桜の季節、京都は外国からのお客様で賑わった。
京都は人種の坩堝と化し、様々な言語が、どこかはんなりとしたニュアンスをまとって飛び交った。
まるでニューヨーク。
エンパイアステートビルよろしく東寺の五重塔が聳え立ち、京都御苑はセントラルパークと見紛わんばかりであった。
とか、そんなことを言う人もいたとか、いなかったとか。
さあ、桜の季節は無事終わった。
今度は学生である。
京都には修学旅行の学生が、日々入れ替わって訪れる。
ようこそ京都へ。
ここは歴史のテーマパーク。
昭和34年というから、今から54年前になるが、その4月20日、つまり今日、国鉄(現JR)がとある電車を走らせた。
その名も「ひので」と「きぼう」、用途は、修学旅行専用電車。
とにかく収容人数を優先した作りで、なおかつ、急病人が出たときに簡易ベッドに替わる座席の設置や、トイレの増設など、修学旅行用に特化されたつくりになっている。
おりしも高度経済成長期真っ只中、戦後生まれが中学生になる、子供の多い時代。
修学旅行の生徒の数も、ぐんと多くなってきたのだろう。
やがて5年後に開通する東海道新幹線等にその役目を奪われ、昭和50年代には、ほぼ消滅してしまうという、短い命。
嗚呼、儚きものへ抱くはノスタルジー。
年配の方々は、それに乗った記憶もあるだろう。
ちなみに、修学旅行という言葉が初めて世に出たのは、教育関係の雑誌だという。
それの発行されたのが、明治20年、これもちょうど4月20日のことだというのは、偶然か。
いずれにしても、120年以上の歴史のある、学校行事ということだ。
日本人の多くが、一度は修学旅行で京都を訪れている。
ここで思い出を作り、後にまた訪れて、その思い出を回収するという楽しみが、そこにはある。
今から修学旅行で京都へ来る人たちには、多くの思い出を作ってほしい。
かつて修学旅行で京都へ来た人たちには、その思い出を回収するために、また京都を訪れて欲しい。
”あいらんど”