●5月7日(土曜日)
休足日。
夜になって映画の話でもしようと友人のK氏宅へ。
このK氏、最近は『スウィングガールズ』にはまってしまい、4月2日にDVDを購入して以来毎日鑑賞しているとのこと。だからほかの映画の話をしていてもかならず『スウィングガールズ』の話題に戻っていってしまうのだ。こうなると麻薬だね。
確かにいい映画だし俺もおもしろいと思ってるし好きだよ。上野樹里も可愛いしさあ。DVDだって買ったし、ナット・キング・コールの「L-O-V-E」だって買っちゃいましたよ。
でもなあ。
お願いだから早く現実に戻って来いよ。頼むからほかの映画の話もしようよ。なあ。
●5月8日(日曜日)薄曇り
足の痛みがややおさまったので長い散歩を再開。
起きたのが遅いのと準備に手間取り出発が遅れたので、今回のスタート地点である三浦海岸駅へ到着したのは午後4時くらいになってしまった。
荷物を減らしザックを軽いものに変え、靴もスポーツサンダルにしたので歩行は軽快だ。
本日は三浦半島西端部先の制覇が目標。
できるだけ海岸線を行くつもりだったが、岬の手前に進入禁止の看板が。なんてこったい。
仕方がないので内陸部へと進路を変える。
途中で海岸線に降りられそうな道を見つけて進んでみるが、農道らしく周りは人気のない畑と雑木林ばかりになってしまった。心細くなりながらうねうねとした道を進んでいると海岸に出た。砂浜ではなく岩場になっている。行けるところまで行ってみようと岩場を上り下りしながら、道無き道を跋渉する。勘弁してくださいよ。俺は散歩に来たのであって、探検とか冒険に来たわけじゃないんですから。こんなことになるんだったらトレッキングシューズを履いてくれば良かったなあ、などとちょっと後悔。
30分ほど進みふと空を見上げると、かなり暗くなり始めている。こんなところで夜になってしまったらにっちもさっちも行かなくなるので、海岸線を進むのを断念し内陸への道へ路線を変更。
小さな漁村に出たところで日暮れてしまった。
こんなこともあろうかと用意しておいたヘッドランプを装着し前進。
田舎道は街灯も少なく暗いので怖いっす。
そのうちに右足が痛くなってきた。やっぱりまだ治ってなかったのね。
どこか手頃な休憩場所はないかと探していたら、行く手にライトアップされた風力発電施設が見えてきた。あそこで休もうっと。
風力発電機の下は小さな公園になっていた。
夜空をバックに緩やかに回る大きな羽根を見上げながら30分ほど休憩し前進再開。
しばらく歩いていると街灯すらない真っ暗な道になった。明かりといえば足下を照らす小さなヘッドランプだけだ。
怖い。なんか怖いよ。なんだかこの世に自分一人だけになったみたいな気分だ。こんなところで変なものが出てきたらどうしよう。武器になりそうなものは右手に持った傘くらいだ。てなことを考えていたら暗闇の向こうから足音がする。またかよ。目をこらして見ていると道の反対側をやって来るのはジーパンにトレーナーを着た若い女(たぶん……)。帰宅途中なのか? でも住宅地はかなり遠いぞ。こんな何もない場所に何で? 怖い。怖いよお姉さん。俺はホラー映画とか怪談話はからっきしダメなんですよ。アニメの演出なんて仕事をしているから、参考のために見ることは見ますよ。でも、しかたなくですよ。『リング』とか『呪怨』とか見ましたよ。でも一人だけじゃ絶対見ないんですよ。あーどんどん近づいてくる。俺、顔は見ないからね。はやく通り過ぎて行ってくださいよ。俺に声なんかかけないでくださいよ、お願いだから。ふう、やっと通り過ぎてくれた。あ、まてよ、もし彼女がいきなり立ち止まったり、髪を振り乱してこちらに突進してきたらどうしよう……。
俺は背中に全神経を集中し向こうの気配を探りながら先を急いだのであった。もちろん後ろなんか振り向きませんよ。
ああ、夜はダメだな。変なことばかり考えてしまう。もう二度と夜になんか歩くもんか。
怖い思いをしたおかげで足の痛みは忘れることができだが、安心すると思い出してしまう。
城ヶ島大橋を渡りきったところにライトアップされた場所があったので休憩。
さてこれからどうしたものかとしばし思案する。
城ヶ島島内一周は暗いのでパスするとして、細かいことはこの辺でファミレスにでも入って考えようと結論し三崎口駅方面へ向かう。
