自己満足的電脳空間

完全自己満足主義。テーマはない。自分の趣味・関心事を偏った嗜好と思考でダラダラと書き綴る自分のための忘備録。

(娘用)読売ジャイアンツ ジャビットぬいぐるみ【初期裸バージョン】

2018-03-30 00:05:00 | 模型・フィギュア等
(娘用)読売ジャイアンツ ジャビットぬいぐるみ【初期裸バージョン】



1月中旬、流山街道沿いにあるリサイクルショップ「ニッポン3R」にふらっと寄った際、娘が発見。「ジャビット~ジャビット~」とねだられ、税込み162円だったから購入。紐を引っ張るとブルブル動くギミックがお気に入りのようだ。

ちなみに以前にも少しだけ言及したが、ジャビットが巨人軍の「三代目マスコット」として誕生したのが1992年。その当時は、上記ぬいぐるみのように「裸」状態だったが、1994年から下記写真のようにユニフォームをまとうようになった。

※息子・娘兼用ジャビット(北千住ルミネの期間限定ジャイアンツショップにて2015年に購入)

そのことは球団ペットマークからも伺える
●1992~1993年のペットマーク

正確には1991年10月29日誕生

●1994~2005年のペットマーク

試用期間中「GIANTS」のロゴ等のマイナーチェンジはあり

ちなみに初代ペットマークは「ミスタージャイアンツ」

1965~1979年(正確には1964年10月に誕生)長嶋茂雄の太い眉、王貞治の大きな目、川上哲治の太鼓腹がモチーフになったと言われている。

1980~1991年までは「バットに乗った少年」

1980年5月27日に誕生。1980年は「GIANTS」等のロゴがユニフォームと同じサンフランシスコ・ジャイアンツ風の書体。

その後上記ジャビットの時期を得て2006~2010年までは「G-KING」


2011~2017年までは「ウイニングジャビット」


2018年からはペットマークから初めてキャラクターが削除されることになった


こーやってみてみると、巨人のペットマークは随分とコロコロ変わっていて球団が積み重ねてきた歴史と伝統の重みを感じとることができない。反して何十年もペットマークの変わらない阪神と広島からは確固たる信念すら感じとれる。

1977年か1978年前記の12球団ロゴ及びペットマーク一覧

NPB 日本プロ野球歴代ロゴマーク・マスコットまとめ


上記「ミスタージャイアンツについて余談…
「エフワン(F1)ガム」なのに、なぜか『ジャイアンツファンなら…』の文言www

パッケージに描かれているマシンはブラバムBT45と推測される。全く巨人と接点がないwww

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フレディ・マーキュリー フィギュア

2018-02-19 00:05:00 | 模型・フィギュア等
フレディ・マーキュリー フィギュア

※娘撮影 後ろののりたまが…(笑)

友人からのプレゼント。私宛だったが、意外にも息子や娘に好評のS.H.Figuartsシリーズ。


本物のフレディ・マーキュリー。上記フィギュアの精密なる忠実な再現度に驚かされる。

フレディ・マーキュリー(Freddie Mercury、1946年9月5日 - 1991年11月24日)は、イギリスのミュージシャン。ロックバンド、クイーンのボーカリスト。また、ソロ歌手としても活動した。本名はファルーク・バルサラ(Farrokh Bulsara、グジャラート語: ફ્રારુક બલ્સારા‌))。

フレディは、当時イギリス領だった、東アフリカ・タンザニアにあるザンジバル島のストーン・タウンで生まれた。両親のBomi(1908〜2003)とJer Bulsara(1922〜2016)は、ペルシャ系インド人であるパールシー。彼の名字のバルサラは、インド・南グジャラートの町であるバルサードに由来する。フレディは、インドで幼少期の大半を過ごしたが植民地のオフィスで会計係として働く彼の父親が仕事を続けるため、ザンジバルに移った。

