰 先生の本を読み漁りハマっていました。解析ばかりの評論的な角度の視点に悩み始めた時「逃走論」という著書により救われました。その喜びで当時は アンサーソングとして逃走をテーマにした作品をよく作っていました。ざっくり説明すると こうです「情報化する世界に流れるのは情報の砂、砂に呑まれたり押し流されたりしない為に必要な事は 軽快に砂の上でダンスを続ける事」比喩による解り易い素晴しい説明です!こんな素晴しい本が書かれたのが1984年!おれが読んだ年から更に時が流れ、現代に於いても色褪せず 完全に予言と対策が射抜かれています!ARTコンペの時に浅田 彰 先生に会い 逃走論に救われた話をして そのバイブルにサインも頂いたのでした。1年がかりで車は完成!タイトルは「OUT HOME」大学院の卒業制作として発表しました。大学のメインスポットに展示!車が乗った事の無い 大好きな広場を陣取り 女子高生やギャル人気の展示で満足しました。で?  ああ、今、あの車ね、実家の庭で犬小屋として使ってるよ!犬も気に入ってるみたい。あははは~ 本当のスヌーピーの小屋になっちゃったよ!
画像は www.JAHPON.com のARTの中です。


引きずり廻せ!牽引病

2007年11月21日 | Weblog
ステンドグラス材料の輸入販売問屋が主な仕事の会社なので、おれは 通関業務と港の倉庫に荷物を取りに行く役割をしています。愛車は古い2ドアクーペですが、荷台だけのトレーラーを牽引して出陣するのです!その能力は素晴しく 軽くワゴン車満載分を積む事が出来ます。どうしてか 牽引する感覚に子供の頃から憧れていました。自走出来るキャンピングカーよりも エアストリームの様なトレーラーハウスの方が断然そそります!サーカスの車が 動物のオリのトレーラーを いくつも引っ張って移動する絵本を見た影響でしょうか?電車ごっこで 自転車に三輪車をいくつも結び付けて引きずり廻された楽しい思い出からか?タイヤしかついていない 自分では何にも出来ない奴ってのがカワイイのかな?原始的に引っ張られる楽しさって感覚的なのか説明しようがないけれど、ウキウキしちゃうんだよね。短めのトレーラーの為 バック走行が難しいので、面倒だから一度切り離して大八車の様に運んで繋ぎ直したりしていると、連結作業が楽しくて 電車ヲタクにも連結マニアがいるのが納得出来る程 アドレナリンが出ます。クロマニヨンズも「憧れの連結器 黒光り!」と唄ってますね。1995年 学生時代、乗用トラックのサニトラの荷台部分を使って牽引トレーラーを自作した事がありました。スピーカーを満載してDJブースを完備した野外レイヴパーティー用のストリート神輿の山車の作品のつもりでした!?今でこそあり得る案だけど 当時は斬新なアイデアだった筈です。見た目もナイスで認可が下りるかを、実際に牽引して陸運局に尋ねに行きました。が!フレームに乗った構造のトラックならOKなものの、モノコックボディと呼ばれるモナカ状の薄い鉄板による構造の車は全体で強度を保っているので、切った車体の強度計算は不可能だと絶望的な回答!実際に引いて来た事は黙って 諦めて帰りました。無謀な行動力は 我ながら若くて笑ってしまいます!ま、あいかわらずかな~?



