あちらこちら文学散歩 - 井本元義 -

井本元義の気ままな文学散歩の記録です。

№38 パリに屋根裏部屋より その2 ムフタール通り

2012-08-12 16:23:16 | 日記
 住んでいた部屋のすぐ前がパンテオンで、その裏に回り少し行くとムフタール通りがある。パンテオンに向かって左から行くと、リセ、アンリ4世がある。パリでの最エリート校だとか。歴史も古いのだろう、9月の第三土日にパリではパトリモワンヌ公開の日があって、一般の人が歴史的建造物に入ることができる。このリセにも待つ人の行列ができる。
 あるとき、それならとエリゼ宮殿に行ってみた。長い行列。整理の警官に聞くと、まあ、4,5時間まちだな、、ということでやめた。
 
 リセの横はムフタールにつながる短いデカルト通りである。この途中でバーの「バトーイーブル」を見つけた時はうれしかった。言うまでもなくランボーの詩「酔いどれ船」である。小さなバーで音楽はロック。入り口のガラスに貼られた破れかけた紙に詩が書いてある。僕が一人でウイスキーを飲んでいると似つかわしくなとほかの客が見ているような気がする。店の奥の天井近くに煤けたランボーの顔が書いてある。「これはいつかブログで書いたか?」しかし何年か前にテレビが備え付けられた。サッカーの試合があると超満員。そとまで人がはみ出して騒いでいる。ちいっさないい店だったか、それでいまは興ざめ。
 
 通りを挟んでその向かいがレストラン。店の名前がメゾンドヴェルレーヌ。壁のプレートには1896年この家で死んだと書いてある。これを散歩の途中で見つけた時はうれしかった。彼の詩のエキスの一万分の一ほどもらった気がした。それ以来僕は詩人や作家や芸術家の家を訪ねるのが趣味になったのだ。レストランメゾンドヴェルレーヌは古いレストランだが観光客相手でそんなに高くない。古いアメリカの俳優などの写真をかざっているが彼らが来たというわけではない。古き良きパリを思い出すようにらしい。
 
 ヴェルレーヌのプレートの下にヘミングウエイが住んでいたとも書いてある。ヘミングウエイの部屋は他にもある。何度か来た時なのか、住まいのほかに仕事部屋を借りていたこともある。ある夜、
 ヴェルレーヌは娼婦と喧嘩して、彼女が出て行ったあと、つぎの朝ベッドから落ちで死んでいたということだった。そのころは酔っ払いで昔ほどの詩は書いていない。名声だけは残っていた。マラルメが駆けつけ、葬儀はすぐそばのジュンヌビーエム教会で荘厳に執り行われた。一人息子は来なかった。
 
 ヘミングウエイのプレートの下に辻邦夫が住んでいたともある。彼はパリ大学で少し講義もした。「僕は彼の文学的価値は全く認めないが」 
 ムフタール通りの端にコントルスカルプ広場がある。ロータリーをはさんでキャフェが二つある。終日テラス席で人びと、あるいは一人が座っている。心地よい時間が過ごせる。ビールなどは少し高い。ヘミングウエイもしばしば座って時間を過ごしていた。
 広場の真ん中のロータリーには大きな桐の樹が二本ある。4月の末から5月のなかごろまで紫色の美しい花が樹を覆って咲く。若者たちのバイクが何台も止まっている。そこからだらだらと下り坂になりながら通りはゴブランのほうへ続く。最後は毎日朝開かれる市場。アコーデオン弾きが来たり、古い懐かしい市場だ。
 
 途中には、劇場映画館学生食堂大学の教室オリーブオイルやお菓子レストラン「もちろん日本食も、ただし誰の経営かはわからないが」バーブチックスーパーなどあらゆる店が並んでいる。みな安い。ディネでも普通の半額、ただし価格相当だが。
 フランスに長く住んでいる日本人が、あそこは観光用だから地元の人は行かない、とかなんとか言っていたが、それはそれで楽しいいいところだ。雑誌のモデルの撮影にも出会うことができる。
 
 この通りを、ジャンバルジャンの娘を恋するマリウスが急ぎ足で歩いて行った、という文章をレミゼラブルなどで読み当たると僕の胸はそれだけでドキドキする。ヘミングウエイの傑作のひとつ「キリマンジャロの雪」や「移動祝祭日」などを読むとこのあたりはよく出てくる。特に「キリマンジャロ」ではアフリカで死にかけた男が、その死をまっているハイエナがうろつくところでベッドに横になったままこのあたりを思い出すシーンがある。あのあたりの道をモーベルミチュアリテやカルディナルレモアンヌの駅の方へ歩いていくとなどなど、、、、、、。これを書きながら、思い出す。感動的な場面だ。
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