1964年、17歳のとき、ザンジバル革命が起こり、アラブ人とインド人の多数の死傷者が出た。フレディとその家族は、安全上の理由でザンジバルから逃れた。家族は、イングランドのミドルセックス州フェルサムにある小さな家へ移り住んだ。

彼の作曲の大きな特徴は、ロカビリー、プログレッシブ・ロック、ヘヴィメタル、ゴスペル、ディスコを含む、広いジャンルで作曲していることである。また、フレディは世界中のスタジアムでライブ公演を行い、そのパフォーマンスで注目を集めたアーティストである。そのスタイルはきわめてシアトリカル(演劇的)で、観客をどっぷりと巻き込んだ。フレディがクイーンと行った最も有名なパフォーマンスの1つに、1985年のライヴエイドがあり、スタジアム全体の72,000人の観客が、パフォーマンスに合わせて叩いたり、歌ったり、揺れたりした。イベントでのクイーンのパフォーマンスは、それ以来ロックの歴史で最も良いライブパフォーマンスであると投票されている。



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我が家のドラえもんたち

2018-01-01 00:05:00 | 模型・フィギュア等
昨年の1月4日、仕事で「川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアム」に行った。その際、広報の方のご好意で息子も一緒に連れて行くことができた。

それから、息子はドラえもんにどっぷりハマった アンパンマン好きな娘もお兄ちゃんの影響でドラえもんも大好き♪

そんな我が家のドラえもんたち

①ジャイアンツVer.マスコット

6月に東京ドームで野球観戦した際に購入…というかねだられた(苦笑)

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Figure-riseMechanics ドラえもん

友人からのいただきもの。内部メカが透けて見えるクリア外装の他に通常のブルー外装もあり。

③でっかいぬいぐるみ



友人からのいただきもの。今までは就寝時にはアンパンマンのぬいぐるみが必需品だったが、今ではこのデカドラえもんと一緒に毎晩寝ている♪

今年はもっとドラえもんが増殖するかも…

フェラーリ 軌跡のF1コレクション【1/72モデル】

2017-12-29 00:05:00 | 模型・フィギュア等
フェラーリ 軌跡のF1コレクション【1/72モデル】

ローソン限定で実施されていた缶コーヒーキャンペーン(キャンペーン期間:2006年10月10日~)で2本に1個付いていたオマケ玩具。

【上段左から】
Ferrari 375F1 (1951) No.12 F.Gonzalez
Ferrari 158F1 (1964) No.7 J.Surtees
Ferrari 312T2 (1976) No.1 N.Lauda
Ferrari 126C2 (1982)] No.27 G.Villeneuve
【下段左から】
Ferrari 641/2 (1990) No.1 A.Prost
Ferrari F1-2000 (2000) No.3 M.Schumacher
Ferrari F2003-GA (2003) No.1 M.Schumacher

引越しの手伝いのお礼で数年前に弟にあげてしまったので現在は所有していない。今思うともったいないことをした…(苦笑)

現在は所有していないので写真はネットから拝借。

フェラリー史上、最も美しく優雅だった(と個人的に思っている)641/2





※現在の保有グッズはこちら

⑥ RENAULT R31 1/72プルバックカー(ロータスコレクション)

2017-12-28 00:05:00 | 模型・フィギュア等
ロータスコレクション フォーミュラカーダイキャストプルバック

サントリーBOSSのキャンペーン「ロータスのプルバックカーコレクション」。缶コーヒー2本に1個で全6種類。展開期間は2011年11月8日からでなくなり次第終了。プルバックカーというと「チョロQ」のイメージが強いが、このシリーズはプラスチックではなくダイキャスト製で、缶コーヒーのおまけとは思えないハイクオリティであった。

左から
LOTUS 72D (1972) #8 E.Fittipaldi
LOTUS 79 (1978) #5 M.Andretti
LOTUS 81 (1980) #11 M.Andretti
LOTUS 97T (1985) #12 A.Senna
LOTUS 99T (1987) #11 S.Nakajima
RENAULT R31 (2011) #10 V.Petrov