行けども行けどもファミレスがねえ! どうなってんだこの土地は。
足の痛みが限界に近づいた頃に『安楽亭』を発見。わーい焼き肉だあ。現在無職の俺にとって痛い出費だが、体力をつけないといかんよなあ。うん。
二人前を注文しタバコを一服。
幸せなひとときを味わいつつ、肉が来るまでの間にGPSのデーターを確認しようと思ったら、軌跡ログが全く記録されていないことに気づいて愕然となる。
この気分をたとえて言うなら、徹夜で書きあげたシナリオをパソコンに保存し忘れたくらいのショックですよ水上さん。
馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、俺の馬鹿。
肉が来たけど味なんてしませんよ。全部食べたけど。
1時間以上すねた上にだらけてから出発。
今日の野宿は三崎口駅を過ぎたところにしよう。
駅から2㎞ほど進んだところに手頃な空き地を発見。さっそく前回懲りたツェルトのかわりに持ってきたテントを広げる。このテントを張るのはこれがはじめてだ。一人でうまく出来るかしらと思っていたら、わりと簡単に張れてしまった。最近のテントってすごいのね。
とっとと荷物を中に入れエアマットの上に寝転がる。
気が張っているせいかなかなか眠れない。それでも二時くらいにはうつらうつらと寝入ってしまったようだ。
本日の歩行距離は約24㎞。
●5月9日(月曜日)晴れ
朝、原付のエンジン音と甲高い叫び声で目が覚めた。
時計を見ると5時前だ。
何だろうと思いテントの外に出ると、3人乗りのスクーターが二台で前の道を行ったり来たりしながら暴走している。
まあ、こっちの姿はむこうの視野に入っていないみたいなので嫌がらせの暴走ではないのだろうけど、勘弁してくださいよ。
運転しているのは両方とも中学生くらいの男の子、荷台に乗っているのは同じく中学生くらいの女の子だ。
これがまた楽しそうなんだ。
男の子がスクーターを蛇行させると、後ろの女の子たちがきゃーきゃーと悲鳴をあげる。その声を聞いて、男の子はさらに調子に乗ってスピードを上げる。こういう時の男子の気持ちは分からんでもない。
よくこけねえな。あんまり無茶すんなよ少年。
すっかり目が覚めてしまったので出発を決意。素早くテントをたたんで荷造りし、歩き始める。
まだ薄暗い134号線を北上する。足裏の痛みは若干和らいではいるが、身体がだるい。寝不足だもんな。 ああ、そうだ! テントを張った場所の撮影を忘れていた。今さら戻ってテントを張り直す気力はないのでそのまま歩き続けることにする。水樹マイアのように過去はふり返らず未来を見すえるのだ。
うう、足が痛い。マメのできた右足をかばって歩いているウチに、左足までおかしくなってきた。
途中こまめに休憩を入れ、コンビニで朝食を仕入れたりしながら自衛隊駐屯地の横を通過。ひたすら鎌倉を目指す。
今回用意した装備で持ってきて良かったなあと思ったのが、クレイジークリーク製の『ザ・チェア』だ。
いわゆる携帯座椅子で座り心地は抜群。私は家でも使っているくらいだ。なんたって脚を伸ばして背もたれられるのがいい。欠点は座り心地が良すぎるので休憩時間が長くなってしまうことだ。
秋谷というところでは海岸の堤防の上で小休止のつもりが、ザ・チェアのおかげで小一時間も停滞してしまった。景色が良かったせいもあるけどね。
さらに歩き続けて葉山町に入る。
ううう、足が痛い。足が痛い。もう一歩も歩けない、ということはないが百歩は無理な感じだ。
これは何とかしなければならんなあ。
地図で休憩場所を探してみると、葉山御用邸を過ぎたところに葉山しおさい公園という表記があった。公園なら木陰のベンチくらいあるだろう。ヤッホー、仮眠がとれるぜ。
というわけで、痛い足にむち打ってペースを上げる。がんばれ俺。負けるな足。
御用邸の横を通過すると樹木がこんもりと茂った場所が見えてきた。やった、公園だ。
やっとの思いでたどり着いた葉山しおさい公園の入り口は堅く門扉が閉ざされ、そこには一枚の看板が、
『休園日 月曜・祝日の翌日』
「………………」
時が止まり風景が白くなる。
いつまでも固まっているわけにもいかないので、足を引きずりとりあえず北に向かって移動する。
