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散日拾遺

日々の雑感、読書記録、自由連想その他いろいろ。
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大学の窓 アナウンサーブログに登場

2015-10-01 22:28:05 | 日記

2015年9月30日(水)

 放送大学の「大学の窓」にアナウンサーブログというものがあるんだそうで、見れば斉藤綾乃アナのフルマラソン完走姿や徳島SC訪問記録など、なかなか楽しい空間である。http://ouj-mado.blogspot.jp/

 そこで石丸教授を紹介してくれた。詳しくは後で書くとして、取り急ぎ下記。

  

 場所は放送大学の若葉会館3階和室。その押し入れから無造作に取り出された碁盤・碁石をみてびっくり。カヤの5寸盤に、30号ぐらいの蛤碁石、碁笥は栗材かと思われる深い色のもの、それらが複数そろっている。何と立派なこと。

 その昔放送大学に潤沢な資金があり、囲碁ファンが多かった時代に調達されたものだろう。今は使う者もなく死蔵されている。これも時の移ろいというものか。それにしても、う~、もったいない。蛤たちに申し訳ない。

 「持ってっちゃってもわからないですよ」とスタッフが悪魔のようにささやくが、さすがにそうはいかないよね。在任中だけ別室に借り出したらいけないか、後で正式に頼んでみよう。


北御門二郎の良心的兵役拒否

2015-10-01 08:07:58 | 日記

2015年9月30日(水)

 北御門二郎について wiki から転載。

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 北御門 二郎(きたみかど じろう、1913年2月16日 - 2004年7月17日)は日本の翻訳家、文芸評論家。レフ・トルストイの平和思想に共鳴し、農業を営みながら彼の作品を翻訳した。良心的兵役拒否をしたことでも知られる。

 熊本県球磨郡湯前町に生まれる。旧制第五高等学校(現・熊本大学)在学中にトルストイの『イワンの馬鹿』を読み絶対非暴力の思想に衝撃を受け、以後トルストイに傾倒。1933年に東京大学文学部英文学科入学。1936年6月、大学での学問に疑問を感じ、大学在籍のまま満州の哈爾濱(ハルビン)に渡り白系ロシア人にロシア語を学ぶ。体調を崩したこともあり、翌1937年5月に帰国。

 1938年、兵役拒否を図り遁走。家族の懇望で同年4月22日徴兵検査を受検するが結果的に兵役免除となる。同年東京大学を中退、熊本に帰り、球磨郡水上村に就農。晴耕雨読の生活を送る。瀧川幸辰・河上肇らと交流があった。地の塩書房刊『ある徴兵拒否者の歩み』(2009年にみすず書房で再刊)と、地元熊本の不知火書房刊『くもの糸 北御門二郎聞き書き』が詳しい。

 1958年、同人誌『座標』創刊に参加し、小説「仮初ならば」の一部を発表。完結後に単行本化を目指すが挫折。この頃からトルストイ文学の翻訳を志し、1965年青銅社から『生ける屍』『懺悔』を刊行。1966年から『復活』の翻訳に着手、同年青銅社が倒産後も家業の傍ら翻訳を継続。1973年、本多秋五の尽力で『神の国は汝等の衷にあり』(冬樹社)刊行。1976年、熊本県立宇土高等学校の生徒との共作として『イワンの馬鹿』版画集を共同出版。

 トルストイ三部作翻訳完成の後押しを受け1978年から翌年にかけて『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』『復活』(各東海大学出版会、のちに第16回日本翻訳文化賞受賞)。

