あちらこちら文学散歩 - 井本元義 -

井本元義の気ままな文学散歩の記録です。

№153 文学作品の忍ぶ恋 ジャンバルジャン シラノ 谷間の百合 綾鼓 恋重荷 ドストエフスキー 若きウエルテル 暗い日曜日 蕪村 八百屋お七 葵上  

2023-09-09 15:28:19 | 日記
文学作品に恋がないと成り立たないというわけではないが、人間を描く時には必ず愛、恋が必至だ。肉親友人との愛もあるが、やはり男女の恋物語が一番美しい。恋には美しさに、嫉妬、憎しみ、恨み、怖れ、悲しみ、劣等感、怒りがつきまとう。なかでも片思い、すなわち忍ぶ恋の苦しみが一番読者をひきつける。苦しむ人の感情移入すると涙が止まらなくなる。と思っていくつかその忍る恋の作品を想い起してみた。

一番は、シラノドベルジュラックだろう。剣豪で人格者でもある彼は醜い顔をしている。敵も多い。従妹のロクサーヌを愛している。だが、彼女に恋する弟分の男に代わって恋文を書いてやる。その素晴らしさに二人は愛し合うようになる。シラノの苦しみは耐えがたい。しかし彼はそれを忍ぶ。最後はシラノはロクサーヌの腕の中で最期を迎えるが、朦朧とした意識の中で自分が書いた恋文を暗唱してしまう。ロクサーヌは自分を本当に愛してくれていたのは誰かを初めて知る。
ジャンバルジャンの話には本流ではないが、隠れた悲しい物語が含まれている。孤児のコゼットを育て苦難を乗り越えて彼女を守る。「この苦難の話が本流になりがちだが。」彼女は美しくなり恋人マリウスと愛し合うようになる。それを見届けて一人で老いたジャンバルジャンは無意識のうちにコゼットを一人の女性として愛しているのに気付く。だがどうしようもない。二人に看取られて彼は安らかに死ぬのだが、、、。
バルザック「谷間の百合」やバルベーの作品の伯爵夫人はいつの間にか若者に恋をしてしまっているのに気付くが遅い。死の直前に告白する。また叶えられても訪れる不幸。

しのぶれど色に出にけりわが恋はものやおもうと人の問うなり よく知られた忍ぶ恋の典型である。
また、玉の緒よ絶えねば絶えねながらえば忍ることのよわりもぞする 式子内親王の、忍ぶ恋のあまり死んでもかまわないという激しい和歌だ。
能でも忍ぶ恋はよく演じられる。「綾鼓」「恋重荷」など下積の醜い老人が殿上の貴婦人に一目会いたいと願うが叶われず、揶揄われて死んでしまう。魂は成仏できないまま迷っているがやがて折伏される。
西行は一説では、一目垣間見た上臈夫人に恋をして叶えられぬ苦悩に、地位と家族を捨てて放浪の旅に出る。無法松は主人の妻、未亡人になった妻に恋心を抱くが最初から求めていない。それが悲しい。
有島武郎の小説で、慕う女主人を想いのあまり打つ、その手を彼は斧でたたき切る、というのがあった気がするが覚えていない。
女性では我慢しきれないのも多い。八百屋お七は会いたい気持ちを抑えきれず火をつける。
六条の御息所の思いつめた恋はついに怨霊になって恋敵を苦しめる。

その点、男は弱い。ドストエフスキーの「未成年」ではインテリ貴族が「途中では詳しく書かれていないが、長い間秘かに思う女性がいて、それも激しい情欲を伴ったものだが」最後にその女性が軽蔑する男と結婚しようとすると、発狂しドタバタの末気を失ったその女性をピストルで撃とうとし、自分も死のうとするが果たせない。あとは痴呆状態に陥る。「白痴」のロゴージンしかり。「罪と罰」では非業不道徳のスヴィドリガイロフが思いを寄せるドーニャ「ラスコリー二コフの妹」に関係を迫るが叶えられず、ピストルで自分を撃ってくれと頼むも、果ては逃げられ、自分を撃つ。

一番知られているのは、ゲーテ「若きウエルテル」だろう。彼は最後まで耐えきれず、ピストル自殺する。彼の手記は共感した読者の涙を誘う。
「彼女は感じている。僕がどんなに苦しみに耐えているかを。今日の彼女の眼は僕の心の奥まで沁みた。彼女は一人だった。僕は何も言わなかった。彼女は僕を見つめた。彼女は美しかった、、、、、。」「ロッテ、なろうことならあなたのために命を捨てて、あなたのためにこの命を捧げるという幸福に恵まれたかった。、、こんなにも冷静にたじろがず、死の門をたたくことができるとは、、、。僕はこの服装のまま葬られたい。ロッテ、あなたが触れて、神聖にしてくださった着物です、、、。弾は込められています。12時が打ちます。では、ロッテ、ロッテ、さようなら、さようなら、、、」同時代の絶望した若者たちがこれを読んで自死していったのを感じることができる。

1930年代、ヨーロッパに流行ったシャンソン「暗い日曜日」も男の脆さを描いている。日曜日の夜中、花束を抱えて自分の部屋に戻り失意の男は自殺する。「暗き部屋に花を持ちて、ただ一人虚しく帰る 今は冷めし君が心 われは唄う恋の嘆き、、、」これ唄いながら若者が死んでいったのでこの歌は放送禁止になった。

この調子でいけばきりがないが、最後に一つ。すべての恋の苦しみを短い言葉で表してる、この俳句

      老いが恋忘れんとすれば時雨かな    蕪村


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