公園の脇に変な路地発見。狭い。緩やかに曲がりながら下っている。なんかいい感じ。
やった、海に出た。目の前には広々とした砂浜が広がっている。人もほとんどいない。
よっしゃ、ここで仮眠をとろう。おあつらえ向きに石垣の下が日陰になっている。
素早くシートとエアマットを広げて横になる。
うー楽だー。気持ちいいー。
穏やかな波の音を聞きながらうとうと……。お休みなさい……。
1時間後。
暑い。熱い。あちいー。
真っ昼間の直射日光を浴びて汗だくになって目が覚める。まだ眠いんだってばよー。寝かしてくれよ太陽さんよー。
場所を移動する気力がないので大きな傘を広げて日陰を作ってそのまま寝入る。
1時間後になんとなく目が覚める。
身体はまだだるい感じがするがいつまでもここにいてもしょうがないので出発を決意。足の痛みは取れたようだ。
だが歩き出して数分もしないうちに足の痛みがぶり返す。
痛い。痛い。痛い。
あーもうこれはダメかもしれないなあなどと思っていたら、真名瀬の岬の端に出たところで江ノ島が見えた。
遙か彼方にかすんではいるが、江ノ島といえば鎌倉の先の土地。鎌倉はもうすぐじゃないですか。
足の痛みは限界に近くなってきたけど、行ったろうじゃないの鎌倉まで。
気力を奮い立たせて前進。以前より休憩を細かく入れてとにかく前へ進む。
逗子に入ってロイヤルホスト発見。ここで昼食兼大休止。
あっという間にランチを平らげ、窓外の海岸を眺めつつ食後のアイスコーヒーを飲みながら過ごす。
ウインドサーファーやジェットスキーで遊んでいる若者が結構いる。平日だというのに優雅じゃのう。彼らはいったい何の仕事をしているのかしら。プロなんかな?
1時間半ほどで休憩を終え、出発。この辺まで来ると車の往来が結構激しいなあ。
地図で見ると鎌倉までは残すところ5キロを切っているはずなので小一時間も歩けば到着するはずだ。
目の前に見える岬の山を越えれば鎌倉だ。鎌倉といえば鶴岡八幡宮だな。せっかくだからお参りしておこう、などと考えつつ歩いていると歩道を通せんぼするように鉄パイプが組まれている。これは通行禁止と言うことなのか? 普通はそういうことなのだろうけど、それを意味するような看板がないのをいいことに鉄パイプをまたいで前進する。行き止まりになっていたら戻ればいいだろう。今の俺を止められるやつは誰もいないのだ。
しばし行くとトンネルがあった。歩道はあるのか? 無いけど側溝にかぶせられたフタが車道より一段高くなっているので歩道のように見えないこともない。いや、これは歩道だ。歩道なのだ。俺にはそう見える。
トンネルの中はうるさいのお。自分は右側を歩いていたので、車は正面から接近してくる。しかも近い。トラックなんぞが来るとすげえ緊張してしまう。
三百メートルくらいでトンネルをぬけると緩やかな登りになっていた。で、車道すれすれまでフェンスがあるじゃないですか。さすがの俺にも歩道なんて見えませんよ。やっぱりここは車専用道路なのか。
引き返そうかとも考えたが、ここまで来て戻るなんてもったいないという貧乏性の心の声が、行け、進めと俺にささやく。
その声に背中を押され、まあ何とかなるだろうと楽天的な気分で前へ進むことにする。いや、なんとかなってくださいよホントに。
すぐ脇を車がびゅんびゅんと通りすぎる。これではねられでもしたらシャレになんねーなー。事故にあったら知り合いには──いい年して馬鹿なことを──とか言われるんだろうなあ。はい、馬鹿ですよ。
登りのてっぺんで今来た道をふり返ってみる。これはどこからどう見ても車専用道路だ。この道を歩いてくるやつがいたとしたらアホだよなあ。はいアホですよ。
もうひとつトンネルを通過してやっと本物の歩道へ避難。うー、生きているって素晴らしい。
後で地図を確認してみたら1㎞ちょっとしかなかった道だけど、すごく長時間に感じられた道のりでした、はい。この区間だけは疲労も足の痛みも感じなかったもんなあ。
緊張がすっかり解けるとがっぽりと足の痛みが蘇ってきた。なんか前より痛いんですけど。
でも、あと少しだと言い聞かせ、傘を杖代わりにとにかく進む。
由比ヶ浜沿いの道をほぼ直角に曲がればまっすぐ正面に鶴岡八幡宮があるはずだ。よっしゃあ、一気にお参りだあ!