 護憲論者であり、九州における護憲運動の象徴的人物としてしばしばジャーナリズムに登場した。

 2006年、童話民話集『トルストイの散歩道』全5巻(あすなろ書房)刊行。

【著書】

かりそめならば 青銅社 1965

トルストイとの有縁 武蔵野書房 1981

ある徴兵拒否者の歩み トルストイに導かれて 径書房 1983

トルストイの涙 沢地久枝対話 エミール社 1992

くもの糸 北御門二郎聞き書き 南里義則 不知火書房 2005

【翻訳】

生ける屍 トルストイ 青銅社 1965

懺悔 トルストイ 青銅社 1965

神の国は汝等の衷にあり トルストイ 冬樹社 1973

戦争と平和 トルストイ 東海大学出版会 1978-1979

二老人 レフ・トルストイ 虹の会版画集出版事業会 1978.10

アンナ・カレーニナ トルストイ 東海大学出版会 1979

復活 トルストイ 東海大学出版会 1979

火の不始末は大火のもと レフ・トルストイ 虹の会版画集出版事業会 1980

愛ある所に神有り レフ・トルストイ 虹の会版画集出版事業会 1981.3

トルストイ戯曲集 武蔵野書房 1982.8

人には沢山の土地がいるか レフ・トルストイ 虹の会版画集出版事業会 1982.2

文読む月日 言葉は神なり レフ・トルストイ 地の塩書房 1983-1984 のちちくま文庫

人生の道 レフ・トルストイ 武蔵野書房 1985.1

トルストイの民話版画集 レフ・トルストイ 地の塩書房 1985.6

イワン・イリイッチの死 レフ・トルストイ 地の塩書房 1989.1

光あるうちに光の中を歩め レフ・トルストイ 地の塩書房 1989.5

作男エメリヤンと空太鼓 レフ・トルストイ 虹の会版画集出版事業会 1992.3

トルストイ的共同体《生命と労働》の歴史的描写とその考察 ベェ・ウェ・マズーリン 1992(北御門訳トルストイ文庫 別巻6)

ペレストロイカの鏡としてのレフ・トルストイ エル・エヌ・トルストイの死後80年に際して イリヤ・コンスタンチノーフスキー 1992(北御門訳トルストイ文庫 別卷 7)

イワンの馬鹿 レフ・トルストイ 地の塩書房 1993.9

世に罪人はいない トルストイ ポスレドニク出版 1996

幼年時代 トルストイ 講談社 2009.1

青年時代 トルストイ 講談社 2009.1

少年時代 トルストイ 講談社 2009.1


北御門二郎と「イワンのバカ」

2015-10-01 07:37:11 | 日記

2015年9月30日(水)

 被爆二世さんからのコメント、数日前のブログに対してなので、目に留まらないかと思い再掲する。冒頭で empathy と sympathy に関する件を本にするよう、激励をいただいた。しかしコメントの中心は下記である。

 北御門さんのことは知らなかった。トルストイに傾倒し、自身も農民として生活しながら創作にうちこんだ作家があったと思ったが、これはまた別の人だったかな・・・いや、この人のようだ。熊本の人とある。笠智衆を思わせるいがぐり頭で田の仕事に励む姿をTVで見たが、確か熊本の訛りがあったように記憶する。

***

トルストイの「イワンのバカ」の翻訳者、北御門二郎さんの生き方を描いた

「北御門二郎 魂の自由を求めて: トルストイに魅せられた良心的兵役拒否者 」ぶな 葉一著

という本を読みました。

 

 北御門二郎さんは、トルストイに影響を受け、人を殺すくらいなら、殺される方がましだと、処刑を覚悟で兵役を拒否し続けたとそうです。

 私は、終戦当時14歳だった母から

「原爆で亡くなった叔母さんは、勉強が好きだったのに、国民学校で勉強できずに、学徒動員されて兵器工場で働かされていた。そこで、叔母さんは被爆したと思うけど、探しに行っても、みんな黒焦げになってしまって見つけることができなかった」

 と、聞かされました。

 あの当時、北御門二郎さんが学徒動員も出兵も拒み続けることが可能だった影には、当時の警察官や村長らの北御門さんへの共感があったかららしいです。北御門二郎さんが、これを読んで不戦の想いを募らせたという「イワンのバカ」、wikiから引用します。

