ヒジュラ暦1426年シャッワル(10月)22日 ヤウム・ル・ジュムア(金曜日) |
おそろしく遅いペースで『コーラン入門』を読んでいる。
地名が出てくれば、場所が気になるので調べ、クルアーンの文言が出てくれば気になってアラビア語と各種の訳を参照し…という感じで、亀さん状態だ。
イスラーム以前のアラビア半島の宗教状況については文章でさらっと書かれても理解しづらいので、自分で調べて地図を描いた。ついでに、コンピューターでも地図を作ってみた(上の地図)。
そして、クルアーンの方は、訳者が引用している第12章:ユースフ章の第106節が気になった。アラビア語の勉強を兼ねて考える。
ジャーヒリヤ時代の多神教について触れた部分。
【第12章:ユースフ章 第106節】
وَمَا يُؤمِنُ أَكْثَرُهُم بِاللهِ إِلاَّ وَ هُم مُّشْرِكُونَ
ワ・マー・ユーミヌ・アクサル・フム・ビッラーヒ・イッラー・ワ・フム・ムシュリクーナ
- 【井筒俊彦訳】だいいち、大抵の者はアッラーなど信じてはいない。それどころか愚にもつかぬ偶像のひとつくらいに考えておる。
- 【日本ムスリム協会訳】かれらの多くは、アッラーを多神のひとつとしてしか信仰しない。
- 【医王秀行訳】人々の多くはアッラーを信じているものの、アッラーに仲間を作っている。
وَ 〔ワ〕
は、前の文章との関係で単なる接続詞「そして」なんだろうな。
で、次の
مَا 〔マー〕
は、過去の否定かな? でも、各種の訳は現在形で訳してあるな。
يُؤمِنُ – بِ = 〔ユウミヌ - ビ =〕
は、おそらく原形は、
آمَنَ - بِ = 〔アーマナ - ビ =〕
だろう。Ⅳ形だから、未完了形の三人称単数男性形かな。動詞文だから動詞の活用は単数形でいいんだよな。
意味は「―は=を信じる」だろう。
主語の「―」にあたるのが
أَكْثَرُهُم 〔アクサル・フム〕
で、「彼らの多くは」だな、きっと。
「=」にあたる部分が
الله ُ 〔アッラーフ〕
「アッラー(神)」で、前置詞の
بِ 〔ビ〕
の後ろだから、主格が属格(所有格)に変わって、
بِاللهِ 〔ビ・ッラーヒ〕
となるわけだな。
ここまでを総合して訳すと、
①「(そして)彼らの多くはアッラーを信じない」となる。
次に、
وَ هُم 〔ワ・フム〕
は、さきほどの「彼らの多く」と同じ人々を指しているではないか?
この
هُم 〔フム〕
にも
أَكْثَرُ 〔アクサル〕
がかかっているのではないかな?
مُّشْرِكُونَ 〔ムシュリクーナ〕
の原形は、Ⅳ形の動詞の
أَشْرَكَ 〔アシュラカ〕
ではないか? 未完了形の三人称複数男性形だな。今度は複数形でいいんだよな。
ええと、意味は辞書によると「仲間にする、分け前を与える」。
『コーラン入門』の注意書きだと「(神に)仲間を作る」ということになるな。
そして、
إِلاَّ- 〔イッラー -〕
は「―を除いて、―以外に」という意味だから、この言葉以降をまとめると、
②「(彼らは)神(アッラー)に仲間を作ることを除いては」となる。
さっきの①と②をつなげると、
(そして)「②(彼らは)神(アッラー)に仲間を作ることを除いては、①彼らの多くはアッラーを信じない」となる。
日本語らしく整えたのが、それぞれの訳ということになるのだな。ふむふむ。
ふう、独学でアラビア語文法を勉強するのは本当に難しい。
という調子で、超スローペースで読んでいる。
これで、『コーラン入門』の8ページ分くらい。全部で500ページ近くある本なのに、我ながら気の長い読み方だ。でも、きっといつか読み終わるだろう。