で、曲がると、遠い、遠いよ鶴岡八幡宮。
2㎞ぐらいあるんじゃねえの?
一気に気力が萎えて、ベンチで休止。
まっすぐ歩いていると気が滅入るので、気分を変えるために鎌倉駅側に入って小町通りを進むことにする。
狭い通りに観光客がいっぱいだ。そのほとんどが若い女性のグループか中高年の夫婦連れ。一人で歩いているのは外国人と俺くらいか。
観光客気分で紫芋のソフトクリームを購入し、なめながら鶴岡八幡宮の境内へ。こちらは修学旅行の中学生でいっぱいだ。
奥へ奥へと歩いてゆくと突き当たりに本堂への長い急な階段があった。この階段が鎌倉幕府三代目将軍の暗殺現場のはずだ。ここで刺されたとしたらきっと下まで転げ落ちたのだろうな、などと考えつつ本堂へ。
賽銭箱に五円玉を放り込んで手を合わせる。
無事ここまでたどり着きました。次の散歩も無事でありますよう見守っていてくださいませ。
お参りを終えて帰宅するため鎌倉駅に向かう。日差しはすでに夕方のそれだ。
今回歩いたのは約24㎞。距離の割にはけっこうきつい散歩だったなあ。
●5月10日(火曜日)
休足日。
たっぷり12時間寝た。
起きぬけに体重を量ってみたら、66.0㎏。おお、こんな数字を見るのは20年ぶりだ。
思えば光と水のダフネをやっていた去年の最高体重は73㎏だったもんなあ。
7㎏減量かあ。リバウンドには気をつけないと。
『お散歩ダイエット』なんて本でも書いてみるか?
次はいつ長い散歩に行けるのかなあ。
休足日。
夜になって映画の話でもしようと友人のK氏宅へ。
このK氏、最近は『スウィングガールズ』にはまってしまい、4月2日にDVDを購入して以来毎日鑑賞しているとのこと。だからほかの映画の話をしていてもかならず『スウィングガールズ』の話題に戻っていってしまうのだ。こうなると麻薬だね。
確かにいい映画だし俺もおもしろいと思ってるし好きだよ。上野樹里も可愛いしさあ。DVDだって買ったし、ナット・キング・コールの「L-O-V-E」だって買っちゃいましたよ。
でもなあ。
お願いだから早く現実に戻って来いよ。頼むからほかの映画の話もしようよ。なあ。
●5月8日(日曜日)薄曇り
足の痛みがややおさまったので長い散歩を再開。
起きたのが遅いのと準備に手間取り出発が遅れたので、今回のスタート地点である三浦海岸駅へ到着したのは午後4時くらいになってしまった。
荷物を減らしザックを軽いものに変え、靴もスポーツサンダルにしたので歩行は軽快だ。
本日は三浦半島西端部先の制覇が目標。
できるだけ海岸線を行くつもりだったが、岬の手前に進入禁止の看板が。なんてこったい。
仕方がないので内陸部へと進路を変える。
途中で海岸線に降りられそうな道を見つけて進んでみるが、農道らしく周りは人気のない畑と雑木林ばかりになってしまった。心細くなりながらうねうねとした道を進んでいると海岸に出た。砂浜ではなく岩場になっている。行けるところまで行ってみようと岩場を上り下りしながら、道無き道を跋渉する。勘弁してくださいよ。俺は散歩に来たのであって、探検とか冒険に来たわけじゃないんですから。こんなことになるんだったらトレッキングシューズを履いてくれば良かったなあ、などとちょっと後悔。
30分ほど進みふと空を見上げると、かなり暗くなり始めている。こんなところで夜になってしまったらにっちもさっちも行かなくなるので、海岸線を進むのを断念し内陸への道へ路線を変更。
小さな漁村に出たところで日暮れてしまった。
こんなこともあろうかと用意しておいたヘッドランプを装着し前進。
田舎道は街灯も少なく暗いので怖いっす。
そのうちに右足が痛くなってきた。やっぱりまだ治ってなかったのね。
どこか手頃な休憩場所はないかと探していたら、行く手にライトアップされた風力発電施設が見えてきた。あそこで休もうっと。
風力発電機の下は小さな公園になっていた。