野蛮食い魔ごめんなさい

2007年11月20日 | Weblog
正直に生きる事を 信条の一つにしている おれですが、自分でも恥ずかしい程の動物状態になってしまう事が 時々あります!これは正直とかでは済まない自分でも醜いと思える瞬間です。迷惑をかけないケースでは グレープフルーツを手で剥いて かぶりつく瞬間です!皮を丁寧に剥く人間的な作業を終えて 待ち構えていた野生の 動物のおれが むしゃぶりつくのです。やはり食に関する行動は理性でコントロール出来ない時が多いのでは?と先に弁護して 次に困ったケースです。一つしか無いケーキ、仲良しの彼女とは味を分け合って 一口勧めたり頂いたりする習慣が おれ達にはあります が!ちょっと気を抜いているとペロリと食べ終わりそうになっていて 最後の一口を震える手で「ごめ~ん また食べちゃった」と言う事になってしまうのです。その様子を相方は全て観察していて 特に眼が野生動物になっているそうで、彼女は主張しない 繊細に気を使えるタイプなので「すごいそれ好きなんだね よかったね」と冷めて諦めるそうですが、おれは酷い挫折感で悲しくなり落ち込むのです。犯罪者が犯行後に後悔する落ち込みに同情の余地も無いのですが、おれは正に流行語のKYに当る犯人で周囲にストレスを生ませまくる奴なのです。昨日も酔った相方にストレスを告白されました「わたしのアイス食べたでしょ!一生忘れないから」おれが買っといたやつなのに~なんて声は届きません!いつ食べようか楽しみにタイミングを計っていた大事な宝物を、野蛮な野生動物が甘い物を探して たまたま開けた冷凍庫、一瞬にして楽しみを奪ってしまった重罪なのです。「へたこいた~」がリフレインとディレイのまま 元気になる流行語の音楽が聴こえてこない状態で回りながら落ちて行きました。ああ、こんな奴が通り魔レイプ犯になったりするんだ!その一端なんだ!いろんな犯罪はおれのせいなんだ!ぜんぜん関係あるんだ~!ごめんなさい。


知識による喪失感

2007年11月17日 | Weblog
趣味でステンドグラスを習う おばさま向けの型紙デザインをすることがあるのですが、なかなか難しいのです。「普通に生活している人にとって 美術を勉強して洗練し過ぎたデザインは、時に退屈で馴染めない事もあるのです。」どういう事なのか?最初は信じられませんでした。親しみ易さなのか 確実に庶民的センス と言うものがあり、事実 昔は馬鹿にしていました。デザインの売り上げ統計で 実際に母親と勝負してみたのですが、完敗でした!現実を目の当たりにして「知」について恐ろしい仮説までもがチラついて来たのです!「知る程に失っているのではな~い~か~ぁ?」肩の力を抜いて描こうとするけれども「知」がちらついて知らついて、机をバァーン!頭をかかえてしまいます。この悩みは かのピカソが早くから悩んだ問題で、そうやって悩めば悩む程 憧れのマティスから遠のいてしまうのです。感覚の鋭い おれの相方 J画伯はピカソの作品を「すごいけどそれ程面白く無い」と正直に言います。作為的に無意識を演じる事になるのです!乱暴な言葉に置き換えると「天才は本当の馬鹿には なれない」です。わざと下手に描くなんて不自然で不健康です。勿論ピカソが追求したのは「知を超えての無意識」で、困難な道が更に精力的に挑戦出来たのでしょう。対してマティスが育てたのは最初から「感」だったのでしょう。悲しい矛盾や消せない知識は映画「アルジャーノンに花束を」で号泣した感触を思い出します。手探りな人生「知」に偏りがちな現代にとって小学校の美術教育は、生き方をも学べる大事な「みちしるべ」として重要です。


外道を更にはみ出せ!

2007年11月16日 | Weblog
久々に自転車をいじくっています。乗り物にも心があるとして 増え過ぎたマシンを処分して来たけど、畳んであったBMXを組み立てました。きっかけは「Joe Kid on a STING-RAY」というBMX自転車の歴史ドキュメント映画です。チョッパースタイルのハンドルにバナナシートの20インチ子供自転車を やんちゃな乗り方でバイクのモトクロスレースし始めたのがBMXの夜明けだったのです。何の分野でも同じですが、自由になる瞬間というのは感動します!スケートボードでは「DOG TOWN & Z-BOYS」が、バイクでは「ON ANY SUNDAY」です。道を走っていた乗り物が 道を外れて 砂漠や山や はたまた 水の無いプールに走り出す はみだす構造は同じ感覚で、おれにとって人間の性の中で最も好きな興奮する部分です。シュウィン社のスティングレイと呼ばれるタイプが一番メジャーなマシンですが、70年代初めの AMF という アメリカンバイク ハーレーも一時期お世話になった 企業買収対策の救済会社の Renegade という名の自転車です。背教者という意味らしく やんちゃな雰囲気は スティングレイの下のフレームが直線になった感じで、徐々に今のBMXスタイルに変わりかけている途中そのものです。チョッパーハンドルが純正ですが BMXのバーが付いたハンドルに変えたくて探していたら、ありました!変態的なハンドルが!左右のグリップを繋ぐ様に渡ったバーが 前後に2本なのです!話を訊くと「サーフライド」と呼ばれるハンドルのバーの上に立つ技が当時流行り 乗り易い様に作られた昔のハンドル!だそうです。バイクでも走行中にタンクの上に立つ写真を見た事があったので「スケートボードの様に乗り物には上に立ちたくなる生き物なのだな!」と納得して笑ってしまいました。当然ハンドル決定で乗る練習をしています。今流行りのピスト式のフィックスギヤにして曲芸乗りを楽しみたいなと企んでいます。小さい頃、海岸で練習中のBMX親子が後ろに漕いで進んでいるのに衝撃を受けて、家に帰って自分の自転車のギヤをハリガネで固定してみたものの 走れずに挫折した思い出のリベンジです!大人になって訊いたら「後ろに進むタイヤに合わせてペダルを後ろに回していただけじゃない?」だって。そんなスタイル無いらしいから おれが やらなくちゃ!古いバナナシートのBMXフィックス!他にも そろそろ一輪車フィックス野郎とか、流行らない外道な事しなくちゃねっ!


