世の中には、何をやってもすぐ
上手くなる人。
何をやっても下手な人。
子供の頃から明確にそれは
あったと思う。
走るのが速い子。
走るのが遅い子。
こんなもの運みたいな
もんで、たまたま足が速く
生れてきた、たまたま足が
遅く生まれてきただけのもん
だと思っていた。
どう努力すれば、どう直せば
少しは速くなるなんて、
アドバイスは誰も教えてくれな
かった。
もちろん学校でも。
得意なスポーツは1つもなかった。
先日書いたように子供向け番組に
夢中だったので、野球は見ていなかった
のでルールもあんまり知らなかったし
相撲なんてお爺さんが見るもんだと
思っていた。
運動会の徒競走でたった5人で走っても
1度も1等を取ったことはないし、
(1度もビリもないのだが…。)
町内子供相撲大会なんてイベントでは
いつも1回も勝ったことがない。
しかも小学校5年から中学2年まで
腎炎で入院した為その間、全ての
スポーツが禁止になった。
元々得意でも好きでもなかった
ので、僕には苦痛ではなかったけど。
スポーツの話ばかりだけど、じゃ
勉強はというとこれまた、普通。
クラスで1番になるようなこともなく
かと言って、テストで0点をとるよう
なこともない。
こんなナイナイづくしだった僕の
人生を変えたのはこの約4年近い
入院生活だ。
それまで特に興味のなかった音楽に
目覚めて、スポーツ厳禁の病院内で
フォークギターが大流行。
借り物のギターで少し練習したら
すぐ弾けるようになった。
でも実はこれには、
よく思い起こしてみると
ちゃんと理由があって、養護学校の
合宿のキャンプファイヤーで出し物
をすることになり、全く弾いたことが
ないのに「俺ギター弾きます」って
言ってしまったので、担任の先生が
同僚のギターが得意な先生に頼んで、
基本を教えてもらった。
その後、その先生は僕と友達のたった
2人のギター部の顧問になってくれて、
ほぼ、つきっきりでギターを
教えてくれた。
このレッスンは中学1年から病院を
退院する中学2年の終わりまで
約2年続いた。
そして今まで何一つ得意なものが
なかった僕に唯一の得意なものが
できた。
プロになろう。
この時はどうやってプロになったら
いいか思いつかなかった。
ある雑誌で読んだ。
元風 大久保一久 薬剤師の免許を持つ
免許を持ったミュージシャン!
これはカッコいい、俺もこれになろう。
で、実際に薬剤師になった。
でもこの時は忘れていたのだ。
この時だけじゃない、最近まで
忘れていた。
自分は子供の頃から何でもすぐ
上手くなるヤツではなく、
何をやっても下手なヤツだった
ことを!
ギターも何もせずにすぐ
弾けたのではなく顧問の
先生がつきっきりで
教えてくれたから弾けるように
なったのだ。
薬剤師をやりながらミュージシャン
をやるなんてことは、元々器用で
何でもすぐ上手くなるヤツの
やることだ。
元々不器用だった僕は1つのこと
だけに専念すべきだったの
ではないか?
最近、そんなことを思ったりするが
そんな後悔したところで何も
変わらない。
そんな暇があったらもっと
練習しろ。
自分に言い聞かせる。
今でも自分の動画を観ると
右手のストロークは、顧問の
先生が教えてくれたそのまんま
のフォームだ。
この曲は自分に対するエールの曲です。
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