夜空をバックに緩やかに回る大きな羽根を見上げながら30分ほど休憩し前進再開。
しばらく歩いていると街灯すらない真っ暗な道になった。明かりといえば足下を照らす小さなヘッドランプだけだ。
怖い。なんか怖いよ。なんだかこの世に自分一人だけになったみたいな気分だ。こんなところで変なものが出てきたらどうしよう。武器になりそうなものは右手に持った傘くらいだ。てなことを考えていたら暗闇の向こうから足音がする。またかよ。目をこらして見ていると道の反対側をやって来るのはジーパンにトレーナーを着た若い女(たぶん……)。帰宅途中なのか? でも住宅地はかなり遠いぞ。こんな何もない場所に何で? 怖い。怖いよお姉さん。俺はホラー映画とか怪談話はからっきしダメなんですよ。アニメの演出なんて仕事をしているから、参考のために見ることは見ますよ。でも、しかたなくですよ。『リング』とか『呪怨』とか見ましたよ。でも一人だけじゃ絶対見ないんですよ。あーどんどん近づいてくる。俺、顔は見ないからね。はやく通り過ぎて行ってくださいよ。俺に声なんかかけないでくださいよ、お願いだから。ふう、やっと通り過ぎてくれた。あ、まてよ、もし彼女がいきなり立ち止まったり、髪を振り乱してこちらに突進してきたらどうしよう……。
俺は背中に全神経を集中し向こうの気配を探りながら先を急いだのであった。もちろん後ろなんか振り向きませんよ。
ああ、夜はダメだな。変なことばかり考えてしまう。もう二度と夜になんか歩くもんか。
怖い思いをしたおかげで足の痛みは忘れることができだが、安心すると思い出してしまう。
城ヶ島大橋を渡りきったところにライトアップされた場所があったので休憩。
さてこれからどうしたものかとしばし思案する。
城ヶ島島内一周は暗いのでパスするとして、細かいことはこの辺でファミレスにでも入って考えようと結論し三崎口駅方面へ向かう。
行けども行けどもファミレスがねえ! どうなってんだこの土地は。
足の痛みが限界に近づいた頃に『安楽亭』を発見。わーい焼き肉だあ。現在無職の俺にとって痛い出費だが、体力をつけないといかんよなあ。うん。
二人前を注文しタバコを一服。
幸せなひとときを味わいつつ、肉が来るまでの間にGPSのデーターを確認しようと思ったら、軌跡ログが全く記録されていないことに気づいて愕然となる。
この気分をたとえて言うなら、徹夜で書きあげたシナリオをパソコンに保存し忘れたくらいのショックですよ水上さん。
馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、俺の馬鹿。
肉が来たけど味なんてしませんよ。全部食べたけど。
1時間以上すねた上にだらけてから出発。
今日の野宿は三崎口駅を過ぎたところにしよう。
駅から2㎞ほど進んだところに手頃な空き地を発見。さっそく前回懲りたツェルトのかわりに持ってきたテントを広げる。このテントを張るのはこれがはじめてだ。一人でうまく出来るかしらと思っていたら、わりと簡単に張れてしまった。最近のテントってすごいのね。
とっとと荷物を中に入れエアマットの上に寝転がる。
気が張っているせいかなかなか眠れない。それでも二時くらいにはうつらうつらと寝入ってしまったようだ。
本日の歩行距離は約24㎞。
●5月9日(月曜日)晴れ
朝、原付のエンジン音と甲高い叫び声で目が覚めた。
時計を見ると5時前だ。
何だろうと思いテントの外に出ると、3人乗りのスクーターが二台で前の道を行ったり来たりしながら暴走している。
まあ、こっちの姿はむこうの視野に入っていないみたいなので嫌がらせの暴走ではないのだろうけど、勘弁してくださいよ。
運転しているのは両方とも中学生くらいの男の子、荷台に乗っているのは同じく中学生くらいの女の子だ。
これがまた楽しそうなんだ。