プルバックカー仕様で自走するのでチョロQの様に息子が雑に遊んでいたが、いつか壊されそうだったので、どこかに隠したらそのまま行方不明になってしまったが、先日、無事発見

⑥ RENAULT R31

ルノー(旧トールマン/ベネトン)は2011年にグループ・ロータスの資本参入によりロータス・ルノーGPの名で参戦(但しコンストラクター名は「ルノー」のまま)。そのときに使用されていたマシンが何故かロータスコレクションに加わっていた。1958~1994年まで参戦していた「チーム・ロータス」とは全く別物。いわばニセロータス。2012~2015年はロータスF1チーム(コンストラクター名「ロータス」)として参戦。

カラーリングはチーム・ロータスの1970年代から1980年代にかけてのメインスポンサーであるJPSを彷彿させる「黒色ボディに金文字」という配色だったが、ミラーやフロントウイング・リアウイングの翼端板はTOTALの赤が配されていて中途半端。やるなら徹底的にやってくれれば、多少なりともチーム・ロータスファンから支持は得られただろうに。

#9 ニック・ハイドフェルド


#10 ヴィタリー・ペトロフ


この時期は奇妙なことに、グループ・ロータスから「ロータス」の名称使用権を得ていた後のケータハムF1チーム(2012~2014)が2010年はロータス・レーシング、2011年はチーム・ロータスを名乗って参戦していたため、2011年は上記ルノーの「ロータス・ルノーGP」と後のケータハムF1チームの「チーム・ロータス」(ややっこしいことにこちらもルノーエンジン搭載)と2つの「ロータス」が併存していた。

2011年 もう一つのロータス…ロータス・T128 カラーリングは前作T127に引き続き往年のチーム・ロータスを思わせるブリティッシュ・レーシング・グリーン×イエロー。ルノーのニセロータスよりはこっちのほうがロータスぽっかった。所詮、こちらもニセロータスには違いないが…。

#20 ヘイキ・コバライネン


上記ルノーR31と共にチーム・ロータスのACBC(アンソニー・コーリン・ブルース・チャップマンのイニシャルより)のロゴが使用されている…。

往年のロータスファンを無視した「ロータス」の名称仕様はこの時が初めてではなく、1994年に破綻したロータスの名称権を1995年パシフィック・グランプリが買収し、「パシフィック・チーム・ロータス」として参戦した。ロータス撤退から日も浅い時期に訳の分からぬ新興チームが伝統ある「ロータス」の名を掲げることに私を含む多くのロータスファンが憤りを覚えた。
1995年 パシフィックPR02を駆る#17 アンドレア・モンテルミーニ。 フロントノーズ側面にチーム・ロータスのACBCロゴが掲げられているのが見える…。

以上が3つのニセロータス。ロータスファンには不愉快以外何者でもなかった。


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⑤ Lotus 99T 1/72プルバックカー(ロータスコレクション)

2017-12-24 00:05:00 | 模型・フィギュア等
ロータスコレクション フォーミュラカーダイキャストプルバック

サントリーBOSSのキャンペーン「ロータスのプルバックカーコレクション」。缶コーヒー2本に1個で全6種類。展開期間は2011年11月8日からでなくなり次第終了。プルバックカーというと「チョロQ」のイメージが強いが、このシリーズはプラスチックではなくダイキャスト製で、缶コーヒーのおまけとは思えないハイクオリティであった。

左から
LOTUS 72D (1972) #8 E.Fittipaldi
LOTUS 79 (1978) #5 M.Andretti
LOTUS 81 (1980) #11 M.Andretti
LOTUS 97T (1985) #12 A.Senna
LOTUS 99T (1987) #11 S.Nakajima
RENAULT R31 (2011) #10 V.Petrov

プルバックカー仕様で自走するのでチョロQの様に息子が雑に遊んでいたが、いつか壊されそうだったので、どこかに隠したらそのまま行方不明になってしまったが、先日、無事発見