灯台下暗しの兄弟仁義

2007年11月15日 | Weblog
自己主張しがちな おきらく末っ子に対して、兄ちゃん姉ちゃんは 何かと責任取ったり 我慢を強いられてしまいます。おれにも素晴しい兄ちゃんがいて二人兄弟、面白いくらい能力が分散していて 律儀で真面目な兄に 仕事でも未だにお世話になって甘えています。これは おれが小学生の頃の話、遊びに夢中で帰るのが遅くなって家に鍵をかけられ 閉め出されてしまった時です。よくある話ですが、逆切れで「もういいよ!こんな家かえんないからねぇ~」と捨て台詞で家出するのですが、行く所もありませんし 外は真っ暗で心細いし、その時いいアイデア「台所の裏の軒先に居よう!灯台下暗し」軽い気持ちでしたが、この ことわざの発想からしてリスクの少ない心配かける目的のかくれんぼ「おれが消えちゃったら困るんだぞ」的な酷さで、心配する母の声まで聴こえそうな距離に潜んでいたのです。「もう晩御飯だから お兄ちゃん タカ探して来て」と母の声。兄ちゃんが 手の届きそうな距離の玄関から出てきます!ああ、もう見つかっちゃうな~っと思いきや 兄ちゃんは全然気が付きません「タカぁ~もうごはんだよ~入れてくれるからかえろうよ~」大きな声で優しく暗闇に呼びかける兄ちゃんの声は どんどん遠のいて行きます。最初は「灯台下暗し!ほんとだぜぇ」でしたが、真剣に探す兄ちゃんの声に どんどん不安になってきました。少し遠くから観察すると、兄ちゃんは不器用に絶対にそこには隠れませんって場所まで覗いてはご近所に恥ずかしくなる様な呼びかけを真面目に繰り返しています。「何だか自分が死んでしまって、本当に兄ちゃんに見つからない透明になっちゃったんじゃないか?」そんな不安や兄ちゃんの不憫な姿に、涙がボロボロ出て来て!でも どうやって登場していいものか解らないし、大声で泣きたい勢いなのに 口を手で抑えてオロオロしました。まだ兄ちゃんは見つけてくれません!どんどん遠く 遂には一緒に遊んだ事のある橋の下の基地に向け橋の上から呼びかけています。「そんなベタな本気の家出 おれには出来ないよ~」と ほんの少し笑ってしまった瞬間!「わあぁ~あ~おにいちゃ~ん」と抑えていた大声が油断して出てしまいました!振り向いた兄ちゃんは「なんだ そんなとこにいたのかぁ さがしたぞ」と おれの頭をぽんぽんしながら家につれて帰ってくれました。ただただ大泣きし続けていたけど泣き声に混ぜながら聴き取れない様に「知ってるよ、探すの見てたもん。見つからないんだもん ごめんなさい にいちゃん」って叫んでいました。思い出すと漫画みたいですが、本当に漫画みたいに素敵な兄ちゃんです。「兄ちゃん あの時 探してくれて 本当にありがとう。」