 

 

 昔ある国に、軍人のセミョーン、布袋腹のタラース、ばかのイワンと、彼らの妹で?(おし)のマルタの4兄弟がいた。

 ある日、都会へ出ていた兄たちが実家に戻ってきて「生活に金がかかって困っているので、財産を分けてほしい」と父親に言った。彼らの親不孝ぶりに憤慨している父親がイワンにそのことを言うと、ばかのイワンは「どうぞ、みんな二人に分けてお上げなさい」というので父親はその通りにした。

 3人の間に諍いが起きるとねらっていた悪魔は何も起こらなかったのに腹を立て、3匹の小悪魔を使って、3人の兄弟にちょっかいを出す。権力欲の権化であるセミョーンと金銭欲の象徴のようなタラースは小悪魔たちに酷い目に合わされるが、ばかのイワンだけは、いくら悪魔が痛めても屈服せず、小悪魔たちを捕まえてしまう。小悪魔たちは、一振りすると兵隊がいくらでも出る魔法の穂や揉むと金貨がいくらでも出る魔法の葉、どんな病気にも効く木の根を出して助けを求める。イワンが小悪魔を逃がしてやるとき、「イエス様がお前にお恵みをくださるように」と言ったので、それ以来、小悪魔は地中深く入り、二度と出てこなかった。

 イワンは手に入れた宝で、それで戦争をしたり贅沢をしたりするわけではなく、兵隊には踊らせたり唄わせたりして楽しみ、金貨は女や子供にアクセサリーや玩具として与えてしまう。無一文になった兄たちがイワンの所にかえってくると、イワンは喜んで養ってやったが、兄嫁たちには「こんな百姓家には住めない」と言われるので、イワンは兄たちの住む小屋を造った。兄たちはイワンが持っている兵隊や金貨を見て「それがあれば今までの失敗を取り戻せる」と考え、イワンは兄たちに要求されて兵隊や金貨を渡してやる。兄たちはそれを元手にして、やがて王様になった。

 イワンは住んでいる国の王女が難病になったとき、小悪魔からもらった木の根で助けたので、王女の婿になって王様になった。しかし「体を動かさないのは性に合わない」ので、ただ人民の先頭に立って以前と同じく畑仕事をした。イワンの妻は夫を愛していたので、マルタに畑仕事を習って夫を手伝うようになった。イワンの王国の掟は「働いて手に胼胝(たこ)がある者だけ、食べる権利がある。手に胼胝のないものは、そのお余りを食べよ」と言うことだけだった。

 ある日、小悪魔を倒された大悪魔は、人間に化けて兄弟たちの所にやってくる。セミョーンは将軍に化けた悪魔に騙されて戦争をして、タラースは商人に化けた悪魔に騙されて財産を巻き上げられて、再び無一文になる。最後に大悪魔はイワンを破滅させるために将軍に化けて軍隊を持つように仕向けるが、イワンの国では人民は皆ばかで、ただ働くだけなので悪魔に騙されない。今度は商人に化けて金貨をばらまくが、イワンの国ではみんな衣食住は満ち足りており、金を見ても誰も欲しがらない。そればかりか、悪魔は金で家を建てることができず、食べ物を買えないので残り物しか食べられず、逆に困窮して行く。

 しまいに悪魔は「手で働くより、頭を使って働けば楽をして儲けることができる」と王や人民に演説するが、誰も悪魔を相手にしなかった。その日も悪魔は、高い櫓の上で、頭で働くことの意義を演説していたが、とうとう力尽きて、頭でとんとんと梯子を一段一段たたきながら地上に落ちた。ばかのイワンはそれを見て、「頭で働くとは、このことか。これでは頭に胼胝よりも大きな瘤ができるだろう。どんな仕事ができたか、見てやろう」と悪魔の所にやってくるが、ただ地が裂けて、悪魔は穴に吸い込まれてしまっただけだった。

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