⑤ Lotus 99T

1987年、タイトルスポンサーがキャメルに代わり、今までの気品あふれ優美なJPSカラーからけばけばしいイエローとなってしまったLOTUS 99T。日本人初のレギュラードライバー中嶋悟さんのマシンということで日本ではロータスの代表的な車体という位置づけかもしれない。タバコ広告規制により「CAMEL」のロゴは西ドイツ、イギリスGPでは「LOTUS」に差し替えられたが、西ドイツGPではあったラクダのロゴ、イギリスGPであったロータスのACBCロゴ(アンソニー・コーリン・ブルース・チャップマンのイニシャルより)は削除され、なんとなく寂しい感じの仕上がりである。




上下ともに#12 アイルトン・セナ 

エンジンをルノーV6ターボからホンダV6ターボに変更、アクティブサスペンションを再搭載するなど前年から大幅な変更はあったが、シャシー形状は98Tによく似ている。しかし、シックなJPSカラーからけばけばしいキャメルイエローになって悪い意味で全く違った印象になった。


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④ Lotus 97T 1/72プルバックカー(ロータスコレクション)

2017-12-23 00:05:00 | 模型・フィギュア等
ロータスコレクション フォーミュラカーダイキャストプルバック

サントリーBOSSのキャンペーン「ロータスのプルバックカーコレクション」。缶コーヒー2本に1個で全6種類。展開期間は2011年11月8日からでなくなり次第終了。プルバックカーというと「チョロQ」のイメージが強いが、このシリーズはプラスチックではなくダイキャスト製で、缶コーヒーのおまけとは思えないハイクオリティであった。

左から
LOTUS 72D (1972) #8 E.Fittipaldi
LOTUS 79 (1978) #5 M.Andretti
LOTUS 81 (1980) #11 M.Andretti
LOTUS 97T (1985) #12 A.Senna
LOTUS 99T (1987) #11 S.Nakajima
RENAULT R31 (2011) #10 V.Petrov


プルバックカー仕様で自走するのでチョロQの様に息子が雑に遊んでいたが、いつか壊されそうだったので、どこかに隠したらそのまま行方不明になってしまったが、先日、無事発見

④ Lotus 97T

1985年からチームに加入したアイルトン・セナの初優勝マシン。個人的な主観では98Tと並びJPSロータスで最も美しいマシンである。タバコ広告禁止国での月桂冠仕様。

蛇足だが97Tはお気に入りのロータスカーでプラモデルも所有している。


#11 エリオ・デ・アンジェリス

リアウイングの「John Player Special」のロゴは第12戦イタリアGP以降「John Player」に変更。98Tで見慣れているスタイルなので個人的にはこちらのほうが好み。

#12 アイルトン・セナ


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③ Lotus 81 1/72プルバックカー(ロータスコレクション)

2017-12-22 00:05:00 | 模型・フィギュア等
ロータスコレクション フォーミュラカーダイキャストプルバック

サントリーBOSSのキャンペーン「ロータスのプルバックカーコレクション」。缶コーヒー2本に1個で全6種類。展開期間は2011年11月8日からでなくなり次第終了。プルバックカーというと「チョロQ」のイメージが強いが、このシリーズはプラスチックではなくダイキャスト製で、缶コーヒーのおまけとは思えないハイクオリティであった。

左から
LOTUS 72D (1972) #8 E.Fittipaldi
LOTUS 79 (1978) #5 M.Andretti
LOTUS 81 (1980) #11 M.Andretti
LOTUS 97T (1985) #12 A.Senna
LOTUS 99T (1987) #11 S.Nakajima
RENAULT R31 (2011) #10 V.Petrov

プルバックカー仕様で自走するのでチョロQの様に息子が雑に遊んでいたが、いつか壊されそうだったので、どこかに隠したらそのまま行方不明になってしまったが、先日、無事発見

