散日拾遺

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囲碁大会(続き)/碁会所デビュー

2013-10-29 23:05:11 | 日記
囲碁大会の件、続き。

***

気合の入る一局目、相手のテヅカさん(三段)を見て、オヤと思った。
昨年一月、初めてこの種の大会に出た時、2勝2敗の第5局にあたった人だ。
大石を取って取られて大乱戦の末、時間が切迫して対局時計をもちこまれ、数十人のギャラリーに取り囲まれての大立ち回り。数えてみたら意外の大差で勝たせてもらった思い出の一局だ。
背が曲がり杖を突いて跛行しておられるが、碁は激しく若々しい。
「え、そうかな?前に打ちましたか、そうだったかなあ・・・」
相手など見ず、碁に集中しているのであろう。今日はじっくりした揉みあいになった。

碁は形勢判断ということがあるので面白い。
僕はいくらか自分が苦しいと思っていたが、テヅカさんも自分が悪いと思っていたようなのだ。
終盤やや無理気味のヨセを打ってきたのは勝負手だったらしい。
反発し合っての大きな変化はこちらの有利に転び、大差がついた。
「負けました」と呻くようにおっしゃるテヅカさん、心底残念そうである。
「そうか、前にも当たったか、あんた強いなぁ・・・」

勝負事の面白さで、一度対戦した相手はよほど感じが悪くない限り、心理的な距離がぐんと近くなる。
テヅカさんもそんなところだったのか、その後はすれ違うごとに声とハッパをかけてくださった。
僕はこれがこの日唯一の白星、テヅカさんは残り3局を全勝してめでたく入賞である。

***

二局目はタケダさん(三段)、この人は初対面だ。
どこかで会ったような気がするのは、CCC(CMCCとは違う)でお世話になったK先生に似ているからかな。
相手は中国流、コモク側に遠く高くかかったところを強引にハサンでくる。見かけによらず乱暴な。
定石に依らずに切り結ぶこと20手ほど、好みに反して石が下に行き、相手に外勢を張らせるワカレになる。

中盤の競り合いは手応えあり、筋はこちらの方が良いようだ。
シチョウアタリ2本を利かして中央に進出し、気持ちよく寄せていく。
終盤一瞬ヒヤリとしたのは、立ち上がりに封鎖された石の死活。やはりモグるのはよくない。
幸い相手の見損じに救われて、いざ作ってみると盤面一目の負け。
タケダさん、しきりに申し訳ながるのだが、この時が不思議だった。
なぜか悔しくないのである。

これが互先ならコミがかりで5目半の勝ち、途中の好感触は間違っておらず、ただ一段分のハンデを返しそこねたわけなんだが、しかし何でかな?頭の中は原因探しに向かっている。
どうやら序盤が悪かった。
注文通り外勢をプレゼントしたのが考えもので、注文を外すことを考えるべきだった。

テヅカさんがやってきた。
「なに、一目負け?何ともったいないことを、ワシに勝っといて、あんたしっかり勝たんかいな」
「すみません」
代わりに悔しがってくださる。

***

昼休みにワタナベさんを見つけた。
五段とおっしゃるが、往時はそれ以上に強かったらしい。
テヅカさんと対局した昨年一月に、ワタナベさんとも当たって貫録負けした。
「難しく難しく打ってこられましたね」
と巧みな表現で敗因を指摘され、学士会の囲碁部へ誘っていただいたものだ。
かなりの高齢と見えるが、お元気そうで安堵する。

2局も打てばもう堪能、食後の眠気も手伝って、このあたりから勝負へのこだわりが一段と下がるようだ。
午後の一局目はフジモトさん。
二段なので二子置かせて打つのだが、何だか相手が落ち着かない様子である。
「四段ですか、どうもなあ」としきりにぼやいている。僕は僕で、置かせて打つのは勝手がわからない。

流れは悪くない。
左辺・左下・下辺、三分された相手の石が、どれも怪しげな形をしている。
後から考えると、ここで判断を誤ったのだ。

まず左下を下から攻め起こす。部分的に一眼しかできず、中央に逃げ出すのを追って右下とのカラミに入り、これは理想的なパターン。
行けると踏んで右下の眼をとりにいったのが無理手だった。
打ち過ぎは八年の患い。猛然と反撃され、逆にこちらがちぎれてしまった。
やむなく右辺の大石に狙いを絞るが、これも一歩及ばず二眼の生き、そうなると地が足りない。

乱戦の中でまたしても「時計」導入。
そこからフジモトさんが激しくぼやき始めた。
「いやだなあ、これが切れたら負けかい」「考えられやしない、こんなの碁じゃないよ」
しきりにぼやいては、着手後にボタンを押し忘れてまたぼやく。
しかし僕も心中は同感、これは僕の打ちたい碁ではない。