自己主張の野蛮性側面

2007年11月14日 | Weblog
自己主張とは するべき事として おれは育って来てしまった。末っ子らしい ちゃっかり精神からか、作家を志望しての目立とう精神なのか。おれのパートナー相方は対極する程に奥ゆかしくて、彼女の そんな局面に出合う度に 自分の図々しさや 自己主張のふさわしい在り方について 考えるのです。お祭りイベントでの出来事、風船で何でも作ってくれるパフォーマンスを見つけた彼女は 眼を輝かせて風船さんの前へ。はきはきした小1くらいのお嬢さんが、花と指輪を作って貰った上に まだねだっている。大人の人もいいですよ の声に、おれが 耳が凄く長いウサギを注文!初めての体験に嬉しくて興奮してしまいました。待っている間、水に手を入れて冷たくなった~と、さっきの少女がおれの所に来て手を出して暖めて!?って見知らぬおれに言うのです。そんな中 ウサギが完成して、遂に待ちに待った彼女の番!という段になって「もう何を頼むか わからないから いい」と いつの間にか眼の輝きが消えていました。後で聴くと 小さいのに堂々と自己主張する少女に圧倒され 風船の注文も出来ない今の自分、更には自分が少女の頃 初めて会う他人に触れる事すら出来なかったのを 思い出してしまった様です。二人でいると 自然におれが先に主張してしまうのも問題です。これは言い訳ですが 興奮して周りが見えなかったのは事実で、無理をせず気を使い過ぎないスタイルを強引に実行している おれが、彼女を勇気づけてる つもりで 同時に傷つけている事も多いのです。それでもお互いに惹かれ合って一緒にいるので 中和しつつあるのですが、三つ子の魂は根強く 人間はそれほど簡単に変身したりしないのです!出来る人は変身し続けられるでしょうが!理想的には「誰よりも眼を輝かせて風船作りを見ている彼女に気付いてもらう」のがいちばんでした。競争の激しい大陸からの 野蛮とも言えるワイルド思考の自己主張が 生き残る為に良い事だ!と当たり前になりつつある中、彼女の様なジャパニーズビューティーな思考に興味のあるおれは考え込んでしまうのです。「野蛮に人を押しのけてまで主張して何かを手に入れたくは無い」これは欲の強さの問題では無く美学 スタイルの思想で 当たり前に金や欲に走る現代の病気の処方箋に繋がる希望を含んでいるのです。泣けてきます。


熊の子太郎 あとがき

2007年11月13日 | 熊の子太郎
3週に渡って連載した童話版「熊の子太郎」が完結しました。思い入れが強過ぎて 最初から死に向っている物語と解っているのに、どんどん描くのが辛くなっていきました。読んだ方はお気付きかもしれませんが 描きながら、太郎よりも かなり ふう に気持ちが乗っていて、事実 長老に ふう が呼ばれるシーンを描く時 おれは号泣しながらタイプしていた程ですから、読んで頂いた感想で「太郎が撃たれるシーン」を挙げる人よりも「長老に呼ばれるシーン」にグっと来た!と言ってくれた人の方がストライクな感じで おれも嬉しいです。いつもながら かなり癖のある文章で読みづらかったかもしれませんが、ちょっとイジワルに「読んでいく時間が取戻せない感じ」をひっかけるトラップ的なしかけが好きなのです。通過してしまった言葉が後になって「あれは 唄ってたのか」とか「ふう は男かと思ってた」とか、文字に表しきれない全てが、読む人それぞれの世界別に 適当に膨らんでもらえたら愉快だと思うのです。いつか この物語を絵本にして、世界の小学校に寄贈して廻りたい!という夢があります。ギャラリーを借りて個展をするよりも有意義なお金の使い方でしょ!「神話に解釈を加えながら未来にリレーさせる」こんな素敵な世界に導いてくれた 中沢新一 先生に本当に感謝します。ありがとう!生きてて良かった!


熊の子太郎 15 最終回

2007年11月10日 | 熊の子太郎
みんな寝てしまった おひるごろ、
ふう は こどもたちを背負うと 山をのぼります。
お山には もう 花が咲いて ちょうちょが泳いでいます。
迷わずに家に着き「ただいまー」とコートを脱ぎます。すると
「おかえりー」と太郎ちゃんが笑って立っていました!
ふう は こどもたちのコートを脱がすのも忘れて
太郎ちゃんに とびつきました。
やっとこ じぶんで脱いだ、たお と さや も とびつき
いつもの よにんは、きのうおぼえた唄を
いつまでも いつまでも ぐるぐる ぐるぐる うたいました。

おちょうしもんの風が うたをうたっていたら、
それは おさんぽ中の 太郎ちゃんかもしれないね。

         おしまい