③ Lotus 81

1980年は前年のタイトルスポンサーが「マルティニ」が1年で撤退したため、ボディーカラーはブリティッシュグリーンから新スポンサーの「エセックス」ブルーになった。エントリー名も「チーム・エセックス・ロータス」に変更。リアルタイムでは観戦していないが、どうもこのメタリックカラーはロータスファンとしてはしっくりこない。このモデルはグランドエフェクトカー時代特有のフロントウィングがないマシン。


#12 エリオ・デ・アンジェリス


#11 マリオ・アンドレッティ


#12 ナイジェル・マンセル(1981年) フロントウイングがあるバージョン。

なお、1981年のタイトルスポンサーはエセックスから、シーズン途中に復帰したJPSに変更され、JPSとエセックスのロゴが併記される。エセックスは1981年を持って撤退。蛇足だが81にてJPSとエセックスのロゴが併記されたのは第5戦ベルギーGPのみ。第6戦モナコGPよりJPSとエセックスのロゴが併記された新車「87」が投入される。

#11 エリオ・デ・アンジェリス(LOTUS 81/ベルギーGP) 


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② Lotus 79 1/72プルバックカー(ロータスコレクション)

2017-12-21 00:05:00 | 模型・フィギュア等
ロータスコレクション フォーミュラカーダイキャストプルバック

サントリーBOSSのキャンペーン「ロータスのプルバックカーコレクション」。缶コーヒー2本に1個で全6種類。展開期間は2011年11月8日からでなくなり次第終了。プルバックカーというと「チョロQ」のイメージが強いが、このシリーズはプラスチックではなくダイキャスト製で、缶コーヒーのおまけとは思えないハイクオリティであった。

左から
LOTUS 72D (1972) #8 E.Fittipaldi
LOTUS 79 (1978) #5 M.Andretti
LOTUS 81 (1980) #11 M.Andretti
LOTUS 97T (1985) #12 A.Senna
LOTUS 99T (1987) #11 S.Nakajima
RENAULT R31 (2011) #10 V.Petrov

プルバックカー仕様で自走するのでチョロQの様に息子が雑に遊んでいたが、いつか壊されそうだったので、どこかに隠したらそのまま行方不明になってしまったが、先日、無事発見

② Lotus 79

本格的なグランドエフェクトカーとして1978年に開発されたLOTUS 79。「史上もっとも美しかったF1マシン」と称される。圧倒的な速さでマリオ・アンドレッティがドライバーズタイトルを獲得、チームもコンストラクターズタイトルを獲得したが、結果的にこれがロータスにとっての最後のタイトルとなった。

こちらも仕方ないが残念ながらJPSのロゴはなく代わりにチーム・ロータスのACBC(アンソニー・コーリン・ブルース・チャップマンのイニシャルより)のロゴが代替されている。

蛇足だが79はお気に入りのロータスカーでプラモデルも所有している。


前方:#5 マリオ・アンドレッティ/後方:#6 ロニー・ピーターソン 

余談だが1979年はJPSが一時的に撤退したために、マルティニがメインスポンサーとなり、ジム・クラークのファンだったロッシ伯爵の希望でブリティッシュグリーンに塗られた。翌年のエセックスカラーよりはマシだし、落ち着いたグリーンで悪くはないんだけど…JPSカラーと比べてしまうと見劣りする感は否めない。

#1 マリオ・アンドレッティ

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① Lotus 72D 1/72プルバックカー(ロータスコレクション)

2017-12-20 00:05:00 | 模型・フィギュア等
ロータスコレクション フォーミュラカーダイキャストプルバック

サントリーBOSSのキャンペーン「ロータスのプルバックカーコレクション」。缶コーヒー2本に1個で全6種類。展開期間は2011年11月8日からでなくなり次第終了。プルバックカーというと「チョロQ」のイメージが強いが、このシリーズはプラスチックではなくダイキャスト製で、缶コーヒーのおまけとは思えないハイクオリティであった。

