ハーバード・ケネディスクールからのメッセージ

2006年9月より、米国のハーバード大学ケネディスクールに留学中の筆者が、日々の思いや経験を綴っていきます。

アメリカが直面する最大の問題(その2)

2007年10月14日 | 日々の思い

 アメリカ社会をジワジワとしかし着実に蝕む肥満の蔓延。しかし、どうして過去20年間で肥満がこれ程までに広がってしまったでしょうか?

 この点につき、先月末の「ボストン日本人研究者交流会」でHarvard School of Public Health(ハーバード公衆衛生大学院)のエースであるⅠ君が「パブリック・ヘルスのすすめ」というテーマで行ったプレゼンテーションは極めて示唆的でした。

 I君のプレゼンによると、まず「肥満は伝染するかもしれない」ということ。

 まさか、咳やくしゃみで風邪が移るように、肥満な人の近くにいると自分の体重も自然に増えてしまうなんてことが本当にあるんでしょうか?

 ここで、紹介されたのがNew England Journal of Medicineというパブリックヘルスの専門誌にDr. Christakisが寄稿した衝撃的な研究結果です。

 Dr. Christakisのチームは1971年から2003年までの32年間、約1万2千人の人々をサンプルとして使って、「身の回りの人の体重が変わったときに、自分の体重も同じように変わる確立」を統計的に算出しました。

 その結果、友人が太った時に自分も太る確率は171%と極めて高く、一方で兄弟や夫(妻)が太ったときに自分が太る確率はそれぞれ40%、37%ということでした。

 これは恐らく、親しい友人がタバコを吸いはじめると、自分も吸いたくなるのと同じように、友人の変化によって、自分の中で太ることに対する心理的な抵抗感が薄くなることが原因ではないか、と分析されています。いずれにしても、「肥満は伝染する」という仮説が統計的に有意な形で裏付けられた研究結果が存在することには驚かされます。

 さらにⅠ君のプレゼンテーションでは、その他にも肥満の蔓延を引き起こしていると見られる要因が実に多岐にわたることが、分かりやすい形で説明されました。

 例えば肥満を引き起こす原因として、食べ過ぎと同時に思い付くのが運動不足。この点を説明するためにⅠ君が紹介してくれたのが、イギリスとアメリカの日々の移動手段に対する統計リサーチ結果です。

 これによると、イギリスでは、日々の移動に自家用車を使う確率が、自分で運転する場合と家族に乗せてもらう場合を合わせて8.2%なのに対し、アメリカは89.2%にも及ぶそうです。一方、徒歩や自転車での移動はイギリスでは32.3%に対しアメリカではたったの6.8%

 国土が広大なこともあり、日々の買い物を気軽にできるような家の近くの商店街は見当たらず、地下鉄やバス等の公共交通機も貧困・・・こうした中、買い物は殆ど幹線道路沿いにあるウォールマート等の巨大なスーパーに車で出向くしかない等といった圧倒的な車中心社会もまた、肥満の蔓延の一要因かもしれません。

 また、食べ過ぎという側面をみると、1977年から1998年までの20年間で、ソフトドリンクやハンバーガー、フレンチフライ等のファーストフードのサイズが軒並み大きくなっているという統計結果もあるようです。また、子供たちに向けたお菓子やジャンクフードのCMが何の規制もないまま垂れ流されていることも、子供たちの肥満傾向の背景にあることも紹介されました。

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 こうして見ると、アメリカ社会で増加の一途をたどる集団肥満傾向を食い止め、Public Healthを守るという課題が実に難しいものであることがよく分かります。

 というのも、まず直接の原因が特定できない。ファーストフードのサイズかもしれないし、その中身が問題かもしれない、公共交通機関の未整備による運動不足や過剰なCMも一役買っている可能性があるし、そもそも遺伝的な要因も無視できない。

 多様な要素が絡み合って明確な因果関係が分からないまま、肥満の蔓延が進展しているため、ターゲットをしぼった対策を打ち出すのが極めて難しいと言えると思います。

 また、そもそも肥満は人々の生活習慣とその背後にあるマインド・セット(意識)を変えなければ、解決は困難でしょう。しかし言うまでもなく人の意識を変えるのはも最も困難な作業です。

 ひとつの方法は教育ですが、一般的にその効果が出るには長い時間がかかります。一方で、短期的に人々の意識を変える要素として、何か激しくショッキングな出来事や事件が起こることが挙げられますが、例えば「テロとの戦い」のように、肥満の分野で“9.11テロ”のような、皆の意識を劇的に変えるような事件が起こることも想像できません。

 同時に、肥満が遺伝的な要素によって引き起こされる現象であることを踏まえれば、問題解決のための手段が肥満である個人の差別につながるようなことはあってはならないでしょう。肥満は容姿の問題ではなく健康の問題であり、また社会全体として、つまり集団として肥満が増加していることが問題なのですから。

 このような多様な側面を持ち、一人ひとりの生活習慣とマインドセットに深く、そして継続的にアプローチをかけなければならない社会問題は、とても政府の手だけで解決できる問題ではなさそうです。

 「ボストン日本人研究者交流会」での、正に目から鱗のⅠ君によるプレゼンテーションをきっかけに、自分の中で生まれたこうした問題意識をより深く考えるべく、僕はこのテーマをこの秋学期にとっている授業の課題を通じてぶつけてみる事にしました。

 その授業とはもちろん、「Public Private Partnership(官民協働)」です。 

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