男の子がスクーターを蛇行させると、後ろの女の子たちがきゃーきゃーと悲鳴をあげる。その声を聞いて、男の子はさらに調子に乗ってスピードを上げる。こういう時の男子の気持ちは分からんでもない。
よくこけねえな。あんまり無茶すんなよ少年。
すっかり目が覚めてしまったので出発を決意。素早くテントをたたんで荷造りし、歩き始める。
まだ薄暗い134号線を北上する。足裏の痛みは若干和らいではいるが、身体がだるい。寝不足だもんな。 ああ、そうだ! テントを張った場所の撮影を忘れていた。今さら戻ってテントを張り直す気力はないのでそのまま歩き続けることにする。水樹マイアのように過去はふり返らず未来を見すえるのだ。
うう、足が痛い。マメのできた右足をかばって歩いているウチに、左足までおかしくなってきた。
途中こまめに休憩を入れ、コンビニで朝食を仕入れたりしながら自衛隊駐屯地の横を通過。ひたすら鎌倉を目指す。
今回用意した装備で持ってきて良かったなあと思ったのが、クレイジークリーク製の『ザ・チェア』だ。
いわゆる携帯座椅子で座り心地は抜群。私は家でも使っているくらいだ。なんたって脚を伸ばして背もたれられるのがいい。欠点は座り心地が良すぎるので休憩時間が長くなってしまうことだ。
秋谷というところでは海岸の堤防の上で小休止のつもりが、ザ・チェアのおかげで小一時間も停滞してしまった。景色が良かったせいもあるけどね。
さらに歩き続けて葉山町に入る。
ううう、足が痛い。足が痛い。もう一歩も歩けない、ということはないが百歩は無理な感じだ。
これは何とかしなければならんなあ。
地図で休憩場所を探してみると、葉山御用邸を過ぎたところに葉山しおさい公園という表記があった。公園なら木陰のベンチくらいあるだろう。ヤッホー、仮眠がとれるぜ。
というわけで、痛い足にむち打ってペースを上げる。がんばれ俺。負けるな足。
御用邸の横を通過すると樹木がこんもりと茂った場所が見えてきた。やった、公園だ。
やっとの思いでたどり着いた葉山しおさい公園の入り口は堅く門扉が閉ざされ、そこには一枚の看板が、
『休園日 月曜・祝日の翌日』
「………………」
時が止まり風景が白くなる。
いつまでも固まっているわけにもいかないので、足を引きずりとりあえず北に向かって移動する。
公園の脇に変な路地発見。狭い。緩やかに曲がりながら下っている。なんかいい感じ。
やった、海に出た。目の前には広々とした砂浜が広がっている。人もほとんどいない。
よっしゃ、ここで仮眠をとろう。おあつらえ向きに石垣の下が日陰になっている。
素早くシートとエアマットを広げて横になる。
うー楽だー。気持ちいいー。
穏やかな波の音を聞きながらうとうと……。お休みなさい……。
1時間後。
暑い。熱い。あちいー。
真っ昼間の直射日光を浴びて汗だくになって目が覚める。まだ眠いんだってばよー。寝かしてくれよ太陽さんよー。
場所を移動する気力がないので大きな傘を広げて日陰を作ってそのまま寝入る。
1時間後になんとなく目が覚める。
身体はまだだるい感じがするがいつまでもここにいてもしょうがないので出発を決意。足の痛みは取れたようだ。
だが歩き出して数分もしないうちに足の痛みがぶり返す。
痛い。痛い。痛い。
あーもうこれはダメかもしれないなあなどと思っていたら、真名瀬の岬の端に出たところで江ノ島が見えた。
遙か彼方にかすんではいるが、江ノ島といえば鎌倉の先の土地。鎌倉はもうすぐじゃないですか。
足の痛みは限界に近くなってきたけど、行ったろうじゃないの鎌倉まで。
気力を奮い立たせて前進。以前より休憩を細かく入れてとにかく前へ進む。
逗子に入ってロイヤルホスト発見。ここで昼食兼大休止。
あっという間にランチを平らげ、窓外の海岸を眺めつつ食後のアイスコーヒーを飲みながら過ごす。
ウインドサーファーやジェットスキーで遊んでいる若者が結構いる。平日だというのに優雅じゃのう。彼らはいったい何の仕事をしているのかしら。プロなんかな?