左から
LOTUS 72D (1972) #8 E.Fittipaldi
LOTUS 79 (1978) #5 M.Andretti
LOTUS 81 (1980) #11 M.Andretti
LOTUS 97T (1985) #12 A.Senna
LOTUS 99T (1987) #11 S.Nakajima
RENAULT R31 (2011) #10 V.Petrov

プルバックカー仕様で自走するのでチョロQの様に息子が雑に遊んでいたが、いつか壊されそうだったので、どこかに隠したらそのまま行方不明になってしまったが、先日、無事発見

① Lotus 72D

#8 エマーソン・フィッティパルディ仕様

それまでの赤・白・金のゴールド・リーフ・カラーからJPSの黒&金カラーリングとなった初めてのマシンが1972年のLOTUS 72D。エマーソン・フィッティパルディがドライバーズタイトルを獲得。チームもコンストラクターズタイトルを獲得。ロータスのACBCロゴは美しいが、タバコ広告規制によりJPSのロゴが削除されているのは残念。

JPSロゴのある72D



上下共に#8 エマーソン・フィッティパルディ

ゴールド・リーフ・カラー時代のロータス72D(1971年ドイツGP)

#8 エマーソン・フィッティパルディ

今では考えられないがロータス72は1970~1975年まで計6年間も使用された。そのためシャーシ名も72,72B,72C,72D,72E,72Fと6つあり、1970年にはヨッヘン・リント、1972年にはエマーソン・フィッティパルディをドライバーズ・チャンピオンに、3度のコンストラクターズ・チャンピオンを獲得し(1970年、1972年、1973年)、1974年までに通算20勝を挙げた(ヨッヘン・リント4勝、エマーソン・フィッティパルディ9勝、ロニー・ピーターソン7勝)伝説のマシンである。


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(息子用)読売ジャイアンツ ジャビットぬいぐるみ

2017-12-13 00:05:00 | 模型・フィギュア等
(息子用)読売ジャイアンツ ジャビットぬいぐるみ


くどいようだが私はアンチ巨人。勿論、息子もアンチ巨人に育て上げるはずだったが、むか~し、このジャビット人形をいただいたことにより、我が家には昔からジャビットがいた。このジャビットと共に過ごした息子は、あろうことか巨人ファンになってしまった(泣)

不本意ながら巨人ファンになってしまった息子のために購入した小さなジャビットもあと2つ我が家にはある。

野球に興味を持つ前からジャビットファンだった息子はついに今年、ジャビットと対面した。

ジャビット





余談だが、誕生した1992年から1993年までジャビットは裸だった


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ジョン・レノン 「リッケンバッカー ミニエレキギター」

2017-12-07 00:05:00 | 模型・フィギュア等
ジョン・レノン 「リッケンバッカー ミニエレキギター」

1/4スケールミニチュアギター。前の会社の元同僚からのいただきもの。Amazon覗いたら既に売り切れだったから、かなりの稀少品だったのかも。ホント、ありがとうございます!

同モデルの「リッケンバッカー325」はデビュー前から使ってた愛器。ジョンはこのギターに惚れ込んで1958年に西ドイツでナチュラルのものを購入した。その後ジョンはこれを改造していく。ボリュームのつまみ類をヘフナータイプのものに変え、黒くペイントし、真ん中のピックアップは配線からはずされた。さらにトレモロアームをビグスビーのものに変換。おなじみに姿になった。その後の詳細についてはこちらを参照。





ジョンに憧れ、ロックンロールを愛した私だったが、演奏の才能はお世辞にも長けていたわけでなく、親父のギターをこっそり借りて演奏していた程度だったので、本格的なギターを購入することはなかった。才能があればジョン・レノンファンとしてリッケンバッカー/Rickenbackerのギターを無理してでも購入していたかも。これを眺めていたら、ふと青春時代のあの頃を思い起こしていた。

The BEATLES live In Hamburg


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John Lennon フィギュア

2017-11-08 00:05:00 | 模型・フィギュア等
ジョン・レノン フィギュア


大学生時代から社会人なりたての頃はガンダム、野球選手、スター・ウォーズ等々、結構な数のフィギュアも集めていたが、引越しのたびに破棄され、現在手元に残っているフィギュアはこれ1つのみ。

