あちらこちら文学散歩 - 井本元義 -

井本元義の気ままな文学散歩の記録です。

№55 ランボーと初めての海

2013-06-18 19:54:18 | 日記
1992年 僕はパリ以外の街を訪れてみようと思った。友人の塩川「20011年死去」が持っていたヨロッパの汽車の時間表を楽しみながら見た。太陽のきらめく南ヨーロッパは思い浮かんでこなかった。なぜか北の、イメージとしては暗いヨーローッパを浮かんできたのだった。

ベルギーの小さな町ブリュージュのことは知っていた。「死都ブリュージュ」というローデンバッハの小説は読んだことがあった。靄に包まれたような物憂い哀愁を帯びた小さな町、いつかは行かねばならない。その前に、ブリュッセル、ヴェルレーヌがランボーを撃ったホテル、彼らの放浪のさまざまな場所、カフェなど。「この辺りは別途いつか書く」

時刻表を追う僕の目はブリュージュのその先に止った。その二つ先の駅はもう海なのだ。オーステンド、何か聞いたことがある。第二次大戦でドイツ軍に占領された?ここまで来て北ヨーロッパの海を見ずに帰ることはない。僕はホテルも予約しないまま出かけた。その頃は汽車の中でパスポートのチェックに来たような気がする。

ブリュッセル、ブリュージュを経てオーステンドに着いた。「この二つの町のことはいつか書かなくては済まされない」街の広場、市役所前か、ではマルシェが開かれていた。パリと違って、なにか猥雑な感じがない。おとなしい清潔、静かな、というべきか。今はもう忘れてしまったがそんな感じがしたように思う。そしてその広場から道を入ると、ある画家の家があった。名前は忘れた、というのも入ろうとしたが休みだった。日曜日だったのだろう、マルシェもあったし。海はすぐ近くだった。今思い出すと、ボーーーとしたつかみどころのない、ぼんやりした海だった。この先がイギリスか、とおもったのと、ぼんやりした北フランスの海を見たという事だけで僕はほとんど満足していた。静かな海岸、砂浜。今思い出した、画家はアンソール。海に面したレストランで料理を知らない僕は舌ヒラメのムニエル、魚スープ、とビールを頼んだ。ここがベルギーで有名なリゾートであり最大の貿易港であり、カジノもあるころと知ったのはずいぶん後の事だった。

そして1872年7月ランボーとヴェルレーヌが初めて海を渡ってイギリスへ行ったのもこのオーステンドだったのだ。その丁度120年後に僕がオーステンドの海を見たわけだった。夜、彼らは乗船した。暗い海はそれでも初めての彼には衝撃だったろう。船が出港する、遠くに町の灯がまたたきそして消えていく。豪華な宝石がまたたき乱舞する光。そして闇。海のうねり。故郷のムーズ川とはちがう海の水、流れ。倦怠とあらゆる侮蔑を投げつけたシャルルビル、寒さと暑さと混じった季節のないようなただ広いだけの、そして狼の穴倉と人が呼んだロッシュ村、肥料と土の匂い、嵐、揺れたとしても海は際限のない自由と夢を現実にしてくれそうだ。彼らは一晩中起きていたに違いない。海をまだ見たこともないころ、彼は「海洋空想ロマン小説、海底二万哩」など読んでいたらしい。「酩酊船」などは海を見なくても彼は書くことができた。そして海から昇る朝日に眩惑される。薔薇色の夜明け。そして日が昇ると、イギリスの海岸が日の光に姿を現すのだ。
「俺は海を愛した。この身の穢れを洗ってくれるもの、それは海だ。俺は海の上に慰安の十字架が昇るのを見た。、、、、、、、暁が来たら、俺たちは忍辱の鎧を着て光り輝く街に入ろう」

1875年、彼は最愛の妹ヴィタリーを病気で亡くす。彼の人生の最大のショックだったろう。とても彼女を可愛がっていた。また彼にそっくりだったらしい。シャルルビルのムーズ川に面した部屋で「今は公開されている」18歳のヴィタリーは死んだ。その前年、ロンドンにいるランボーを訪ねて母とヴィタリーは来るのだ。死の数日前、ヴィタリーはランボーに語る。

「昨年はアルチュール兄さんのおかげで、ロンドンにもパリにも行ったし、大きな教会の礼拝もできたし、ロンドンは素敵だったは。駅はシャルルビルの何倍も大きくて、百貨店のショウウインドウはきれいだった。何も買えなかったけれど、本当はほしいものがたくさんあったの、お母さんに叱られるから何も言い出せなかったけれど。街の人は誰もおしゃれで、地下鉄も面白かった。地面の中を走る汽車なんて。あのときつかれて帰りたい、と駄々をこねたことがあったけれど、今はもう一度行きたいわ。今度はあのきれいなレースを買いたいわ。夏は暑かったけれど、あの時公園で食べたアイスクリームはおいしかったわね。もう一度食べたい。海がきれいだった。あんなに大きくて、静かで晴れやかで、いきなり薔薇色が世界中が燃え上がるような夜明けも。アルチュールにいさんに騙されていたわ。海はムーズ川を大きくしたもの、先の岸は見えないけれど、ずっと流れていて、夜も昼も、そこそをたくさんの花が、私の好きな水薔薇が次から次へ流れていると言っていたでしょう。」
翌日からヴィタリーは熱をだした。一週間も熱にうなされて死んだ。人形のような小さな美しい死化粧だった。組み合わされた指は蝋燭のように細く白く冷たかった。アルチュールは慟哭した。
「これはわが著作 ロッシュ村幻影 の一節である。

かれはその後いよいよ灼熱の太陽と海をもとめて南へ下って行くのだ。そこはきらめく自由に満ちた海なのか、暗黒なのか。





コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする