社会を見て、聞いて、感じる。

人生そのものがフィールドワーク。

8月8日(日) ヒッコロコント。

2021年08月10日 08時10分21秒 | 2021年

 7時半過ぎに起床。

 朝食はオートミール。娘にも少しだけお裾分けする。

 朝から雨が降っている。午前中は寝室でひたすらゴロゴロする。

 昼食はゴーヤーチャンプル。

 昼から妻が美容室に出掛ける。それまではパズルで遊んでいた娘が、ドアが閉まった瞬間に私のところへ寄ってきてニヤニヤしている。YouTubeでアンパンマンの動画を見たいのだ。妻があまりよく思っていないことを知っているので、妻がいなくなるまで待っていたのである。わざと気づかないふりをして「ボール遊びでもする?」と言うと、「わかってるくせに」という目をしながら「パソコンでアンパンマン…」と小声で可愛くおねだりしてくる。こうすると私が断れないことも知っている。

 娘がYouTubeを見ている横で仕事用のパソコンを立ち上げ、少し仕事をする。たまに娘が覗いてくるが、面白くないことをしているとわかるようで、すぐに動画へ戻っていく。

 さすがにずっとYouTubeを見せているわけにもいかないので、後半は本当にボール遊びをする。娘が屈託のない笑顔で至近距離からボールを投げつけてくる。

 夕方に妻が帰宅。お願いしておいた本を買ってきてくれた。

 1冊目はヒコロヒーのエッセイ集『きれはし』。彼女がどんな文書を書くのか非常に興味があった。

 2冊目は時刻表。これがあればいくらでも脳内旅行で時間を潰せる。ただ、そこから実際に旅に出たくなるという強力な副作用もあるのだが。

 妻が娘を連れて散歩に出かけ、帰宅後すぐに私と娘で入浴。

 夕食は手羽元のチューリップ唐揚げを中心に。梅干しのタレで食べる。

 洗濯を済ませ、娘を寝かしつける。

 ヒコロヒーのエッセイ集『きれはし』を一気に読む。期待していたとおり、面白い。読みやすいとは言えない荒削りな文章だが、そこがまた個性的で惹きつけられる。彼女の面白さだけでなく、だらしなさ、しょーもなさ、弱さも生々しく表現されていて、仲の良い友人の近況を聞いているときのような心地良さがあった。

 南海キャンディーズ・山里、オードリー・若林、Aマッソ・加納、アルコ&ピース・平子、そして今回のヒコロヒーと、私はこの数年で芸人さんのエッセイをよく読むようになったが、そこから共通して読み取れるのは、彼/彼女らが持つ自身の弱さに対する受容力の高さである。芸人というのは、弱みが強みになる稀有な職業だ。それはありがたいようで、自分の弱さから目を背けることが許されない厳しさをはらんでいる。つらかったことや悲しかったこと、傷ついたことも笑いに昇華していく。それは決して簡単でも楽でもないけれど、それを繰り返すことで弱みと共に生きるのが上手くなっていく。そんな生き方を垣間見ていると、強く生きることは、弱いまま生きることなのではないか、とすら思えてくる。

 色々と御託を並べたが、私が言いたいことはこれだけである。芸人は、カッコいい。

 日付が変わる頃に就寝。