購入したのは、10数年前。今はなき秋葉原の旧ラジオ会館にて。本来ならボイス機能が着いて音声が出るはずのだが、購入したときから声は出ず。不良品を買ってもうた(苦笑)。まぁ、観賞用だから支障はないんだけど。

5ドルで購入した「NEW YORK CITY」Tシャツの半袖部分をカットしノースリーブにしたシャツを着用して1974年8月29日、NY東52番街のペントハウスの屋上にて撮影されたジョンのアイコンとも言える象徴的ショット。

そのショットが、当フィギュアのモデルになっている。(詳細はこちらを参照)

当時34歳、反戦的イメージを全面にだした結果、商業的には失敗し路線変更を模索していた頃である。

ジョンに関しては、ただ一言…

ホント、カッコいいわぁ~❤

これに尽きる!

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Lotus 97T プラモデル

2017-11-07 00:05:00 | 模型・フィギュア等
Lotus 97T プラモデル









以前の職場の同僚からのいただきもの。アイルトン・セナが初優勝を飾ったポルトガルGP仕様。

なんて、素晴らしく、精巧な作りなんだ!私も高校生ぐらいまでプラモデル制作を嗜んでいたが、ここまでの技術は持ち合わせていなかった。カーボンモノコックのリアルの再現、細部に渡るエンジン周りの塗装テクニック等々…こんな素晴らしい完成品をを目の当たりにすると…昔自分が作ったプラモなんて…幼稚園児の工作レベルだな。

なにはともあれありがとうございました!

ロータス・97T (Lotus 97T) は、チーム・ロータスが1985年のF1世界選手権開幕戦から最終戦まで実戦投入された参戦用に開発したF1カー。設計はジェラール・ドゥカルージュ。私が愛するJPSロータスの車体の一つである。JPS以外のスポンサーロゴを含め、全てブラック&ゴールドに統一されていることが97Tを含めJPSロータスの美しさ源であろう。

ドライバーは、エリオ・デ・アンジェリスとアイルトン・セナ。No.2ドライバーとしてチームに加入したセナであったが、デ・アンジェリスを上回る速さを見せ、第2戦ポルトガルGPではポールポジションを獲得。初優勝、ファステストラップを記録し、ハットトリックを成しえた。

雨のポルトガルGPで初優勝を飾った#12 アイルトン・セナ






アイルトン・セナの台頭により、居場所を失い1985年限りでチーム・ロータスを離れることになった#11 エリオ・デ・アンジェリス



それでも第3戦サンマリノGPで優勝を飾っているのは流石である。低迷期のロータスを支えた

リアウイングの「John Player Special」のロゴは第12戦イタリアGP以降「John Player」に変更。

「John Player」のロゴは翌年の98Tにも継続される。

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John Player Special Mk. IV (Lotus 79) プラモデル

2017-10-11 00:05:00 | 模型・フィギュア等
John Player Special Mk. IV (Lotus 79) プラモデル



以前、勤めていた会社の同僚からのいただきもの♪

この妖艶なる滑らかな美しい曲線…惚れ惚れするほどカッコいい❤ まさにブラックビューティー❤

1978年にワールドチャンピオンになったマリオ・アンドレッティ機でなく、ロニー・ピーターソン機というのが、また、そそられる

#6 ロニー・ピーターソン(左)とコーリン・チャップマン 1978年イタリアグランプリ(モンツァ)

このグランプリでのクラッシュが原因で翌日の9月11日に永眠。享年34歳。


1978年オーストリアGP(エステルライン)で優勝を飾った#6 ロニー・ピーターソン


1978年年オランダGP(ザントフォールト)でのロータス・ワンツーフィニッシュ。優勝は#5 マリオ・アンドレッティ、2位に#6 ロニー・ピーターソン

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