今年も残すところあと数日となりました。
終業式の日に慌ただしく活動を終了したため、部員に伝えたいこと(いつも多過ぎるのは反省ですが)の半分も伝えることができませんでした。
ただ現1・2年生たちなりの気付きも望みも、また能力の余地もたくさんあるように見えます。その点で、年明けに部員たちの意気込みを聞くのを楽しみにしています。
岩倉祭の時に「やぶさん」からいただいたハチミツ。「部員の皆さんでどうぞ」と言われていたのをすっかり忘れていて、顧問(確信犯の私?)が自宅で食しております。
来年のNコン朗読の指定作品。よしもとばななが人気かしら。
冬休みに入って基本的にはぼーっとしているのですが、今年1年の放送部を少しばかり振り返っています。コロナ禍が明けるような明けないような前半戦から、Nコン都予選、体育祭、Nコン全国、鹿児島総文、合宿、岩倉祭、高文祭・・・そして活動報告会。この激しいサイクルを何年なぜ繰り返しているのだろうか(続けられるのかも含め)なんて考えたりします。
でもそれを今のところ前向きにとらえられているのは、「変わらないようでいて変わっていくかもしれない」と感じるからなのだと思います。
昨今「AI」の登場で、煩わしい人間の行いの一部もしくは多くが取って代わっていくことが話題になります。でもちょっと待って、と思ったりします。
人間のすごい能力は、「何か違う」と識別する感覚があることです。(私はそこに結構賭けています)例えば音楽。同じ楽曲であっても微妙にハマるものとか、ハマる演者というものがあります。
今後放送活動の多くがデジタル化し、ますますAI導入が進んでも、機械による情報発信や創作物は、それほど簡単に人間のレベルを超えるところにはいかない。人間はリアルなものが好きだから、リアルじゃないものを見分けてしまうと信じています。
するとどうなるか。いずれ人の仕事は見直され、アナログな放送(名前は何であれ)に戻ると思うのです。
部員たちが例の「白い紙」をNコン向けに貼りました。
最後に、終業式に部員に投げかけた言葉。
日常の活動の上で放送部の顧問として、部員として、人間として、君はどういう人間なんだ?ってことを聞かれている。もちろん、部員として、アナウンスが聞き取りやすいとか、編集が上手とか、シナリオが得意とか、そういうこともあるけれど、結局君はどういう気概の人間なんだってことを試されている感じがする。
どれだけ苦しい状況でも、前を向いて戦えるか。逆境をバネに、さらなる成長への一歩を踏み出せるか。クラブとしても、ひとりの部員としても。
随分と気障(キザ)ですが、本心です。