2016年7月23日(土)
人が降りて、人が乗り込んでくる。人の流れを見るともなく眺めていると、視野の中央に若い女性が立った。何の気もなくそのままそちらを眺めていたら、やおらじろりと一瞥された。
「あさが来た」の主演女優に負けないほどの、眼窩からこぼれ落ちそうな白目玉が明白なメッセージを叩きつけ、いわゆるガンを飛ばされた形である。
「おまえの視線と存在が許容しがたくウザいのだ、直ちに視線を移すか、いっそ立ち退くべし」と、文字にすればそういうことのようで、イライラして今にも噛みつかんばかりの敵意がこもっている。
おおこわ!
しかし困ったな、先からここにいたこちらの視界の中に、そちらさまが入り込んでいらしたのですけれどね。
だいいち僕はただのんびりボンヤリしていたいだけなので、視野の中に不機嫌と敵愾心丸出しの異物が侵入したうえ、指図がましくガンなんぞ飛ばされるのは実のところけっこう迷惑もあり不快でもある。
こちらが場所を変える云われもないよなと軽く意地を張ってアゴを挙げ、見たくもない吊り広告なんか読んだりしている。天皇陛下生前退位、都知事選候補、リオ五輪、テロ…
そのうち視野の端で、女性がうつ向いてアクビを一つ噛み殺した。眠いの?ゆうべちゃんと寝た?左耳から落ちたイヤホンを面倒くさそうに入れ直す。ひどく疲れているようでもある。
黒い靴は金色の洒落た縁取りがついて外出仕様だが、ロングスカートにカーデガンは仕事よりも寛いだ余暇向きのものと見え、髪はいちおう櫛が通っているものの、微妙な梳き崩れがある。ブランド品だかまがい物だか僕には区別のつかない手提げバッグが、みっちり入った中身の嵩を示すようだ。
次の駅で早くも女性は降りていった。土曜の朝、午前8時の白金台。苛立ちの発信源が遠退いていく背中をホッとして見送っていると、あるストーリーがふと脳裡に浮かび、瞬時に疑いのない事実として定着した。
そうなんだ、それで見られたくなかったんだね。
大変だったね。
Ω