ハーバード・ケネディスクールからのメッセージ

2006年9月より、米国のハーバード大学ケネディスクールに留学中の筆者が、日々の思いや経験を綴っていきます。

日本のソフトパワー

2007年02月08日 | 日々の思い

 

 エズラ・ボーゲル先生の指導の下、Harvard松下村塾で「日本のソフトパワー」というテーマで勉強会を続けていることは、これまでも既に何度か触れましたが、「ソフトパワー論」の生みの親であるハーバード大学ケネディスクールの前学長であるジョセフ・ナイ教授の著書「Soft Power: The means to Success in World Politics」を読んでみると、日本のソフトパワーについて詳細な記述があることに気付かされます。

 アメリカ以外の国のソフトパワーとその源泉について分析した第3章「Others Soft Power」の中で、日本は4ページにわたり分析されていますが、この分量は一国についての記述としては旧ソ連の次に多く、ソフトパワーの源泉を多く持つ国としてナイ教授が日本に着目してることが分かります。本の中では具体的に以下の項目が日本のソフトパワーの源泉(Soft Power resources)として列挙されています(統計は本が出版された2004年現在のものと思われます)。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 - 世界1位の特許取得数、

 - 世界3位の研究開発費の対GDP比率、

 - 世界3位の国際便発着数、

 - 世界2位の書籍・音楽の売上高、

 - 世界2位のインターネットホスト数、

 - 世界2位のハイテク機器輸出額、

 - 世界1位の開発援助額

 - 世界1位の平均寿命、

 - 世界のトップ企業25社中3社が日本企業(トヨタ・ホンダ・ソニー)

 - 世界65カ国で放映されているポケモン、

 - 大江健三郎、小澤征爾、黒澤明などの卓越した文化人の存在

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 音楽・書籍の売上高など、いまいちどのようにソフトパワーに結びつくのか分かりづらい項目も含まれていますが、「使い様によっては」対外的に見た国の魅力を高めるためのリソースとしてピックアップされているようです。

 このように多数のソフトに光を当てられている日本ですが、同時にナイ教授は日本がこうしたソフトパワーの源泉を活用する上での障害として、以下を要素にも着目しています。

 一点目は歴史問題。ナイ教授は日本が先の大戦の歴史と向き合う姿勢をドイツのそれと比較しつつ、アジア諸国侵略について真にけじめをつけ切れていないため、中国・韓国をはじめとするアジアの国々からの支持を獲得できていない、と明確に指摘しています。

 ナチス・ドイツのユダヤ人の迫害と戦前の日本の韓国の植民地化、中国・東南アジアの侵略を同列に論じることについては議論の余地があるとは思いますが、ベルリンの中心部にホロコーストの歴史について克明に展示した「ユダヤ博物館」がある一方で、東京の中心には戦争賛美の展示がひたすら並ぶ軍事博物館「遊蹴館」があること、あるいは、敗戦40年に際してヴァイツゼッカー大統領(当時)がホロコーストの惨禍について世代を超えて胸に刻み付けるよう訴えた「荒れ野の40年」の演説に対して、日本の政治家の口からしばしば飛び出す植民地化や戦争の正当化・美化とを対比して、海外のメディアが日本の姿勢を論じることが稀ではないことも確かです。

 個人的には、日本が抱える本当の課題は、こうした一部の“右寄り”の発言や行動よりも、日本人(特に若者)全体の傾向として見られる、20世紀前半の日本の行為に関する無知・無関心であると考えています。米国に来てから約半年、歴史問題について中国人・韓国人の友人達と我々日本人との間にある途方もなく大きなギャップにはっとさせられることが非常に多くあります。自分達一人ひとりが、20世紀前半の歴史について、何を知っているのか、どう考えるのかを問い続けることをしなければ、隣国の友人達と真の信頼関係をつくることは覚束ず、また、日本が持つ多くのソフト(魅力)がその潜在力を遺憾なく発揮して多くの外国人を「惚れさせる」ことができる日も、残念ながら遠いのではないかと思います。

 ナイ教授が指摘する二点目の課題は、より一層僕自身にとってイタイ指摘です。曰く、

 「日本人は統計的に見て他のアジア諸国と比較してもダントツに英語が下手!だから、世界中の才能ある人々を大学に集めるのに苦労するし、自らの立場や考えを他国の人々に理解する際に、必要以上の困難に直面する・・・」

 ・・・フゥー・・・

 「国際社会で英語が全てだと思うなよ!」と元気よく反論するのは簡単ですが、「じゃあ英語以外に何語ができるの?」と問われて、「うーん、標準語と関西弁・・・」などと苦し紛れに答えるしかない日本人が殆どであるというのもまた事実かと思います。如何に素晴らしいソフトを持っていても、それを効果的に伝える手段を持たなければ、ソフト・パワーとして力を発揮することは期待できません。

 「日本のソフトパワー」について考えることは、取りも直さず、国際社会における日本そのものについて、いや自分自身のあり方について考え直す作業に他ならないと改めて感じます。


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2 コメント

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J・ナイ (Satsuki)
2007-02-17 13:36:15
 靖国に一定の理解を示す米「知日派」すらも、遊就館についてはさすがに批判的なようです。そもそも全ての人が納得する唯一の「正しい歴史観」に到達できるとは思えませんが、せめて狭窄な視野に陥らないためにも、多様な見方や基本的な知識に常に触れておくことは大事だと思います。さもなければ相手の見方が偏っていると思っても、説得力のある反論はできませんしね。
 ところで、ナイ教授も加わった「アーミテージ・レポート」第二弾が発表されたよう。日米中の協力の必要性についても触れているとのことです。
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>Satsukiさん (ikeike)
2007-02-17 14:58:37
早速のコメント有難うございます。多様な見方や基本的知識・・・正に必要不可欠な要素だと自分も感じているところです。この留学の機会に、日々少しでもこうした素養を高めていくべく努力していきたいと思っています。Satsukiさんのコメントはいつも、短い文章の中で鋭い本質が込められていて、とても刺激になります。これからもよろしくお願いします。
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