「フジモトさん、もうやめましょう、私の負けです。」
「いいんですか?」
「いいです、この大石が死んでますから」
最後まで打てば何が起きるか分からない。
しかしどう転んでも、この碁はこれ以上楽しくはならないだろう。
「弱い石を追い立ててカランだところまでは、私が良かったと思います。ただ、決めに行った手が打ち過ぎで、それをきっちりとがめられましたから。」
「そうなんですか」
「そう思います。もう少しゆっくりアオっていけば、白が打ちやすかったでしょうけれど、見事な逆襲でしたよね。」
相手は少し不機嫌そうに黙っている。

よく考えれば、失敗はもっと早い段階にあった。
左下でも右下でも、部分的に活きがないという判断は正しく、相手が気づいていないと考えたのも正解だったが、それをとがめにいくのが一手早すぎた。
「次は行きますよ」と中央から圧迫し、その利きで中央に模様を張るのが自分本来の流儀でもあった。
取れると思った時がいちばん危ない。ピンチがチャンスであるように、チャンスはピンチでもあるのだ。
「仰向けに高転びに転ぶであろう」とは、絶頂期の信長を評した安国寺恵瓊の言葉である。

用を足して帰ってきたフジモトさんに、声をかけられた。
表情が、今はいくらかさっぱりしている。
「下手(したて)の私が言うのもなんですけど、イシマルさんの碁はきれいですね」
「え?」
「いえね、上手(うわて)ってのは大概わけの分からない手を打ってきたり、ハメ手でひっかけたりしてイジメるでしょう。だから四段と聞いてイヤだなあと思ったんですよ。でも今日はきれいな手で堂々と打ってこられて、驚きました。」
「ありがとうございます!」

碁をやっていて、こんなに嬉しいことはない。
美しい碁を堂々と打ちたいのだ。
指導碁でプロから褒められたことはあったが、まさか下手から褒められるとは思わなった。
「私ら、毎週ここで打ってるんです。ぜひまた教えに来てください。」

ああ、今日は好い日だ、来てよかった。

***

やりとりを横で聞いているオダさんも、この会館で打っているらしい。
オダさんとは、一月の大会で二年続けて当たった。
同じ四段だが少々ムチャ攻めの癖のある人で、それを咎めて昨年は盤上に相手の石がなくなるほど取ってしまった。今年一月も似たような展開で、テヅカさんと違いオダさんははっきり覚えている様子。

最後の相手は、そのオダさんである。
そうと知って、残り少なくなった闘争心がほぼ枯渇した。といって、いい加減に打つわけにもいかない。
ここは発想転換、いつも考えながら実行できないでいる打ち方を、いろいろ試してみるとしよう。

で、ノゾキをツガず、捨てて外に回ってみる。
あるいは断点を敢えて切らず、まとめて大きくアオってみる。
あれこれやってみたが、慣れないことはうまく行かない。あちこちハミ出されて地合いで大差をつけられた。
それでもこれが本日最後の局、いちおう作ってみようか。すると碁は最後まで分からない。
打ち終えてダメづめ、最後の最後にオダさんが間違えて超大石が頓死してしまった。
「負けました、大逆転です。」
「よしましょうよ、オダさん、ダメづめですよ、こんな勝ちをいただくわけにいきません。」
「いや、私の負けです。」
「いいえ、私が負けです。」
押し問答に、みんなが笑い出した。審判が困った顔をしている。

「なんだい、あんた強いに何をやっとる、優勝せんかいや!」
「すみません」

テヅカさんが、決めのハッパをかけてくれた。

***

会場から家まで、真正面から照らす夕陽を避けながら3kmほどの道を歩く。
急に腹が減ってきて、昼に残した握り飯を食べながら歩いた。
ああ、今日は好い日だった。勝負にこだわらなければ、碁はこんなに楽しいのだ。

家の近くまで帰ってきて、ふと思い立って商店街の碁会所に立ち寄ってみる。
前々から気になっていたが、良い機会だ。
10人ほどの男性に女性が一人、思い思いに盤を囲んでいる。
受付の女性に挨拶し、「四段ぐらい」と自己紹介して入れてもらった。
紹介されたスズキイチローさんは、三段とのこと。今日は三段相手が多かった。
「同じイチローさんでもだいぶ違うわね」
「何を言う、ワシの方がイケメンじゃ」
と和気藹々。

今度は時間を気にせず、向う先で二局。
「打ち過ぎず、丁寧に」と、反省を込めて手を選ぶ。

「ほほう、温厚な人だの、ワシみたいな乱暴をせんわいな」
「そうでもないんですよ」

今度こそ堪能した。


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1 コメント

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Unknown (Emiko)
2013-11-03 16:39:07
我が家の二人は囲碁カフェなるものに出入りするようになりました。
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