1時間半ほどで休憩を終え、出発。この辺まで来ると車の往来が結構激しいなあ。
地図で見ると鎌倉までは残すところ5キロを切っているはずなので小一時間も歩けば到着するはずだ。
目の前に見える岬の山を越えれば鎌倉だ。鎌倉といえば鶴岡八幡宮だな。せっかくだからお参りしておこう、などと考えつつ歩いていると歩道を通せんぼするように鉄パイプが組まれている。これは通行禁止と言うことなのか? 普通はそういうことなのだろうけど、それを意味するような看板がないのをいいことに鉄パイプをまたいで前進する。行き止まりになっていたら戻ればいいだろう。今の俺を止められるやつは誰もいないのだ。
しばし行くとトンネルがあった。歩道はあるのか? 無いけど側溝にかぶせられたフタが車道より一段高くなっているので歩道のように見えないこともない。いや、これは歩道だ。歩道なのだ。俺にはそう見える。
トンネルの中はうるさいのお。自分は右側を歩いていたので、車は正面から接近してくる。しかも近い。トラックなんぞが来るとすげえ緊張してしまう。
三百メートルくらいでトンネルをぬけると緩やかな登りになっていた。で、車道すれすれまでフェンスがあるじゃないですか。さすがの俺にも歩道なんて見えませんよ。やっぱりここは車専用道路なのか。
引き返そうかとも考えたが、ここまで来て戻るなんてもったいないという貧乏性の心の声が、行け、進めと俺にささやく。
その声に背中を押され、まあ何とかなるだろうと楽天的な気分で前へ進むことにする。いや、なんとかなってくださいよホントに。
すぐ脇を車がびゅんびゅんと通りすぎる。これではねられでもしたらシャレになんねーなー。事故にあったら知り合いには──いい年して馬鹿なことを──とか言われるんだろうなあ。はい、馬鹿ですよ。
登りのてっぺんで今来た道をふり返ってみる。これはどこからどう見ても車専用道路だ。この道を歩いてくるやつがいたとしたらアホだよなあ。はいアホですよ。
もうひとつトンネルを通過してやっと本物の歩道へ避難。うー、生きているって素晴らしい。
後で地図を確認してみたら1㎞ちょっとしかなかった道だけど、すごく長時間に感じられた道のりでした、はい。この区間だけは疲労も足の痛みも感じなかったもんなあ。
緊張がすっかり解けるとがっぽりと足の痛みが蘇ってきた。なんか前より痛いんですけど。
でも、あと少しだと言い聞かせ、傘を杖代わりにとにかく進む。
由比ヶ浜沿いの道をほぼ直角に曲がればまっすぐ正面に鶴岡八幡宮があるはずだ。よっしゃあ、一気にお参りだあ!
で、曲がると、遠い、遠いよ鶴岡八幡宮。
2㎞ぐらいあるんじゃねえの?
一気に気力が萎えて、ベンチで休止。
まっすぐ歩いていると気が滅入るので、気分を変えるために鎌倉駅側に入って小町通りを進むことにする。
狭い通りに観光客がいっぱいだ。そのほとんどが若い女性のグループか中高年の夫婦連れ。一人で歩いているのは外国人と俺くらいか。
観光客気分で紫芋のソフトクリームを購入し、なめながら鶴岡八幡宮の境内へ。こちらは修学旅行の中学生でいっぱいだ。
奥へ奥へと歩いてゆくと突き当たりに本堂への長い急な階段があった。この階段が鎌倉幕府三代目将軍の暗殺現場のはずだ。ここで刺されたとしたらきっと下まで転げ落ちたのだろうな、などと考えつつ本堂へ。
賽銭箱に五円玉を放り込んで手を合わせる。
無事ここまでたどり着きました。次の散歩も無事でありますよう見守っていてくださいませ。
お参りを終えて帰宅するため鎌倉駅に向かう。日差しはすでに夕方のそれだ。
今回歩いたのは約24㎞。距離の割にはけっこうきつい散歩だったなあ。
●5月10日(火曜日)
休足日。
たっぷり12時間寝た。
起きぬけに体重を量ってみたら、66.0㎏。おお、こんな数字を見るのは20年ぶりだ。
思えば光と水のダフネをやっていた去年の最高体重は73㎏だったもんなあ。
7㎏減量かあ。リバウンドには気をつけないと。
『お散歩ダイエット』なんて本でも書いてみるか?
次はいつ長い散歩に行けるのかなあ。